vs魔王ヤタロウ⑦


 死闘から11時間。


 老齢の魔王が放った炎が爆音を響かせ、土煙を巻き起こし視界を遮る。


 この局面で《ファイヤーブラスト》だと……?


 敵の情報は事前に調査済みだ。リビングメイルには魔法耐性の高いアイテム一式を装備させている。見た目は派手だが、被害は軽微の……見た目が派手?


 ――レイラ! ダンピールと共に《バインドウィップ》の準備を!


 多くの敵を討ち倒し、少なくない鍛えられた配下を失った――11時間もの死闘。俺が常に気にしていたのは、敵の最大戦力の一人――影鬼の存在だった。


 俺の予想が当たっているなら……


 俺は視界の悪い土煙の中、1体の配下――シャドウの背後に意識を集中させる。


 ――!


 シャドウの影から現れた漆黒の衣に身を包まれた角の生えた少女は、流れるような動きでシャドウの首筋に短剣を突き立てた。


 角の生えた少女へとゆっくりと振り向いたシャドウは、そのまま崩れ落ちる。


 ――全員、閃光弾に備えよ!


 少女が再び影へと身を沈めようとしたその時――俺は閃光弾を上空へと投擲した。


 ――《バインドウィップ》を放て! レッド! ミスリルチェーンの準備を!


 俺は矢継ぎ早に命令を下し、配下は下された命令を忠実に実行する。


 レイラの振り下ろした混沌の鞭は閃光弾により、影が消え去り怯んだ少女の身体に巻き付く。遅れて放たれたダンピールの鞭も同様に少女の身体に巻き付く。


 ――レッド! 捕縛しろ!


 レッドがミスリル製のチェーンで、角の生えた少女を捕縛する。


 閃光弾による眩い光が霧散されると、ハッキリとした視界の中に地に倒れたシャドウの傍らにチェーンで簀巻きにされた角の生えた少女の姿が映し出された。


「――!? カ、カエデ!? な、何をしておる! カエデを解き放て!」


 老齢の魔王は狼狽しながら、声を荒げる。


「命令じゃ! カエデを解き放つのじゃ!!」


 老齢の魔王は焦りと苛立ちの含んだ大声を捲し立てる。配下たちは、そのような言葉に耳を貸す道理はなく、静かに武器を構えて敵の襲撃に備える。


「な、なぜじゃ……!? なぜ、命令が効かぬ!? 魔王シオンは滅んだ……儂がお前たちの新たな主に――」

「勝手に人を滅ぼすな」


 俺は視界の悪いミスリルヘルムを脱ぎ捨てる。


「――!? き、貴様は……」

「初めまして、でいいのか? 魔王シオンだ」


 俺は笑みを浮かべ、名を告げる。


「――な!? では、そこに倒れているのは……」

「配下のダンピールだ。それより、俺からも一ついいか?」

「ダ、ダンピールじゃと……」


 老齢の魔王は俺の言葉が聞こえないのか、呆然と呟きを漏らす。


「ちなみに、この支配領域の主――魔王はお前でいいのか? それとも、お前は眷属でこっちの少女が魔王か?」


 俺は簀巻きにされた状態でジタバタと藻掻く少女を指差し、尋ねる。今までの行動から考えれば、老齢な魔族種の男が魔王だとは思うが……念の為に確認をする。


「儂じゃ……。儂がこの支配領域の魔王。ヤタロウじゃ」


 老齢な魔王――ヤタロウが力ない声で答える。


「魔王ヤタロウか。お前に3つの道を提示しよう。

 一つは、このまま争いを続ける。但し、俺は土産(少女)も手に入れたから、一度撤退させてもらうけどな。

 一つは、《降伏》を受け入れろ。相応の衣食住は保障してやる。

 一つは……喜べ。ビッグチャンスだ。お前の最初の提案を受け入れてやる。

 さて、俺はお前に3つの道を提示した。魔王ヤタロウよ……好きな道を選ぶがいい」


 俺は魔王ヤタロウに3つの選択肢を与えた。


「最後の提案……配下による1対1を選んだ場合、カエデは……」

「返す訳ないだろ? これは、こちらの戦利品だ」


 俺は簀巻きになった少女――カエデを一瞥し、不敵な笑みを浮かべる。


「し、しかし……それでは!? こちらが余りに不利じゃ!」

「不利? 当たり前だろ? 俺が不利になる条件を提示する訳ないだろ」


 敵は勝利を確信した瞬間に、地獄へと叩き落とされた。精神的にもイニシアティブは確実に俺にあった。交渉のテーブルは完全に支配出来ている。恐らく、俺は望む答えを引き出せるはず。


