さかみづく

ワニとカエル社

会津の夜

 あなたと出会ったのは、三度目の福島、二度目の会津でのことだった。


 一度目の福島ははるか昔、家族旅行で訪れた時だった。猪苗代湖の波打ち際で砂と遊んだかすかな記憶が残っている。

 二度目の福島で初めて会津に行く。南相馬に一時期住んでいた友人を訪ねていき、滞在中会津に連れて行ってもらったのだ。そこであなたの生まれ故郷である酒蔵を訪れたのだが、真に出会うのはまた数年後だった。

 三度目の福島、二度目の会津でようやくあなたと出会う。この度は会津そのものが目的地で、かつて訪れた会津の地が忘れられなくて友人たちとの旅行でこの地を選んだ。

 会津————福島は珍しく道連れがいる旅ばかりである。一人旅をこよなく愛する私だが、その旅とは違う角度で楽しめる道連れはたまにだが確実に必要になり、気の置けない友とときたま旅に出ることがある。そしてなぜか会津は道連れの旅になる。


 鶴ヶ城やさざえ堂をめぐり、日新館で赤べこの絵付けをし、そばやソースカツ丼に舌鼓を打って、宿に収まった時はすでに夕刻。

 夕飯はどうするという話題のなか、私は近くの居酒屋を検索していた。一軒の居酒屋の写真を見てピンときた。

「ここはどうだろう?」

 と写真を見せれば、友人たちは、

「あぁ、よさそうじゃないか」

 と二つ返事で今夜の夕飯が決まった。

 善は急げ、とばかりにそそくさと支度をして勇んで宿を出る。目の前は野口英世青春通りだ。

 大通りから脇道へ、地図を頼りに進む。少し歩くと店の看板が目に飛び込んできた。

「ここだね」

 などと言いながら右に曲がり、すぐに店を発見した。

 赤いのれんと白いちょうちんがモダンな雰囲気を醸し出している。

 私は一目見てすぐにこの店を気に入った。

 各地で転々と飲み歩いていると、己のセンサーにマッチする店は外観で感じ取るようになった。和風の老舗、モダンなバー、シンプルな構え。怪しい地下への階段。さまざまな店の外観と出会ってきた。一つとして同じ顔はないが、どことなく感じる何かがある。

 その何かに反応するように私のセンサーはすっかり感度を磨いたのだろう。

 のれんをくぐり、店の戸を引く。

「いらっしゃい」

 さわやかな女将さんの声に出迎えられる。

通されたのはL字型のカウンターの角だ。三人で座るとうまく顔が見える。

 あぁ、いい席だともうすでに心が躍る。

 黒いお盆に乗ったお品書きが洒落ている。

 縁の黒、面の赤、お品書きの白。

 その佇まいがいい。

 どれにしようかと悩んでいると、あなたが隣に座った。

「会津が初めてなら」

 あなたがそう言うので、あなたを手に取った。

 不透明な瓶と真っ白なラベルと灰色のシンプルな線。

 すっと立つあなたの姿に、その名がよく似合った。

「……」

 あなたの名を呼んで、おちょこを手に取る。


 透明なあなたの芳しい香り。霞む甘さが心を躍らす。冷たいあなたが唇に触れる瞬間、痺れるような火花が脊髄を走る。あなたの冷たさに心を奪われても、あなたは口の中で熱に溶け、喉の奥、胃の腑で燃える。あなたの甘さが舌に残り、快感のように酔わす。何度重ねてもあなたは私を燃やす。

 あなたが舌を超えて喉の奥へすべり、胃へ消えていくのが許せなかった。こんなにもあなたを愛しているのに。一瞬の夢見で私を魅了しておきながらすぐ消えてしまうなんて。

 しかしそこに怒りはなく、ただただ儚いあなたとのひとときに全身全霊で向かい合うだけなのだと、あなたに伝えたい。

 あなたと出会うこの時はかけがえのない、本当に貴重な限られた時間なのだと、半透明の瓶の中のあなたに思う。


 あなたの名は、てふ。

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