外伝 カノン④


 私は、自分の命運を託したゴブリンの走り去る背を見届けます。


 私は、魔王になって大きな過ちを1つ犯しました。


 その過ちとは――BPの振り分け。


 私のBPの振り分け――ネット上で幅広く使われている言葉を用いるならばビルド構成は知識特化となります。


 BPを知識に偏って振り分けたことにより、知識はBへと成長し、様々な知識を得ることが出来ました。その知識に助けられたことは多々ありますが……私が今、置かれている状況を鑑みれば失敗です。


 東北にいるとある魔王は、ネット上から得られた情報から推測すると肉体特化です。その魔王の支配領域にはスライムやラット、最も強いモンスターでもゴブリンしか出現しないらしいのですが、魔王の強さは別格らしいです。その魔王に、レベル5の人類が12人で挑み……結果は5分ともたずに全滅したそうです。


 東海にいるとある魔王は、ネット上から得られた情報から推測すると魔力特化です。その魔王の支配領域にはモンスターはウルフしか出現しないらしいです。但し、集団戦が得意なウルフと戦っている隙に、強烈な魔法が叩き込まれるらしいです。


 他にも創造特化と思われる、極悪な罠と強力なモンスターが蔓延る支配領域。錬成特化と思われる、高価な武具を装備したゴブリンが蔓延る支配領域が、日本各地で確認されています。


 政府が独自に各支配領域のハザードランクが正しいのであれば、最も危険なのは肉体特化の魔王の支配領域とのことです。しかし、肉体特化以外であっても、特化型の魔王が治める支配領域は、ハザードランクがランクが高く……それは、人類から見れば危険な支配領域、魔王から見れば――正しい選択をした支配領域と言えます。


 

 同じ特化型なのに……何で知識型だけ不遇なの!?


 本当に世界は理不尽です。



 知識特化型である私が生き残れる道はないのでしょうか?


 私は悩みました、頭の中に刻まれた数多の知識を掘り起こし、考えました。


 そして、唯一の生き残る術に辿り着きました。


 その術とは――『降伏』です。



 『降伏』とは、言葉の意味としての降伏ではなく、『世界救済プロジェクト』の仕様として認められた『降伏』です。


 【知識】がCへと成長した時に得た知識ですが、支配領域が人類に解放、或いは魔王に支配される条件は3つありました。


 1つは、【真核】の破壊。


 1つは、魔王の死亡。


 1つは、他の魔王への降伏。


 魔王は人類には降伏出来ないけど、他の魔王には降伏出来ると言う仕様が『世界救済プロジェクト』の嫌らしいところです。人類ロウ魔王カオスは、争い続けろということなのでしょうか。


 『降伏』の手順は簡単です。実行するのは、それなりに大変なのですが……。


 その方法とは、【真核】を他の魔王に委ね、『降伏』する魔王は心からの屈服を言葉で伝え、『降伏』を受け入れる魔王はそれを承諾するだけです。


 また、『降伏』には様々なデメリットが生じます。


 『降伏』した魔王は、支配領域だけではなく、生殺与奪権も差し出すことになります。


デメリットは、それだけに留まりません。


 『降伏』は『降伏』した魔王だけに留まらず、『降伏』を受け入れた魔王にもデメリットが発生します。


 そのデメリットは、得られるDPの減少です。


 本来であれば、他の魔王の支配領域を支配した魔王はDPの上限が100増えます。但し、『降伏』によって支配領域を支配した場合は、得られるDPの上限が50になります。


 これは、暗に『降伏』を推奨しないということなのでしょうか?


 このデメリットは、『降伏』を申し出る魔王に、自分の優位性を示す必要が発生することを意味していました。


 とにかく、私は生き残るために『降伏』を成功させなくてはなりません。


 『降伏』を成功させるには、3つの障害を乗り越えなくてはいけません。


 1つ目は、【真核】を他の魔王に差し出す。


 これには、方法が2つあります。1つは魔王が自らこちらに出向く。まぁ、この方法は無理ですね。魔王が支配領域の外に出るにはレベルを10にする必要があります。私の知る限り、支配領域の外へ出た魔王はまだ一人もいません。もう1つの方法が、こちらから【真核】を持参する。但し、持参するには支配領域の外へと出る必要があります。支配領域の外へ出れるのは、レベル10以上の魔王……もしくは、眷属です。


