ドライヤー・ゆでたまご・カレー
「前さぁ、黒いゆでたまごのある町に、皆で遊びに行ったじゃん? あのとき、母ちゃんが寝ぼけてさぁ。夜中にドライヤー持って、部屋の中ウロウロしてたんだよな」
変なの――って、笑い話にしてんのはお前だけだよ。笑えんのよ。あれ、おれらのこと殺そうかどうか迷ってただけだからな。
あんときお前五歳だったっけな、だからなんも知らなかったんだろうけど、実はうち、もう家の中が大変でめちゃくちゃだったんだよな。父ちゃんと母ちゃん相当思い詰めてさ、で最期に旅行して、なるべくいい思いしてから一家心中しようとしたらしい。
で、おれら連れて黒いゆでたまごの町――つまり箱根に行ったわけだ。案外近場なのが笑えちゃうけど、そんだけ余裕がなかったってことだよな。
旅館泊まって、露天風呂入って、豪華なメシが出てきてさ。でも子供って、そういうものの有難みがわかんなかったりするじゃん? こんなのよりカレーがいい! 母ちゃんの作ったカレー! ってお前が騒いで、父ちゃんと母ちゃんが泣いたの覚えてない? 実はあれが運命のターニングポイントだったんだよな。お前のワガママ聞いて、父ちゃん、やっぱこんな無邪気な子死なせられんって思ったらしい。
で、父ちゃんは首吊り用に買ってきたロープを外で捨ててさ、部屋に戻ってきたら母ちゃんが、ドライヤー持ってウロウロしてんの。
母ちゃんの方は、まだ心中するつもりだったんだよな。でもカバン見たらロープがない。部屋の中見たけど使えそうなものが備え付けのドライヤーのコードくらいしかなくって、それ持って枕元をウロウロしながら、なかなか踏ん切りがつかないなぁってやってたらしい。そこを父ちゃんが慌てて止めて、話し合って結局心中は止めたんだって。
いやぁ、それが良かったんだか、悪かったんだか。
だって結局のところ、うちに帰ったって何も解決してないわけじゃん? 死ぬよりほかに逃げ道ないような状況でさぁ。
四六時中女のすすり泣きが聞こえるし、仏壇から赤ん坊が出てくるし、もう一回家から逃げ出そうとした母ちゃん、三和土の何にもないとこで脚折って家から出られなくなっちゃったんだよな。その後父ちゃんもおかしくなっちゃって、二人とも死んじゃったのはズルだよなぁ。さっさと楽になっちゃってさぁ。
お前もさ、これくらい話が通じる日はもう、奇跡みたいなもんだよ。なぁ、おれの腕折っちゃったの覚えてない? 膝の皿割ったことは? 忘れてんのかぁ、しょうがねえな。
やっぱあの晩戻ってこなけりゃよかったって、おれは思うよ。
三題噺 尾八原ジュージ @zi-yon
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