毟り取る男、富賀河透流 14

「まあ、座れよ。富賀河ふかが。まだあと五分以上ある」


 安芸島あきしまから少しだけ唇を離し、富賀河に着席を促すと、剣ヶ峰つるぎがみねは再び安芸島との口づけを堪能たんのうしだす。


――矛盾……矛盾してやがる……。


 俺は自分の「マイライ」に「規制法が延期」を設定した。それがAIに認定されたってことは、「規制法延期」は「ウソ」だってことになる。

 しかもこれは、俺の勝ちパターンのとき使うような、「アイ・リング」の身体情報で判定される「主観的なウソ」じゃない。ネットの情報なんかで判断される、明確な、厳然な事実だ!

 なのに!

 

――今、ヤツが発言したときには「本当」の判定になった! 、こんなこと起こらない! そんなことが、あるわけない!


 富賀河は、力なく椅子に座り込んだ。


――マズい、マズいマズいマズいマズいマズい……。今はもう、そんな矛盾を突き詰めて考えてる場合じゃないぞッ! どうする……俺の勝ちの目は……どうすればいいんだッ?


 いつもの必勝パターンはヤツに知られちまってる。もうヤツは俺の、身体情報に基づいて判定される「主観的なウソ」には飛びついてこない。ダウトチャンスを消費させる勝ちは期待できない。

 「規制法延期」の仕掛けも壮大なブラフだった。ヤツはあんだけの仕掛けを作っといて、自分の「マイライ」に「規制法延期」を設定していない。

 考えろ、考えろ、考えろ……。

 ……俺が勝つためには、まずは「ダウト」。ヤツが設定してるはずの別の「マイライ」でも、単なる「ウソ」でもいい。「ダウト」で勝利。

 あるいは、ヤツが「マイライ」を言わず、俺が「マイライ」を言い終わった上でのタイムオーバー……!


――この二つッ!


「ちなみに」


 富賀河の思考をさえぎるように、剣ヶ峰が言う。


「サービスで教えておいてやる。俺はもう、『だぜ」

「……なんだとッ!」

「今度は俺が黙らせてもらう番だ……ククッ」


 心底、可笑おかしそうに含み笑いをする剣ヶ峰。富賀河は剣ヶ峰の発言が意味するところを理解して、歯軋はぎしりした。


――ヤツの言ってることが「本当」なら……このままいけば……! 俺はまだ、俺の「マイライ」を言ってない!


 どうする、どうすればいい?! 俺は一体、どうすればいいッ?!

 残り二回……俺のダウトチャンスは、あと二回。一個使って、「『マイライ』を発言済み」を「ウソ」かどうか、判定にかけてみるか?

 ……いや、貴重なチャンスをそんな易々やすやすには使えない。……ちゃんと考えろッ!


 ……まず、これが「ウソ」だとしたら「マイライ」ではない。ゲーム開始前の設定時には「マイライ」にできないたぐいの「ウソ」だ。となると、単なる話の中での「ウソ」。しかもこの「ウソ」、いたところでヤツにとっては何の旨味うまみもない。

 これ以降ずっと黙ってれば、「本当」、「ウソ」だとしたら「マイライ」を発言しないといけないから、「これ以降黙る」を破ることになる。真偽の判定は簡単だ!

 ということは、大方おおかた、本当のことを言っていると見ていいはず。

 

――ならば俺の勝ちは、すでにヤツが発言済みの言葉の中から、「ウソ」……「マイライ」を見抜いて「ダウト」すること。この一点のみになるッ! だが……。


 富賀河は顔を上げた。

 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる、対面の剣ヶ峰。


――ヤツが何を言ったかなんて、事細かく覚えてるわけがねえだろぉぉぉッ!!


カシャッ


 勝機として考えていた二つの道筋のどちらをも失い、呆然ぼうぜんとする富賀河を、シャッター音とフラッシュが襲った。安芸島が富賀河にスマホを向けている。


「……何してる? クソアマぁ……」

「いやあ、面白い顔になってきたなあ~と思って。その顔を待ってたの。記念撮影~」

「……ふざけんなァッ!!」


 富賀河は立ち上がると、拳を固く握りしめ、テーブルを叩く。

 安芸島はその音に一瞬だけ体をビクリ、と震わせたが、顔のニマニマはそのままだ。


「バカにすんなよッ!」

「……富賀河ぁ、カオルを怖がらせんじゃねえよ」


 剣ヶ峰がすごい形相で富賀河をにらみつける。富賀河も負けじと睨み返す。


――クソがクソがクソがクソがクソクソクソクソクソがッ! クソ野郎がァァッ!!


「それに、こんなことに時間を使ってていいのか? あと三分だぞ。お前、その様子じゃあ『マイライ』まだ言ってないんだろ?」


――そうだ。それが一番マズい!


 こうなったら俺の「マイライ」を言って、両者「マイライ」発言でタイムオーバー……。引き分け分配で元手を回収することを狙うか?

 だが、ヤツが俺の「マイライ」を見逃すか?

 さっき、俺はヤツの「規制法延期」を指摘した。俺がそれを「ウソ」だと思っているってのはバカにだって判る。そんな俺が「規制法が延期される」なんて口に出してみろ。滑稽が過ぎる。

 ……が。言うしかない……。言うしかない……。

 

 「あと二分」


――うるさいッ! 黙ってるんじゃなかったのかよッ! テメェはよォッ!


 富賀河が内心で毒づいた瞬間、極限に追い詰められたがためか、彼はまたも天啓てんけいを授かった。


――これは……。


 富賀河は瞳孔が開ききったひとみで、眼下のテーブルクロス、小さな染みを見つめる。


――は、いけるんじゃないか……? 滑稽さは、。しかも、この手がうまくいけばヤツに「ダウト」をかけられて……

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