外伝 佐山莉奈④


 断りきれずに参加することになった、支配領域への侵入。


 私は母に無理やり持たされた剣道着を久しぶりに身に纏い、竹刀しないを手にしてテニパラのメンバーと合流した。


「うんうん。やっぱり、佐山さんは剣道着が似合うね」

「だよね! だよね! やっぱり、莉那のその姿は素敵だよ~」


 合流した私を持て囃す、出口君と沙織。私はどこか恥ずかしい気持ちになった。


 とは言え、久しぶりに纏った剣道着と、手にした竹刀。


 私は違和感を覚えた。


 体が軽い……?


 『世界救済プロジェクト』がインストールされたあの日から、体が妙に軽かった。最初は気のせいだと思っていたが、久しぶりに手に取った竹刀を軽く素振りして気付く。


 身体能力が強化されている……?


 これも、女神からの恩恵?


 私は素振りをした時に聞こえる、風を切る音の変化に戸惑うのであった。


 今回の参加者は12名。テニパラのメンバーが8名と、私の様な外部から誘われたメンバーが4人。


 目的としている支配領域までは、車で向かう事となった。



  ◆



「ったく、運転しづれーな……」


 運転をしてくれている男性が愚痴を溢す。


 車が走るのは、整備された道路だけではなく土が剥き出しになったあぜ道もあった。


 ガタンゴトンと揺れる車内に、運転者の愚痴だけが聞こえる。


 支配領域が出現してから、交通インフラはほぼ全滅した。各都道府県を結ぶ国道や線路を切断するように出現した数々の支配領域。定期的に運航されるはずのバスや電車は廃線を余儀なくされた。また、支配領域は信じられないことに制空権をも侵しているらしく、飛行機も今では飛び立つことが出来なかった。


 辛うじて、電気を動力として動く車だけが道なき道を行き交う手段として、残されたのだ。


 車でおよそ1時間。不可侵地帯がなければ、15分程で到着できたであろう近場の距離。私たちは侵入すべき支配領域へと到着したのであった。


 次々と車から降りてくる参加者たち。全員が揃ったところで、安藤先輩が全員を見回し言葉を告げる。


「僕たちはこれより支配領域へと侵入します。僕の調べによると、入り口付近にはスライムやラットと呼ばれる低ランクの魔物しか生息していません。まずは、全員で一致団結して初めての魔物討伐を成功させましょう。その後、様子を見て奥まで侵入。危険を感じたらすぐに撤退します」


 安藤先輩は語りかけるように、落ち着いた様子で話す。


「それじゃ、行くぞ!」


「「「おー!!」」」


 目の前に広がる、山とも見間違えるほどに巨大な一枚岩。岩の一部分が洞窟のようにぽっかりと大きな穴を開いていた。


 大きな不安と恐怖、そして僅かな期待と希望を胸に秘め、支配領域へ挑むのであった。



  ◆



 二時間後。


 初めての支配領域の戦果は散々なモノであった。


 魔法が扱える貴重な人材でもある、鈴木先輩と田中先輩。そして、出口君が帰らぬ人となってしまった。


 安藤先輩が言うには、戦果は散々ではなく成功に収まる結果らしい。


 生存率75%。レベルアップ者9名。そして、ランクDのアイテム。


 数値と結果のみを見れば、大成功らしい。


 大成功……? どこが? 2時間前まで一緒に笑って、話していた人が死んだのに?


 絶望に打ちひしがれる私に、安藤先輩は追い打ちをかける。


「佐山さん、一ついいでしょうか?」


「何でしょうか?」


「黒鉄の剣ですが……」


 安藤先輩は、私が手にしていた黒光りする武骨な剣――黒鉄の剣に視線を移す。


 あぁ……。そうか。この剣は出口君に託されたけど、私のモノではない。全員で協力して獲得した武器なのだ。


「あ!? ……すいません」


 私は力なく呟き、黒鉄の剣を安藤先輩へ差し出す。


「いえ、黒鉄の剣の所有者は……佐山さん。君です」

「え?」


 私は予想外の返答に戸惑います。


「その剣は誰よりも、君が上手に扱えます。それに……出口君もそれを望んでいると思います」


 安藤先輩は後半消え入りそうな声で、呟く。


「ただ、その剣をSNSで投稿してもいいでしょうか?」


「え?」


「佐山さんは、『解放者』が政府や一部の企業から支援されているのは知っていますか?」


 困惑する私に、安藤先輩が静かに語りかけます。


 『解放者』――ここ最近出来た造語。意味は支配領域の解放を目指す者。


 政府や一部の企業はレベルアップを果たした者や、支配領域で希少価値の高いアイテムを入手した者を奨励する支援策を実施しているのは、ニュースやネットの書き込みから知ってはいた。


「それなら、市役所に黒鉄の剣を持って行けば……」


「それは愚策と考えます。僕たちは若い。僕は成人しているとは言え、学生です。足元を見られる可能性があります。だから、こちらから出向くのではなく、向こうから声を、言わばオファーをしてくるのを待つのが得策だと考えます」


「オファーですか?」


「そうです。オファーを待つことで、こちらからより良い条件を提示出来ます。政府、もしくは一部の企業のバックアップを受けることは、僕たちの今後の活動にプラスになると考えます」


「今後の活動ですか?」


「はい。今はレベル2でもオファーを掛けてくる企業はあるでしょう。でも、これが一か月後なら? 二か月後なら? 恐らく、オファーを掛けるレベルの水準は上がっていくと予測されます。僕たちは生き残るために、常に、より良い環境に身を置く必要があるのです。だから、今回はSNSに投稿してオファーを待ちたいのです。いかがですか?」


 私は悩む。この提案を受ければ、今後も否応なしに支配領域へ侵入する日々が確定してしまうから。


「っと、英也は言葉が堅いっつーの! まずは、初めての支配領域成功を祝して記念撮影でいーじゃねーか。お前達集まれ~。ほら? 莉那ちゃんも、笑って?」

「え!? ちょ!? ま、待ってくだ――」


 私の意思に反して、ユウヤに強引に撮られた記念写真。


「んで……ランクDの武器ゲット! っと、これでいいな」


 そして、撮られた写真は軽い言葉と共にネットの海へと放逐された。


 今回のユウヤの軽はずみな行動が、私の今後の未来を大きく決定付ける分岐点だと、その時は知る由もなかったのであった。

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