珠洲市役所への侵攻②


「これは……なかなかヘビィですねぇ……」


 カノンがブラックアウトしたスマートフォンの画面を覗き込みながら呟いた。


 敵の戦力は想定以上であった。数、団結力、個々の実力――全てが想定を超えていた。


「今って20××年だよな……?」

「はい……」

「何で、20××年の日本に――武士がいるんだよ」


 珠洲市役所に立て籠もっていた人類の集団は想定以上の戦力を有していた。その中でも特に――揃いの陣羽織を羽織った刀を手にした集団は驚愕的な強さだった。


 先陣を切ってダンピールを一刀で斬り捨てた――恐らく『剣聖』と思われる老人。奴の強さは際立っていたが、他の陣羽織の集団もかなりの実力者たちであった。Cランクのリビングメイルと互角以上で戦い、Dランクのグールをあっさりと斬り伏せる実力者たち。奴らが徒党を組んで、俺の支配領域に侵略してきたら……ヤタロウは間違いなく緊急事態(エマージェンシー)を鳴らすだろう。


 総動員で攻めれば勝てるか? と問われたら、答えはイエスだ。


 しかし、総動員で攻めるのは現実的にはあり得ない。俺の支配領域の幾つかは現在進行形で侵略されている。防衛にも戦力を割り当てる必要性がある。


 俺の動向――魔王シオンの主力部隊が県北を侵略中なのは周知の事実だ。ネットで調べれば、素人でもあっさりと知ることが出来る情報だ。魔王と、その配下は支配領域の内部を自由に瞬間移動出来るのも露呈している。その為か、大軍で侵略を開始すると……こちらの動きに連動するかのように、支配領域に侵略してくる者は後を絶たない。


 配下であれば、《配下創造》で増員することは容易だ。しかし、ヤタロウ、イザヨイ、サブロウ……そしてヤタロウとイザヨイが成長力を絶賛している――セタンタなどの主力は防衛から割くことは出来ない。


 同じ魔王カオスならともかく、人類ロウに支配領域を解放されるのは絶対に阻止する必要があるからだ。


 魔王カオスに支配領域を奪われても、取り返せば元通りだ。しかし、人類ロウに支配領域を解放されたら、そうもいかない。魔王の有する支配領域1つあたりの面積は6k㎡。対して、《統治》によって人類から奪い取った場合の支配領域の面積は28.26k㎡。その差は実に4倍以上。


 つまり、人類ロウによる支配領域の解放は――魔王カオス全体の弱体化を示していた。


「困ったな……」

「困りましたねぇ」


 俺は思わず本音を吐露すると、同調するようにカノンもため息を吐いた。


「防衛に必要な戦力を残して、残った戦力を総動員すれば勝てると思うか?」

「そうですねぇ……。勝てるとは思いますが……」

「勝てるか。ならば、自称参謀としての戦略は?」

「えっとぉ……敵の主力は珠洲市役所に集まっているんですよねぇ?」

「多分な」


 珠洲市役所以外にも戦力が配備されている可能性もあるが、あの戦力と同等、もしくはそれ以上の戦力があるとは考えづらい。仮にそれだけの戦力を有しているのならば、俺たちと衝突するのはもっと早まっていただろう。


「それなら……《統治》の有効範囲は半径3kmですよねぇ?」

「そうだな」

「まずは、珠洲市役所を除いた他の地域を《統治》して支配領域にします」

「それから?」

「敵との距離も近付くと思うので……物量作戦で挑めば、勝てます!!」

「物量作戦とは?」


 ドヤ顔を浮かべるカノンに、俺は質問を重ねる。


「えっ? 物量作戦と言うのは……一度に外に出られる配下の数に限りはありますが、倒されても、倒されても……支配領域から補充して、数の力で押し切る作戦ですぅ」

「なるほど。流石は、自称参謀だ。カノンの戦略について、俺の採決を聞きたいか?」

「あ!?……その表情は……聞きたくあり――」

「却下だ」

「……何となく察しましたよぉ」


 ドヤ顔から一転、カノンは顔を下げて力弱く呟く。


「まずは、カノンが提唱した1つ目の作戦だが……」

「出た! シオンさんお得意の指を立てて――」


 ――スカートを捲し上げろ!


「えっ!? ま、待って……ご、ごめんなさいですぅ……」


 赤面しながらスカートを捲し上げるカノンを無視して、俺は言葉を続ける。


「珠洲市役所以外の地域を先に《統治》する――この戦略は悪手だ」

「えっ? なぜですかぁ?」

「その戦略を用いると……奴らは追い詰められる」

「追い詰めるのはいいことでは?」

「追い詰めるのは良いことばかりとは、限らない。仮に珠洲市役所以外の全ての土地を俺の支配領域にしたとしよう。そうすると、奴らはどうなる?」

「――! 死に物狂いで反撃してくる……?」

「正解」

「でも、そうなると人類は支配領域に侵略せざるを得なくなるので……有利にならないですかぁ?」

「そうだな……。しかし、その状況に追い込まれる前に、奴らは死に物狂いで反撃してくるだろう。そうなると、こちらの被害は甚大になる可能性が高い」


 追い詰められた者の狂気は、想定以上の結果を生み出す。すでに奴らは珠洲市と言う地域に追い詰められている。元々珠洲市内で完結した生活を送れていたはずなので、狂気にまで至らないが、その生活基盤も浸食すれば……狂気へと至る可能性は高い。


「2つ目は……物量作戦だ。こちらの主力部隊――眷属を温存して配下による物量作戦を行えば……奴らは成長してしまう。その過程で、何人……いや、何万人の成果を挙げることは出来るだろうが、何十人……下手したら何百人もの強者を産み出すリスクもある」


 変わり果てたこの世界には、レベルと言う新たな概念が加わった。魔王は、魔物は……人類は、敵を倒せば、倒す程に、確実に成長してしまう。


「なるほどぉ……。じゃあ、シオンさんの戦略を教えて下さいよぉ!」


 カノンは自身の戦略が否定された怒りをぶつけるかのように、俺に問い掛ける。


「だから、困ったと言ったのだが?」

「えっ? まさかの、ノープランですかぁ?」


 俺は肩をすくめて、両手を挙げる。


「とりあえず、敵の正確な戦力を把握するか……」


 俺は敵の正確な戦力を探る準備を始めるのであった。


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