カレーライス②


 今回の食事会に参加したメンバーは8人。カノン、ヤタロウ、サブロウ、タカハル、サラ、アキラの元魔王メンバー6人と、人類のリナ。そして魔王である俺だ。


 クロエとレイラといった古参の眷属たちは、今回は飯抜きという形式上の罰を与えているので不参加だ。クロエたちの忠誠心が揺らぐ可能性はないとは思うが、次回の《統治》が成功したときに何らかの形で労いは示したいと思う。


「あ、あの……始めてもよろしでしょうか?」


 給仕なのだろうか? 一人の女性が震える声でヤタロウに声を掛ける。


「うむ。よろしく頼む。乾杯はビールでいいかのぉ?」

「おう!」

「むむ……我輩は赤ワインを所望する」

「あーしはカシオレ!」

「私は烏龍茶でお願いしますぅ」

「私はオレンジ……じゃなくてう、うーろんちゃ」

「私も烏龍茶を頼む」


 配下たちが好き勝手飲み物を頼んだ後に、俺も「烏龍茶」と飲み物を伝えた。


 給仕の女性が震える手で要求された飲み物を用意する。


「揃ったのぉ。それでは、シオン。乾杯の音頭を頼む」

「は?」

「乾杯の音頭じゃ。せっかく元魔王の配下が一堂に会したのじゃ」


 ヤタロウは柔和な笑みを浮かべながら、俺へと無茶振りをする。


 乾杯の音頭だと……? 何と言えばいいのだ……?


 頭を悩ませるが、俺の引き出しの中には『乾杯の音頭』は存在しない。


 シンプルイズベスト……。冗長な挨拶は敬遠されるのが世の常。


 ならば――


「かんぱ――」

「乾杯の一言だけってのは無粋だぜ?」


 俺の導き出した最適解の『乾杯の音頭』はタカハルの一言により打ち砕かれた。


 ここで余計な一言を放ったタカハルを折檻するのは容易だ――ただ、一言命令すればいい。配下であるタカハルは魔王である俺の命令には抗えない。


 しかし、俺は周囲を見渡して思考する。


 周囲には畏怖と興味の視線を送る人類――『領民』が存在する。


 選択肢は二つ――タカハルを折檻して恐慌政治の礎とすべきか、タカハルの一言を許容し懐の深さを見せるべきか。


 恐怖を示すことはいつでも出来る。懐の深さを示すには限られた状況が必要となる。ならば――


 俺は咳払いをして、タカハルを許容することを選択した。


「今後、我が勢力は羽咋郡、七尾市、鳳珠郡、鹿島郡、輪島市、珠洲市――県北を統一し、地盤の強化を図る。その過程で様々な優れた者を配下として迎え、盤石な体制を築き上げる予定だ」

「真面目――」

「政治家――」

「――黙れ」


 羽目を外しすぎたタカハルとサラに視線を送り、二人の口を強制的に閉ざす。


 懐の深さを見せるのは大切だ。しかし、全てを許容するのは――魔王としては愚行と言えよう。


「その為には、ここにいる眷属の力。ここにはいない眷属の力。創造された配下の力。そして『領民』となった人類――全ての力が必要となる。俺の……いや、俺たちの輝かしい未来のために――乾杯!」

「乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 静まり返った空間で俺が告げた『乾杯の音頭』に、ヤタロウが真っ先に笑みを浮かべてグラスを差し出して発声すると、遅れて他の眷属たちもグラスを差し出して発声するのであった。


「いい乾杯の音頭じゃったな。それでは、料理の用意を頼むかのぉ」


 ヤタロウが給仕に目配せをすると、給仕として控えていた『領民』が慌てて配膳の準備を始めた。


「し、失礼します……」


 給仕の女性が緊張した面持ちで俺の目の前に、コーンスープとサラダとカレーライスを配膳する。


 久しぶりに嗅ぐカレーライスの匂いは空腹とは無縁になったはずの俺の食欲を刺激した。


 俺は配膳された料理を前に、無意識に両手を合わした。


「いただきます」


 そして、無意識に出た人間だった頃に習慣化された言葉を発する。


「「「いただきます!」」」


 すると、集まった元魔王の面々も俺の言葉に釣られたかのように手を合わせて、同じ言葉を発するのであった。


 俺は用意されたお箸を手に取り、サラダから口に運ぶ。久しぶりに口にした食べ物は拒絶されることなく、新鮮な野菜は口の中で咀嚼するとシャキシャキと音を立てる。


「……新鮮だな」

「このレタスは、彼らが育てた野菜なのですよぉ」

「あぁ……奴らか」


 眷属にしたはいいが、戦力としてはあまりにも役立たないので放置していたら土いじりを始めた人類たちだ。


「かぁ~! うめーな! おかわり!」


 異常なまでの早さで一杯目のカレーライスを平らげたタカハルが、追加のカレーライスを要求する。


「あ、ありえんてぃ……」

「あん? 食わねーのなら、俺が食うぞ?」


 そして呆然とカレーライスを見つめるサラに、タカハルは粗暴な口調で声を掛ける。


「マジ卍! ってか、タカっち食うのチョッパヤ! マジありえんてぃ!」

「あん? お前は何で食わねーんだよ? ひょっとして、アレか? 人参が食えないのか?」

「食えるし! めっちゃ食えるし!」

「なるほど……! サラ孃は猫舌なのですな。ならば我が輩がフ~フ~しても――」

「マジ卍!」

「死ねばいいのに……」


 サラに対して誰が聞いてもアウトな発言をしたサブロウへ、カノンが気持ちを乗せた呟きを漏らす。


「ったく、飯ぐらい静かに食えよ……。んで、サラは何で食べないんだ?」


 俺はため息を吐くと、騒ぎの発端となったサラへと質問を投げかける。


「金沢のカレーってもっとドロッとして、カツとキャベツが乗ってて……フォークで食べるのが常識っしょ!」

「ひ、ひぃ……す、すいません……」


 激昂するサラを見て、給仕の女性が悲鳴を上げる。


「は? 一般的なカレーはこっちだろ?」

「そもそも、ここは金沢市じゃないですよぉ」

「サラ孃の言うカレーは俗に言う金沢カレーじゃな。仮に金沢市民じゃったとしても、家で作るカレーはこっちが普通じゃよ」

「ありえんてぃ!? こっちのカレーって全部金沢カレーっしょ!?」

「どんな偏見だよ……」

「ですから、ここは金沢市じゃないですよぉ」

「我が輩の記憶にあるカレーは目玉焼きが乗ってましたな」

「……ちょっとからい」


 サラの言葉に口々に反論を唱える元魔王の配下たち。


 ――!


 知らなかった……。仙台出身の俺は……実はサラと同じ考えであったが、口にせず静観を決め込む。


 今回用意されたカレーライスは一般的なカレーライス。市販のルーを溶かして、少し大きめに切られた野菜と豚肉が煮込まれた、ほんの少し辛い一般的なカレーライス。


 不毛な言い争いに加わる気のない俺は、用意されたスプーンを手に取りカレーライスをすくって口へと運ぶ。


 ――!


 ……美味い。魔王になったときに両親の顔も名前も……全ての記憶を失ったのに、口にしたカレーライスは懐かしい味がした。


 食事も睡眠も魔王である俺には必要は無い。


 しかし、偶には食事をするのもいいのかもな……と俺は思うのであった。

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