剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼 4

『ダウト・スタート!』


「さあ、スタートだ。言った通り、自己紹介でもしようぜ。俺の名前、富賀河ふかが透流とおるってんだ。お前は?」


 ゲームスタート直後、富賀河が慣れた様子で自己紹介を済ませた。きっと同じような状況を相当こなしているのだろう、と剣ヶ峰つるぎがみねにも簡単に想像がつく。


「剣ヶ峰りょう……」


――あ。やばい……本名言っちゃった。


 動揺を表に出さないよう、剣ヶ峰は演技を続けた。


「刀剣の『剣』に、カタカナのケを小さくした『ヶ』、峰は山の『みね』って書きます。涼は『すずしい』の『りょう』……。名字はよく、『けんがみね』って間違って呼ばれますよ。富士山とかで有名らしいですね」

「ふぅ~ん……。一応、あとで連絡先交換しようぜ」


 訊いてきた割に、興味のなさそうな富賀河である。

 こういった不毛そうにみえる会話でも、「ウソ」の発言が飛び出すこともあり、または飛び出さないように気を付ける必要もある――と剣ヶ峰は安芸島あきしまから念押しされている。


「そっちのは?」

「……あ、カオルのこと?」


 剣ヶ峰のすぐ後ろ、自身のスマホを見ながら立っていた安芸島あきしまは自分のことを言われているとは思わなかったようで、少し間を置いて反応した。


「『ダウト』って、参加してない他人が会話に入ってもいいんだっけ?」

「オーケーだよ。『ダウト』宣言なんかはもちろんできないけどね」

「そう……。カオルは安芸島かおる。広島の『安芸あき』に、ポッカリ海に浮かぶ、普通の『島』。ダーリンのよきパートナぁ~」

「ふ~ん……。君みたいながね~……」


 しげしげと安芸島を見つめ回した後、いかにもあなどるような目線で剣ヶ峰に向き直った富賀河。そんな彼の様子に、剣ヶ峰は内心イラつきを覚えた。


――気持ち悪い目でカオルを見やがって……コイツ。


「そうそう、昔話むかしばなしって好きですか? 富賀河さん」


 イラつきを抱えながら剣ヶ峰が話題を変える。

 その唐突とうとつさと不自然さからするとやはり、特訓の成果は皆無かいむだったようだ。剣ヶ峰の、「マイライ」を消化しようとする心根が見え透いている。見守る富賀河の仲間も、安芸島でさえも、小さく笑いを漏れ出させた。


「昔話? そうだな~……俺は『浦島太郎』とか好きだな」

「なるほど……『浦島太郎』のどういうところがお好きなんです?」


――少し話を広げてから、「マイライ」言うか。


「カメをいじめて竜宮城にいけるなんて、そんなやりたい放題、俺もできたらな~ってところが、さ」


 富賀河のこの言葉に剣ヶ峰は唖然あぜんとさせられる。


――「浦島太郎」がカメを、だって?


 コイツ……明らかに「ウソ」をついた。

 竜宮城のことまで言うくらいだから、富賀河がストーリーを知らないということもないはず……。

 そして、俺から始めた話題だから、富賀河の「マイライ」がこの「浦島太郎がカメをいじめた」である可能性も低いだろう。

 この「ウソ」は単なる「ウソ」だ。わかりやすすぎる「ウソ」。

 つまりは……コイツもか。目的は俺と同じ、賭け金の吊り上げだろうな。


――勝たせていい気持ちにさせて、それで相手のタガを外すってのがコイツの手なわけか……。


 剣ヶ峰は自身も同じことを画策していたにも関わらず、富賀河のやり口に気持ちの悪いモノを見たような気がした。

 この、搾取さくしゅしてやるぞ、という富賀河の魂胆こんたんは、それを予め知っている立場の剣ヶ峰でさえ嫌悪感を抱かずにはいられない。


「……ダウト。『トオル』。『浦島太郎がカメをいじめた』」


――いいじゃねえか。乗ってやる。お前の目の前にいる「お坊ちゃん」は、テメエの手に乗ってやるよ。


『ダウト成立! ユーウィン!』


「あっれ~ぇ……俺の勘違いだったのかな。浦島太郎ってそういう話じゃなかったっけ?」


 ニタニタ顔を隠そうともせず、富賀河が残念がるをする。


「ええ。いじめられていたカメを助ける話ですよ」

「こりゃ、まずいな……。次もやるだろう?」


 剣ヶ峰はコクン、とうなずいた。


「それじゃあさ。ちょっと条件上げるな。俺、負けちまったしよ~。『ナマニ』で行こうか」

「現金、二万ですか……」


 剣ヶ峰の推察どおり、富賀河は賭け額の吊り上げをしてきた。剣ヶ峰としても望むべくの展開ではある。


「やりましょう。楽しくなってきました」


ポーン


 剣ヶ峰は何の迷いもなく入室ボタンを押した。

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