vs魔王アリサ13


(クロエ視点)


 チッ! リナたちに先を越されたか……。


 侵略中の支配領域もすでに10階層の終盤。【真核】を確保し、この支配領域をマスターに捧げるのは時間の問題だろう。


 と、思っていた矢先――最後にして、最大の障害が目の前に立ち塞がった。


 禍々しい魔力を帯びた人間サイズの妖精を中心に7体の高ランクの敵が、私たちの行く手に立ち塞がる。


 7体の高ランクの敵――3体のハイピクシーと4体のゴブリンジェネラルは散々死闘を繰り広げてきた敵だ。身に付けているアイテムは多少豪華ではあるが……脅威とまでは言い難い。


 しかし……あの妖精はまずい。アレはハイピクシーなんて生易しい敵ではない。アレはマスターと同じ存在――魔王だ。


 魔王と相対するのは、初めてではない。更に言えば、何人もの魔王を葬り去った。


 しかし、目の前の魔王は今まで葬り去った魔王とは別次元の存在だった……。


「ふふっ。初めまして」


 目の前の脅威――魔王アリサが微笑を浮かべる。


 私たちは魔王アリサの声には応えず、手にした武器を強く握り締める。


「あら? お返事は? 散々、私の支配領域を荒らしておいて……挨拶もないのかしら?」


 勝てるだろうか? 目の前で微笑む妖精は……間違いなく、以前倒した鬼種の魔王よりも強い。


「無愛想な子たちね。まぁ、いいわ。死になさい!」


 ――!?


 魔王アリサは話を切り上げると、手にした杖を振り下ろす。杖の先端から放たれた魔力の塊が……先頭で盾を構えていたリビングメイルを盾ごと貫いた。


「クッ!? 散開だ!」


 私は仲間と配下に指示を出し、戦闘態勢に備える。


「ホープ!」

「おうよ!」


 ウェアウルフと化したホープが鋭い爪を突き立てて、魔王アリサへと接近する。魔王と言えど、所詮は妖精。接近さえしてしまえば……勝機は見出せる!


 数の上でも敵8に対して、こちらは23。優位性は我らにあり!


「お前たちは周辺の敵を駆逐せよ!」


 私直属の配下であるダークハイエルフを除いた仲間――シルバー、ブルー、ノワール、ルージュと配下たちに、ホープが魔王アリサに集中出来るよう、周囲の露払いを指示。


 私は配下のダークハイエルフと共に、弓を構えて照準を魔王アリサへと合わせる。


 素早さに優れたホープが誰よりも早く魔王アリサへと接近し、自慢の鋭利な爪を振るおうとするが……。


「あら? 生意気なワンちゃんね」


 ホープは、自慢の爪を振るうよりも速く振るわれた魔王アリサの杖に殴打される。


「ふふっ。私が肉弾戦は出来ないと誰が――」


 微笑を浮かべながらホープへと追撃を仕掛けようとした魔王アリサの杖を持つ手を、私の放った弓矢が射貫く。


「――ッ!? 痛いわねっ! ――《ハイプレッシャー》!」


 魔王アリサの怒気の孕んだ声と共に、膨大な魔力を含んだ風の魔力が私へと迫り来る。


 咄嗟に、私の前へ飛び出したリビングメイルは風の魔力をその身に食らうと……強固な鉄の身体が風の圧力に押し潰される。風の圧力に押し潰されたリビングメイルは消滅には至らず、ひしゃげた鉄の身体で果敢に私の盾を続けようとするが……。


「あら? 中々しぶとい玩具ね」


 魔王アリサが続けざまに放った無数の風の刃に切り裂かれ……活動を停止する。


 私は目の前の存在に勝てるのだろうか……?


 私は頬には、一筋の汗が流れるのであった。



 ◆



 魔王アリサと死闘を始めてから1時間。


 状況は最悪の一言であった。8体のリビングメイル、6体のオーガソルジャーに加え、マスターから死なすなと厳命されていたウェアタイガーとゴブリンスナイパーがその命を散らした。生き残っている仲間も私を含めて、満身創痍だ。眷属であるホープも全身に裂傷を負わされ、堅守が売りであったシルバーもその身を包む防具のところどころが破損していた。


 対して、こちらの戦果は2体のハイピクシーを葬ったのみ。


 マスター申し訳ございません……。


 クロエはマスターの覇道に最後までお付き合い出来ないようです。マスターの恩命を果たせなかったことをお許し下さい……。


 私は死を覚悟して、弓の照準を魔王アリサから残り1体となったハイピクシーへと変更する。


 魔王アリサを討ち果たすことは叶わねど……1体でも多くの敵を葬るのみ!


 私は決死の覚悟を決めて、弓の弦を引き絞る……。


 ――クロエ! 撤退せよ!


 ――!?


 頭の中にマスターからの命令が響きます。


 指示ではなく……拒否権の許されない命令に私は自分の意思に反して、その場から走り去る。


 な、なぜです……!?


 私の後を追うように……共に4人の仲間が戦場から離脱。


 私と共に離脱した4人の仲間――ブルー、ノワール、ルージュ、ダークハイエルフ。


 なぜ! なぜなのですか!?


 残された3人の仲間――シルバーとホープ、そしてシルバーの配下のコボルトランサーが私たちを護るように敵の前に立ち塞がる。


「ブルー! シオン様を……そして、クロエを任せたぞ」


 シルバーが走り去る私たちに大声で叫ぶ。


「ノワール! ルージュ! 俺の代わりにシオン様を……クロエを守ってくれよ」


 ホープが走り去る私たちに大声で叫ぶ。


「シオン様。最後に大義感謝します。我こそはシルバー=シオン!」

「シオン様。最高の命令をありがとう。俺の名はホープ=シオン!」


「「ここから先は一歩も通さん!」」


「シルバァァァアア! ホォォォォプ!」


 バカ共が……。なぜ、二人して私の心配をする……。ブルーに私を任せる? 逆だろう! ノワールとルージュが私を守る? 逆だろうが! バカ共が……。 


 私は死地へと向かうバカ共へ振り向くことすら許されず、マスターの命令に従い走り去るのであった。



 ◇



 2日後。


 私たちは魔王アリサの支配領域から無事に脱出を果たし、マスターの元へと帰参したのであった。

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