ラプラス②


「は? 知っていたなら……さっさと言えよ。お得意の聞くまで教えてくれない検索ツール仕様なのか?」


 俺はカノンに蔑視の視線を送る。


「ち、違いますよぉ……。私も『ラプラス』について知ったのは、つい最近ですぅ」

「最近? 知識のランクがAに……って、まだまだだよな?」

「はい。『ラプラス』は知識から得られる情報ではないですぅ。えっと、シオンさんはヤタロウさんの支配領域を侵略する前の謎の書き込み覚えています?」

「不特定多数の魔王に宛てたと思われる、書き込みか?」

「ですぅ! アレが『ラプラス』ですよぉ」


 アレが『ラプラス』? あの書き込み主が『ラプラス』なのか?


「えっとぉ……私もヤタロウさんからの情報収集が終わったら報告するつもりだったんですよぉ。『ラプラス』と言うのは、サイトの名称ですぅ」

「サイト?」

「はい。3日前にメールの返信が来まして……そのメールに『ラプラス』のURLが記載されていましたぁ」

「つまり、『ラプラス』は魔王の為の情報サイトで……ヤタロウはそこから《降伏》などの知識を得たのか?」


 俺は与えられた情報を頭の中で整理する。


「そうですじゃ」

「情報サイトと言うには、少し複雑なシステムですけどねぇ」


 複雑なシステム? カノンと話していても埒が明かない。俺は直接『ラプラス』を閲覧することにした。


 俺はカノンに教えられたURLに、自身のスマートフォンからアクセスを試みた。


 ――?


 『Error』


 画面には赤い英字でError(エラー)と表示された画面が映し出された。URLを確かめるが、打ち間違いはない。


「カノン。URL間違えてないか?」

「え? 合っていますよぉ……ほら」


 カノンが差し出したスマートフォンには、ログインIDとパスワードを求める画面が映し出されている。


「ひょっとして……その端末でしかアクセス出来ないとか?」

「可能性はありますねぇ。試しに私のスマホでも……」


 カノンはそう言って自身のスマートフォンを操作する。


「ダメですぅ。シオンさんと一緒で、エラー表示が出ますぅ」

「特定の――向こうの指定した端末じゃないと接続出来ないか。『ラプラス』の管理人はネットワークの知識に秀でている魔王なのか?」


 俺は『ラプラス』の管理人の正体を推測する。


「ふむ。儂のスマートフォンからは普通に接続できるのぉ」

「そういえば、ヤタロウも『ラプラス』を閲覧出来るのか」

「儂のスマートフォンでログインしてみるか?」

「そうだな」


 ヤタロウは器用にスマートフォンを操作して、『ラプラス』へのログインを試みる。


「――!? ぬぉ!? 待て……待つのじゃ!?」

「どうした!」


 突然焦りだしたヤタロウに声を掛ける。


「エラーじゃ……。儂の画面もエラー表示になった……」

「は?」

「エラー内容はこれじゃ……」


 俺はヤタロウから差し出されたスマートフォンの画面を覗き込む。


『Error。位置情報から不正なログインを検知しました。24時間以内に同位置からの別のアクセスがありました。調査を行うために、ヤタ様のアカウントを凍結します。』


「位置情報? アクセスした魔王の場所までバレるのか?」

「慎重ですねぇ」

「カノン。『ラプラス』にアクセス出来るスマートフォンを貸してくれ」


 俺はカノンからスマートフォンを受け取る。


「ログインIDとパスワードを教えろ」

「はい。ログインIDは……シオンさん、怒らないで下さいよぉ」

「? 怒られるようなログインIDなのか?」

「えっと、その……このログインIDには深い理由が……ログインIDはハンドルネームも兼ねていまして……バカ正直に名前を入れるのも危険かなぁとか思いましてぇ……」


 カノンは小声で言い訳を繰り返す。


「で? ログインIDは?」

「……ロウ」

「? 聞こえない?」

「……サブロウです」

「……」

「パスワードは、dreamerですぅ」


 dreamer……ドリーマー。夢を見る人。夢想家と言う意味か。恐らく、IDから察するに、サブロウの頭がドリーマーと言いたいのだろう。


「つまり、俺は『ラプラス』の中ではサブロウと呼ばれると?」

「シオンと登録した方が良かったですかぁ?」

「いや……偽名は正解だ。とは言え、サブロウか……」


 ここまで恥ずかしいハンドルネームは存在するだろうか? いや、サブロウと言う名前に罪はない。罪があるのは、俺にサブロウのイメージを植え付けた存在だ。


 まぁいい。シオンと入力されるより百倍マシだ。俺はログインIDとパスワードを入力。すると、画面にはメニューごとに分類された情報サイトが表示された。


 俺はメニューを適当に押して、開示されている情報の中身を流し読みする。


「使えないな」


 開示されている情報は、無意味に等しい情報ばかりであった。


 魔王はレベルが3に成長すると進化出来ること。進化する種族の種類。ランクDまでの魔王(人種)が創造出来る配下の情報と支配領域の設備。ランクDまでに錬成出来るアイテムの種類。