 魔王ヤタロウの下した決断は――


「ならば、儂は4つ目の道を選択する!」

「4つ目? いいだろう、言ってみろ」


 俺は魔王ヤタロウの言葉を受けて、内心ほくそ笑む。


「大将同士――魔王同士の一騎打ちじゃ! この条件が飲めぬなら、儂は徹底抗戦する!」


 魔王ヤタロウは俺の予想通りの提案を口にする。ポイントは、この選択肢を魔王ヤタロウの口から言わせることだ。


「魔王同士の一騎打ち? つまり、俺とお前で勝敗を決すると?」

「如何にも!」


 俺は相手の提案に譲歩する。ならば、相手も俺の条件に譲歩せざるを得ないだろう。


「いいだろう。譲歩してやる。但し、一つ条件がある」

「言ってみろ」

「勝負をするのは1時間後だ。この条件が飲めないなら、徹底抗戦を受け入れよう」

「……分かった」


 魔王ヤタロウは不承不承ながら、返事をする。


 俺は11時間も敵を観察時間があった。敵の分析は大体終わっている。1時間後――日没後となれば、俺の勝ちは揺らぎ無いと確信するのであった。



 ◆



 1時間後。


 不快な太陽は地平線へと沈み、闇が世界を支配する。


 俺はシャドウの亡骸から、渡してあったアイテム――本来の俺の防具を返してもらい、万全の体制を整える。


 やっぱり、夜は最高だな。この鼻をくすぐる空気の香り。俺を包み込む闇。それは、世界が俺を祝福しているかのようであった。


「準備は出来た。いつでもいいぞ」


 俺は身体をほぐしながら、魔王ヤタロウへと声を掛ける。


 11時間の観察の結果、魔王ヤタロウは恐らく夜の俺よりも魔力は高い。肉体は、圧倒的に俺が勝っている。得意とする攻撃は炎魔法。《ファイヤーアロー》、《ファイヤーランス》、《ファイヤーストーム》、《ファイヤーブラスト》。確認出来た魔法はこの4種だった。全ての条件がイーブンであれば、勝率は7割程度だったかも知れない。


 但し、条件はイーブンではない。俺はある一点――装備しているアイテムのランクが魔王ヤタロウよりも遙かに優れていた。更には、炎耐性を高めるアクセサリーも複数準備済みだ。


 アイテムによる補正も加えたなら、俺の勝率は9割。


 更に、魔王ヤタロウは俺の戦闘スタイルを知らないが、俺は魔王ヤタロウの戦闘スタイルを散々観察していた。このことを加味すれば、俺の勝率は9割9分以上。


 俺は程よい緊張感を抱きながら、戦闘の準備に入る。


「待たせたのぉ。それでは……死合うか!」


 魔王ヤタロウはゆったりとしたローブを風になびかせながら、俺に対峙する。


「開始の合図はどうする?」

「お主が決めればいいじゃろ」

「なら、譲ってやるよ。タイミングを掴めた方がいいだろ?」

「ならば……開始じゃ!」


 魔王ヤタロウの声と共に、俺は魔王ヤタロウへと疾駆する。合図を譲ったのはハンディではない。声を発した分だけ戦闘に入るのが遅れるだけの足枷だ。


「――ぬ!?」


 魔王ヤタロウは疾駆する俺の姿を見て、慌てて杖を振り上げる。


 この動作は……。


 動作により無詠唱で放たれた炎の槍――《ファイヤーランス》が大気を焦がしながら俺へと迫る。


 タイミングさえ知っていれば! ――《ミストセパレーション》!


 炎の槍が俺を貫く直前――俺は全身を霧と化し、炎の槍をすり抜ける。


 ――熱ッ!?


 すり抜けた炎の槍は、霧と化した俺の身体の一部を蒸発させるが、俺は構わず魔王ヤタロウへと肉迫した。


「チェックメイト」


 霧の身体が具現化すると、俺は突き出したゲイボルクを魔王ヤタロウの喉元へと突きつける。


「――!?」


 喉元の刃先を見て、魔王ヤタロウは驚愕する。


「降参するか? それとも、続けるか?」


 俺はゲイボルクを魔王のヤタロウの首へ僅かに押し込む。


「ま、参った……」


 喉元から流れた一筋の赤い滴が地面へ垂れ落ちると、魔王ヤタロウは苦渋の表情を浮かべながら降参を口にするのであった。

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