剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼 8

――なんだと?!


 剣ヶ峰つるぎがみねはAI判定結果の衝撃に、「お坊ちゃん」の演技を忘れて目を丸くした。


――ってことか? バカな、そんなわけない!


「な? 本当だったろう? 故意こいでなんかやるもんかよ」


 富賀河ふかががニタニタしながら剣ヶ峰に上目遣いをする。


「それにしても、アレだね。剣ヶ峰サンってお金持ち?」

「……あ……お金持ちとは?」


 富賀河は話題を転換させる様子だ。疑念と驚きが払拭ふっしょくしきれていないまま、剣ヶ峰は気もそぞろに問い返す。


「その服も結構いい生地だし、『ダウト』でもあんまりお金に糸目つけてない様子だし、さ。親がなんかスゴそうな気配? そんなカンジするんだよな」

「まあ、それなりの家柄……ですよ」


 内心ひやひやしながら、剣ヶ峰が答える。


――「それなりの家柄」は「ウソ」とまでは行かないだろう……。


 一般の感覚からすると、KENグループは「それなりの家柄」では済まないのだが、幸いにも富賀河がこれを指摘することはなかった。


「ウチなんかさ、貧乏でさ~。服やメシもろくなのもらえなかったからね」

「……ダウト」

「んん~?」


 剣ヶ峰、二回目のダウト宣言。


「……『トオル』。『』」


――これは、コイツの「マイライ」である可能性が少しある……。


 一見すると富賀河の服装格好は小綺麗にされている。アイテムも決して安くはないようなものをしっかり身に着けている。

 経済にきゅうする家庭の人間がすべてみすぼらしい格好をしているか、というと決してそうではないのだろうが、少なくとも、目の前にいるこの富賀河という男には困窮こんきゅうの気配がしない――と剣ヶ峰は考えた。


――なにより、こうやって「ダウト」で荒稼ぎしてるんだろう? 貧乏なわけがない。


 剣ヶ峰は、この「ダウト」宣言も、ほとんど確実に成功するだろう、と考えていた――のだが。


『ダウト非成立!』


「ッ?!」

「な。『ダウト』のアプリも俺んチが貧乏って認めてくれたのさ。イヤだね、世間ってのは……」


 まるで安いドラマの演者のように、富賀河は両手を掲げると肩をすくめてみせた。その、への字に口を曲げた表情が剣ヶ峰のかんに障る。


――貧乏のラインが違うのか?!


 尋常じんじょうの比でない金持ちの家柄の剣ヶ峰は、自身の「貧乏」の基準を疑った。確かに、剣ヶ峰家から比較すれば、大体の家庭は「貧乏」になってしまうのかもしれない。

 もはや剣ヶ峰は自身さえも疑う、何が何だかわからない心境におちいってきはじめている。自然と、頭もうつむいてきてしまう。


「服もボロボロ、メシもおかずはメザシばっかり。いまどきの家かっつーの。戦後かっつーの。おかげで俺はになったわ。ははっ」


 剣ヶ峰は富賀河の言葉に顔を上げた。


――魚が嫌い……。


 前戦のことを、剣ヶ峰は苦いいきどおりを伴いながら思い出す。

 他ならぬ剣ヶ峰自身が「富賀河は魚を好き」を「ダウト」宣言し、それはAIにより「本当」のことと判断された。これによって剣ヶ峰はダウトチャンスを使い切り、敗北したのだ。

 前戦ですでに確約されている、富賀河の――。


「ダウト!」


 富賀河がピクリ、と身体を揺らす。

 剣ヶ峰の三回目の「ダウト」宣言。三回目……ラストである。


「『トオル』! 『トオルは魚が嫌い』!」


――これは確実だ! 前回ですでに「」が真実だと示されているんだからな!


 剣ヶ峰は勝利を確信し、富賀河の目を直視した。

 それに応じて、富賀河は笑みを返す。

 悔しさにまみれた表情を拝めると思い込んでいた剣ヶ峰は、富賀河のその、高慢こうまんさの漏れを抑えきれていない笑顔に、自身の血の気が引いていくのを感じた。


――まさか……。


『ダウト非成立! ノーモアチャンス! !』


「……ッ?!」

「ダーリン!」

「あっはっはっはぁ!」


 富賀河が、呆然ぼうぜん自失じしつしている剣ヶ峰と、そんな剣ヶ峰の周りをオロオロとする安芸島あきしまに向かって高笑いを放つ。


――「好き」も真実……「嫌い」も真実……? つ、辻褄つじつまが合わない……。一体、なんなんだ、コイツは……。


「……どうする? 続ける? 剣ヶ峰サン」

「帰ろ? ダーリン! ……イーだ!」


 安芸島は置き土産とばかりに富賀河に悪態をつくと、ほうける剣ヶ峰をなかば引きずるようにしてブースを出ていった。

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