 そして、私は奇しくも先程レベル3へと成長し、眷属が創造出来ました。


 これで、1つ目の障害はクリアです。


 2つ目は、眷属――ゴブ太が無事に降伏相手である魔王の元へと辿り着く。


 これは、ゴブ太を信じるしかありません。無事に辿り着く確率はどのくらいでしょうか? ゴブ太を向かわせた支配領域の前には、なぜか人類が受付を開き、多くの人類が順番待ちをしている人気スポットです。その人類の猛攻を掻い潜り、支配領域に跋扈するモンスターを避け……魔王の元に辿り着く。


 私は、不安に押し潰されそうになります。


 3つ目は、相手が『降伏』を受け入れるか……です。


 『降伏』を申し出る相手は魔王。自由と混沌を愛する【カオス】……。ここも不安要素しかありません。一応、交渉に用いる切り札は持ち合わせているのですが……。


 その切り札とは――知識特化型の魔王である、私です。


 肉体も、魔力も、創造も、錬成もDの私ですが……知識はBです。


 『降伏』を申し出た先の魔王の知識を確実に上回っています。


 なぜ、断言出来るのか? 件の魔王の支配領域は、『稼ぎ場』と呼ばれる人気スポットです。インターネットを通じて、様々な情報が出回っています。


 私の支配領域で現在進行形で猛威を振るっている人類のパーティーが装備しているシルバースピアの出土先が件の魔王の支配領域です。


 これは錬成のランクがC以上であると言うことを、示しています。


 最近、新たなモンスター『グール』の出現情報がネットに掲載されていました。


 これは創造のランクがC以上であると言うことを、示しています。更に、グールを創造出来るのは魔王(吸血種)。つまり、最近進化した。と言うことは、レベルが3であることを、示しています。


 これらの事から、レベルが3までに得られるBPの最大値は20。私と同じく『サービス☆』で10増えていたとしても、30。


 錬成をCに成長させるのに必要なBPは7。創造をCに成長させるのに必要なBPも7。仮にBPが30であったとしても、残ったBP16。対して、知識をBに成長させるのに必要なBPは17です。


 だから、私は【知識】のステータスがBであることを売り込みます。


 軍師、或いは参謀役として自分の優位性を示します。


 私は自分が持っている唯一の武器――知識を活かして生き残ってみせます。



  ◆



 ゴブ太が私の元を離れてから15時間。


 私は死地に立たされていました。


 最大戦力であったフル装備のコボルト達も全員惨殺されました。


 【真核】を支配領域の外に出した影響で、私は創造も錬成も出来なくなっていました。


「うぇーいwww 俺の可愛いピクシーちゃんはどこかなぁ?」


 銀色に輝く槍――シルバースピアを装備した男性が、下品な笑い声をあげる。


 信じられないけど、あの下品な人類は『双璧の勇者』と呼ばれる市内屈指の人類です。


「ちょっと……。マサカドさん。真面目にして下さい! あんな見た目でも、相手は魔王です。油断は禁物です」


 黒光する剣――黒鉄の剣を装備した女性が、下品な人類――マサカドをたしなめます。


 魔王(妖精種)へと進化した私は、身長が30cm程に縮み、背中には二対の羽根が生えました。


 私は、身体のサイズと羽根を駆使して、森の中を逃げ回っていました。


 今は木の上の生い茂る葉の中、息を殺して潜んでいます。


「しかし、困りましたね……。【真核】はどこにあるのでしょう?」


 眼鏡をかけた男性が、小さくため息を吐きます。


「うぇーいwww 前回は洗濯機の中だったか?」

「そうですね。一度、魔王を探すのを諦めて、廃墟の中を徹底的に調べましょうか」

「はぁ? あのピクシーちゃんを捕まえて、聞き出せばよくね?」

「この森の中をですか? 非効率的です」

「チッ!? メガネ君は真面目すぎだな。生きてて楽しいか?」

「楽しむ前に、生きるのに必死ですよ」


 マサカドとメガネの男性が軽い言い争いを終えると、全員で廃墟の方へと移動しました。


 ふぅ……。助かった? でも、時間の問題かな……。


 私の中に諦めが生まれます。


 どうせ、殺されるなら……最後にあの下品な男に【アースシャベリン】を私が死ぬまで打ち込もう。


 私は諦めの中、最後に一矢報いようと決意したその時――。


 ――ヴゥゥゥゥン!


 私の進化と共に縮小化されたスマートフォンが、手の中で震えるのでした。

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