一方その頃


 魔王になって78日目。


 俺は充実した魔王ライフを満喫していた。


 最近の俺のライフワークは3つ。


 1つは、侵略してくる人類の撃退。


 とある事情から、支配領域の入り口に設置されていた受付は撤去され、順番の列を成していた人類も居なくはなったが……一度味わった旨味は忘れられないのか、相変わらずコンスタントに人類は俺の支配領域へと侵略を繰り返していた。



 1つは、遠征に出かけた眷属の経過観察。


 現在、眷属は全部で4体。ダークエルフ(♀)のクロエ。コボルトナイト(♀)のシルバー、ゴブリンファイター(♂)のブルー、ライカンスロープ(♂)のホープだ。この四人の眷属の他に、クロエの配下としてダークエルフ(♂)が一人、シルバーの配下としてコボルトファイターが1匹、ブルーの配下としてゴブリンアーチャーが1匹、ホープの配下としてライカンスロープ(♀)が一人の、計8人(匹)の徒党で、遠征に出掛けている。


 名前の由来は、黒いエルフだからクロエ。進化の為に他のコボルトと見た目を変えていた装備の色合い(シルバーシリーズ)からシルバー。同様の理由でブルー。ライカンスロープは進化すれば強くなる……と希望を込めてホープと名付けた。


 ……単純かな?


 ちなみに、ダークエルフは同種であるダークエルフ一人しか配下に設定出来なかったが、コボルトは同種であれば5匹、ゴブリンは破格の10匹設定出来た。


 ライカンスロープ? ダークエルフと同じく1匹だったさ……。いずれ、化けるだろうと、俺は信じているぞ!


 配下を最大数まで設定しなかった理由は、装備の兼ね合いだ。


 最初は、全ての眷属に最大数の配下を設定した。しかも、眷属はこの4体以外にもオークの眷属がいた。


 しかし、眷属が支配領域から外へと足を踏み出した瞬間――


 全ての者にとっての阿鼻叫喚となる地獄が待っていたのだ。


 『稼ぎ場』だと認識していたダンジョンから突如現れた異形のモンスターの集団。


 俺の支配領域に入り口は一瞬にして、死屍累々が積み重なる戦場と化した。


 人類にとっての救い――俺にとっての痛手は、そこに集まっていた多くの者が、今からモンスターを倒そうと意気込んでいた者達であったことだ。


 結果として、俺は多くの配下と、多大なCPを費やした眷属のオークを失った。


 俺は眷属に撤退を命じ、高ランクの装備品に身を固めた配下を厳選し直したのであった。


 出足から躓いた形とはなったが……今は楽しそうに道行く人類を襲撃したり、他の魔王の支配領域に侵入したりと、眷属たちは程よく経験値を稼いでいた。


 ちなみに、眷属について判明した新たな事実が幾つかある。


 1つが、眷属になった配下は俺と同じ言葉――日本語が扱える。よって、眷属であれば、俺は会話をすることが出来るし、眷属同士も会話が可能だ。


 1つが、眷属であればどれだけ離れていても、俺の意思を伝えることが出来る。あくまでも、伝えられるのは、俺からの一方的な意思のみだ。簡単に言えば、戦え、逃げろ、その道を右折しろと言った簡単な指示が出せるだけだ。向こうからの返事はないので、スマートフォンで、出した指示に対しての結果を見ることしか出来なかった。



 最後のライフワークの1つは、運動だ。


 修行と置き換えてもいい。俺は支配領域の最奥にて、様々な武器を振るいながら、配下と模擬戦を繰り返していた。


 いやぁ、運動はいいね。人間の頃はインドア派だった。暑い日に外で走り回る者、雪の降り注ぐ山の中ではしゃぐ者、その心理を理解できなかった。冷暖房が完備された室内で自分の趣味に没頭する――これこそが、真理ジャスティスであった。


 しかし、あれだ……何と言えばいいのだろう? 自分の得意な科目の授業は楽しい的な?


 いざ、魔王になって自分の運動神経、反射神経、筋力が全て増すと、運動は楽しかった。


 更には、定期的に『吸収』する配下を変えて、剣技や槍技などの特殊能力を習得した状態で扱う得意武器は、格別の楽しさがあった。


 しかも、『吸収』する相手を変更して、特殊能力を消失した後も、何となく扱っていた時の感覚は覚えているのだ。元々がインドア派のずぶの素人だ。自身で体感出来るほど上達する各種武器の扱いは本当に楽しかった。


 三日前には、初めてとなる人類の戦いも経験した。


 相手はレベル1。1階層にスライムやラット相手に経験値を稼ぎに来た人類であったが、初めての戦闘はやはり緊張した。結果は圧勝だったが、懸念していた人類を倒した後の罪悪感も全く感じなかった。


 俺はこうして、模擬戦と実践を繰り返し、ステータスの値だけではなく、経験としての成長も重ねていたのであった。



  ◆



 お!? CPが300貯まった!


 俺はスマートフォンに表記されたCPの数値を見てほくそ笑む。


 現在、最大値まで貯まったCPの使い方は無数にある。


「配下を創造すべきか……眷属を増やすべきか……錬成すべきか……どう思う?」


 俺は、側に控えるダークエルフに尋ねた。現在はダークエルフを『吸収』している状態だ。つまり、ダークエルフが相手であれば、会話をすることが可能であった。


「マスターの御心のままに……」


 ダークエルフはうやうやしく頭を下げる。


 これだよ……。配下と会話をすることは可能だが、成立はしない。


 言うなれば、絶対的なイエスマン。己の意思(あるのか、どうかも不明だが)を、伝えることはない。


 言葉が通じないゴブリンやコボルトに話しかけていた頃と比べると、かなり改善はされているが、正直物足りなかった。


 ちなみに、「俺の御心は、お前の意見を求めている」と追い詰めたこともあったが、己を卑下する言葉を重ねるのみで、好転はしなかった。


 しゃーない。自分で考えるか……。と言うか、何をするかは決めていたけどな。


 俺はスマートフォンを操作して、【錬成】の項目をタップする。


 ちょっと贅沢に自分用の武器を錬成だ。


 俺はBランクで一番消費CPが少ない、とは言え300も消費する『ミスリルの槍』を錬成した。


 剣、盾、斧、弓、そして槍と……5種類の武器を試したが、槍が一番使いやすかった。


 特殊能力○技(F)を習得した状態であれば、どれも差は生じなかったが、未習得の場合であれば、リーチが長く、突くという単純な動作にて攻撃できる槍が一番扱いやすかったのだ。


 俺は、先端の刃が淡い青の輝きを放つ『ミスリルの槍』を手にして、神秘的な全体像を鑑賞。


 見た目よりも軽いな。


 俺は縦に二度振り下ろし、横に一度なぎ払い、最後に三度の刺突を繰り出し、感触を確かめる。


 そろそろ、二階層デビューしちゃう?


 俺の言う二階層デビューとは、二階層へと侵略するある程度の熟練した人類との戦闘だ。


 スマートフォンを確認すると、2時間前に侵入してきた12人の人類が、グールの群れと死闘を繰り広げていた。


 強さ的にレベル3かな? 丁度いいな。


 俺は配下を引き連れて、グールと死闘を繰り返す人類の元へと移動するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る