うどんは世界を救う
れんげそう
1 うどん のち 追剥
う ど ん が 食 べ た い ! !
誰がなんと言おうとうどんだ。
そばでもなく、パンでもなく、白米でもなく、今はとにかくうどんが食べたい気分なのだ!
両手の拳を握りしめる体に赤い砂の混じった風が吹きつける。
太陽は頭上でギラギラと輝き、1時間立ち続けていれば肌をこんがり焼くほどの光を地上に降り注がせている。
見渡すかぎり広がっているのは緑の少ない赤茶色の大地。
遠くに見える壁で囲まれた町に見覚えはない。
そう、ここは日本ではない。
どうしてこうなった?
そもそも少し前まで自宅で手打ちうどんを作っていたはずである。
もちろん、現代日本のどこにでもあるような田舎のマンションの一室で。
少し前に見た動画を参考に自らの手でうどんを打ち始め、今はそれにハマって週末になる度に生地をこねるのが習慣になっていた。
ビニール袋に入れた生地を足踏みしていたところ…だったはずだ。
窓の外は季節外れの雷雨が吹き荒れていたが、それ以外は特に変わったことはなかった。
それが気づいたら足の下からビニールの感触が消え、太陽光で熱せられた大地が靴下越しに足の裏を焼いている。
赤い砂ぼこりが舞い上がる荒野の中に一人ポツンと立ち尽くしていた。
うん、まったくもってわからん。
どうしてこうなった?
「ヒヒッ、いい獲物がいるぜぇ」
妙なハイテンションボイスが後方から聞こえた。
ぐるりと振り返ると6人ほどの男女の集団がこちらに向かって歩いてきているところだった。
彼らは一様にミイラのようにやせ細り、ギョロっとした目だけが暗く輝いている。
見に纏っている衣服はボロ布の寄せ集めで、その手には1メートルほどの木の棒が握られていた。
一発でわかる、近づいたらまずい連中たちだ。
「よぅ、あんちゃん。
ずいぶんいい身なりしてるじゃねーか、なぁ?
どこぞの貴族さんならよ、食い物恵んでくれねーかな」
集団の先頭を歩く長身の男がヒゲた笑いを浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。
腹が減っているのはこちらも同じだ。
が、あばら骨が浮き出した彼らは空腹状態などという生温い状態ではなく、もはや飢餓感というレッドゾーンに突入しているケダモノのように見える。
たとえその手にあるのが木の棒でも、6人に囲まれて袋叩きにされれば手も足もでないだろう。
こちとらデスクワークのせいで万年肩こりが治らない普通のサラリーマンなのだから。
「俺らさ、別にアンタをどうこうしようっていう気はないんだ。
ただちょっとばかり食い物を恵んでくれたらな?
もし手持ちに食料がないっていうなら、着てる服を置いてってくれればいいからさ」
どうする?
逃げるっていってもここは日本じゃなさそうだ。
パスポートも持たない異国人をちゃんと保護してくれるだろうか?
いや、そもそも日本でもないのになんでコイツら日本語を喋ってんだ?
それともこれはただの夢か?
うどんの生地を寝かせている間にうっかり寝落ちて…?
ゆっくりと拳を解きじりじり後退する俺を見て、リーダー格の男が笑う。
乾いてひび割れた唇に痩せた舌を這わせるが、その唇は少しも潤わない。
それが合図だったらしい。
………。
……。
…。
「いてててて…」
気づいたら夜の荒野に大の字で転がっていた。
全身を打ち据えられたせいで肌の色がところどころ変色している。
口の中が妙に砂っぽくてペッペッと唾を何度も吐き出した。
そういや倒れ込む前にリーダーっぽい男に噛みついたんだったか…。
丸腰相手なんだから、もうちょっと手加減しろよな。
ごろりと寝返りをうつと、視界いっぱいに満天の星空が広がる。
もうその景色だけで、間違いなくここは日本じゃないと知れた。
そしてこれだけ体がギシギシ痛むのに目覚めないのだから、悪夢を見ているというのでもないのだろう。
原因はまったくわからないが、俺が今いるのはまったく見知らぬ場所だ。
「…ヘップシ!」
冷たい夜風が吹き抜けて体温を奪っていく。
昼にあれだけ太陽が大地を焼いていたというのに、陽が落ちてしまえばまるで真冬のように冷え切っている。
あの追剥集団、Tシャツとジーンズどころが靴下まで奪っていったらしい。
なけなしのトランクスだけが今の俺の全財産だった。
ぎゅるぎゅるぎゅる…
腹の虫が空腹を訴える。
昼飯用に作っていたうどんを食べ損ねたのだ。
トーストとコーヒーだけで済ませた朝食以来、何も食べていないのだから当然と言えば当然かもしれない。
「とりあえず町に行ってみるか…」
かさつく唇を動かして立ち上がる。
身ぐるみ剥がされたとはいえ、このままでは餓死か凍死まっしぐらだ。
見知らぬ場所で
トランクスについた砂を手ではたき落としながら溜息をつく。
町に行って人と出会ったら不審者として警察に突き出されるかもしれない。
それでも警察経由で日本大使館と連絡がとれれば、最悪でも帰国だけはできるだろう。
落ち着くまで会社は無断欠勤することになってしまうが、それはもうどうしようもないな。
諦めよう。
ふらつく足取りで小高い丘の上にそびえる高い壁に囲まれた町へと向かったのだった。
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