珠洲市役所への侵攻①


 俺は、県北統一を目前にして最後の難関となる――珠洲市の攻略に備えて集めた情報を分析していた。


 集めた情報によると――


 珠洲市には10万を超える人類が生活している。

 この情報は、10万人以上の人類を屈服もしくは殺害する必要性を示していた。


 珠洲市の広さは247k㎡。

 この情報は、県北統一するためには《統治》が9回必要であることを示していた。


 珠洲市には支配領域は存在しない。

 この情報は、珠洲市には支配領域を解放するだけの能力を有した人類が存在することを示していた。


 また、ネットから拾った情報だが、珠洲市には『剣聖』と呼ばれる剣の達人が存在するらしい。『剣聖』は珠洲市で幅を利かせていた鬼種の魔王――推定レベル10以上で【肉体】のランクBの魔王を討ち取ったらしい。


 珠洲市攻略の鍵は――『剣聖』だろう。


 ネットのニュースや輪島市で支配下に置いた領民の話によれば、『剣聖』は珠洲市の英雄にして、精神的な主柱だ。『剣聖』を降すことが出来れば、珠洲市の人類たちの心は砕かれ、《統治》の成功率が著しく上がるだろう。


【肉体】Bの魔王を討ち取った人類……その情報が本当であれば夜の俺も討ち取られる可能性がある。


『剣聖』はリナと同じ、レベル50以上の人類なのか……?


 そうなると、一対一での勝負は危険だ。数で押し切るのがベストなのだが……。


 現在、俺の支配下にいる眷属の数は186人。支配領域の外に出せる配下の数は最大でも2500体。対して、珠洲市に存在する人類の数は10万人。全ての人類が戦えるとは思わないが……戦える人類の数が2500人未満と言うのも考えづらい。


 つまり、数の利は敵にある。


 『剣聖』のような化け物が何人もいるとは思えないが、せめて敵の戦力は知りたい。


 まずは、敵情調査からだな。


 俺は10人の眷属を見繕い、敵情調査を命じるのであった。



 ◆



 俺はスマートフォンで敵情視察に出掛けた10人の眷属と100体の配下の様子を観察する。


「偵察に100体以上も配下を投入したのですかぁ?」


 スマートフォンの画面を眺める俺にカノンが声を掛けてくる。


「100体を超える魔物が侵略してきたら、人類もそこそこ頑張るだろ?」


 10体程度の魔物が攻めて来ても、珠洲市の主力部隊が防衛に出て来て、即終了だろう。それでは、敵の戦力――数と質を知ることが出来ない。


「なるほどぉ。貴重な眷属を10人も投入するなんて……思いっきりましたねぇ」

「眷属には、生きて戻れと命令してある」

「無事に帰ってくるといいですねぇ」

「そうだな」


 カノンとの他愛ない会話を交わしながら、スマートフォンの画面に映る偵察部隊の観察を続ける。


 今回の偵察部隊は、10人の眷属――ダンピール5人と、リビングメイル3人と、リリム1人と、ジャイアントバット1匹。配下の構成はリビングメイル30体と、グール40体と、ウェアウルフ20体と、ジャイアントバット10体。


 眷属以外のリビングメイルは人類に奪われてもいいように、Dランクのアイテムを身に付けさせている。


 防衛をしているときの感覚で言えば、『勇者』や『英雄』と呼ばれる『ガチ勢』以外の人類であれば、撃退可能な戦力だ。しかし、今回は防衛と違い敵の数に制限はない。敵の戦力を探るには丁度いい戦力と言えるだろう。


 偵察部隊が支配領域を出発してから3時間。


 偵察部隊は城塞と化した珠洲市役所へと辿り着いたのであった。



 ◆


 眷属の目を通してスマートフォンに映し出された建物は市役所と呼ぶにはあまりにも物騒で歪な建物となっていた。


 急ピッチで工事でもしたのだろうか? 珠洲市役所は3メートルを超える無骨な高い壁に囲まれていた。壁の向こうには『見張り台』、もしくは『櫓』と呼ぶべきか、高さ10メートルほどの建築物が幾つも見えた。


 市役所の中へ侵入する為には、高い壁を越えるか……正面に見える金属製の強固な門を突破する他ない。


 とりあえず、門に魔法を叩き込むか。


 ダンピールとリリムの眷属に命令を下そうとした、その時――


 カツンッ! と、金属同士が衝突した乾いた音が響くと……その後、あられのように連続した衝突音が周囲に響き渡る。


 最初の乾いた音の正体は一本の矢がリビングメイルの盾に衝突した音。その後、霰のように鳴り響いた音は市役所から雨のように放たれた矢の音であった。


 リビングメイルたちは盾を構えて、背後の配下たちを守るが、自由奔放に徘徊する数体のグールが降り注ぐ矢の犠牲となり、地に倒れる。


 ダンピールとリリムの眷属が魔法で応酬しようとするも、距離が届かない。


 ――リビングメイルたちを先頭に、門へと突き進め!


 配下たちは俺の命令に従い、盾を構えたリビングメイルを先頭に牛歩のような歩みで、市役所の中へと続く門へとゆっくりと進む。


 門まで残り20メートル程の距離に迫った、その時――


「儂に続け! 魑魅魍魎共を滅するぞ!」


 矢の雨が止むと同時に、刀を構えた老人が先頭となり無数の人類が開け放たれた門から飛び出してきた。配下たちも各々の武器を構えて、飛び出してきた人類と対峙する。


「愚かなる人類共よ! 我が名はアイ=シオン! 冥途へと旅立つがよい!」

「我が名はカキ=シオン! 創造主の配下を殺めた罪、貴様たちの死で償うがよい!」


 眷属たちが敵対する人類へ律儀に名乗りを上げ始める。


「我が名はサシ=シオン! 貴様たち――」

「――黙れ!」


 ――!


 名乗りを上げようとしたダンピール――サシ=シオンが最初に飛び出した老人の刀の一振りで儚き命を散らす。


 ダンピールを一撃で葬っただと……!?


 眷属になったばかりの配下には1つの悪癖があった。その悪癖とは――名乗り。余計なことを喋り、その時は大きな隙が生じる。


 隙を突かれたとは言え――一撃で倒すのは至難の業だ。


 ――名乗りは禁じる! 各自、目の前の敵に集中せよ!


 俺は慌てて配下たちに命じるが、後の祭り。


 門から次々と飛び出してくる人類の群れに呑み込まれた配下たちは1体……また1体……と、その数を減らしていった。


 撤退は無理か……。


 眷属たちだけでも撤退させたい。しかし、眷属たちは配下と共に無数の人類の波に呑み込まれている。


 ならば、せめて……。


 ――ハヒ! 撤退せよ!


 ハヒ――ジャイアントバットの眷属に命令を下す。


 ハヒは踵を返して、撤退を試みるが……


「させぬわっ!――《空刃》!」


 老人の振るった刀から発生した、不可視の衝撃波に翼を切り裂かれる。


 片翼を失いながらも、俺の命令を遂行しようとするハヒへ二発目となる不可視の衝撃波が襲いかかり、墜落したところを人類に惨殺された。


 残された配下たちも懸命に抗うが、数……そして質に勝る敵に勝てる道理はなく、眷属の目を通して映し出されていたスマートフォンの画面はブラックアウトするのであった。 

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