 最後に、このサイトの使用方法と記載された項目に目を通す。


 なるほど……。


 『ラプラス』は慈善活動で作成された情報サイトではなく、私利私欲を目的としたサイトであることが理解できた。


『現在サブロウ様の『ビジター』会員となります。当サイトはランクを上げる毎に提供される情報が増えます。まずは、コチラから会員登録をお願いします。会員登録後は『ブロンズ』会員となり、多くの有意義な情報が提供されます』


 俺はコチラと記載された箇所をタップする。


『種族、支配している支配領域の数を入力して下さい。この登録が終わるとサブロウ様は『ブロンズ』会員へとランクアップ致します。尚、虚偽の報告が発覚した場合は、敵対行動とみなし、アカウントは凍結されます』


 種族と支配領域ね……。ここには記載されていないが、『ラプラス』の管理人は更にこちらの位置も把握している。


 レベルを聞かないだけ良心的なのか?


 露呈するのは種族と支配している支配領域の数か。ここにレベルも加われば、俺は間違いなく、『ラプラス』への登録を断念していた。しかし、種族と支配している支配領域の数だけであれば……位置さえ把握していれば、人類が必死に作成したダンジョンマップなどですでに秘匿権は失われていた。


 つまり、求められた情報を差し出すデメリットはそれほど大きくはない。とは言え……。


「ヤタロウは『ブロンズ』会員だったのか?」

「いや、儂は『シルバー』会員じゃった」

「『シルバー』会員? 具体的に『ブロンズ』会員や『シルバー』会員になると、どのような情報が得られる?」


 元会員のヤタロウに『ラプラス』で開示されていた情報の価値を確かめる。


「そうじゃのぉ……。『ブロンズ』会員になると、多くの情報が開示される。種族別の創造出来る配下の種類や、ランクBで錬成出来るアイテムの種類も開示されておった。後は、目玉情報として《降伏》の方法が開示されておったのぉ」


 ヤタロウから聞く限り、『ブロンズ』会員に開示されている情報は『ラプラス』に頼らずともカノンで事足りる。


「『シルバー』会員になると?」

「『シルバー』会員の目玉は掲示板じゃ」

「掲示板?」

「そうじゃ。魔王による色々な議題に基づいた掲示板が利用出来るようになるのじゃ。儂のお勧めは……『【こんにちは】乱数創造part34【スライム】』じゃな。あのスレッドは流れが速かったから、今頃はpart38かのぉ?」


 魔王のみが書き込む掲示板。ヤタロウのお勧めのスレッドはどうでもいいとして、魔王同士が交流を図れるのか……。


「『ブロンズ』会員から、『シルバー』会員になるために求められる代償は何だ?」

「レベルとステータスの登録じゃな」

「登録したレベルとステータスは『ラプラス』を閲覧している全ての魔王に開示されるのか?」

「『ゴールド』会員は不明じゃが、『シルバー』会員の身では知る術はなかったのぉ」

「『ゴールド』会員? なるために求められる代償は?」

「情報じゃ」

「情報?」

「左様。『ラプラス』の管理人も知らぬ情報を10個差し出せば、『ゴールド』会員じゃ」


 面倒なシステムだな……。


「ちなみに、『ゴールド』会員は何人もいるのか?」

「それも秘匿されているが、掲示板の意見では一桁じゃろうと推測されておった」

「掲示場のスレッド……議題は幾つくらいある?」

「うーむ……百以上はあったのぉ」

「参加している魔王の数は?」

「書き込みをしない魔王もおるので……定かでないが四百人はおるはずじゃ」


 百以上のスレッドに、交流し合う四百人以上の魔王たちか……。


 情報が露呈してしまうデメリットに対して、魔王同士が交流することにより得られる情報のメリット。俺は『ラプラス』への参加を悩むのであった。


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