毟り取る男、富賀河透流 8

【一月三十日 十八時二分(EST)】


 富賀河がスマホの時刻表示を確認しながら、トイレへと続くドアを開く。そのまま真っ直ぐ進み、向かいのドアを開けると、これもまた決して広いとは言えない縦長の空間に、それに合わせてしつらえたかのように縦長のテーブルが据えられていた。クロスが引かれたテーブルの上にはさまざまな品目の料理が並べられ、湯気を立てている。


「どうぞ、奥の席へ」


 すでにテーブルの一端に着座している剣ヶ峰つるぎがみねに案内され、富賀河ふかがは部屋の奥、テーブルのもう一端に用意された椅子に腰を下ろした。何の気なしには座ったが、その座り心地は柔らか。そういう仕様の椅子なのか、座っていると足が床につかない。


――こんなんが高級椅子ってヤツなのか? ニュース偽造といい、変なトコに金使うなよ……。


 地に足がつかない、とは比喩ひゆではなく、なんとも落ち着かないものだ、と富賀河は実感した。


「どうです? この料理……カオルが作ったんですよ。おいしそうでしょう」


 向かいの席の剣ヶ峰つるぎがみねが、その後ろに控える安芸島あきしまに顔を向ける。


「ダーリンの好きなモノいっぱい作ったからね~」


 二人は笑い合うと、すぐ富賀河のほうにまた顔を戻した。安芸島の富賀河を見る眼には冷たいものが混じっている。


――トイレでのこと、根にもってやがるな、あのクソアマ……。


 富賀河は目の前の料理に目を移す。

 魚の照り焼き、鶏の唐揚げ、おでん、卵焼き……納豆まである。アメリカにいるというのに、ほぼ和食だ。一品、チーズドリアがあるのが逆に場違いとなっている。


――これが好きって……子どもの舌かよ。


 とはいえ、富賀河も並んでいるメニューは大抵、好きなものであった。魚の照り焼きにだけははしをつける気はないが。


「カオル、いただきます」

「はい、どうぞ~。召し上がれ~」

「……あ、そうだ」


 富賀河は箸をとると、言った。


「『ダウト』アプリの規制法、延期になったみたいだな、剣ヶ峰サン」


――先手必勝。俺が「規制法が延期」の「ウソ」を信じていたなら、だ。


「あ、富賀河さんもご存知になってましたか。そうみたいですね」


 剣ヶ峰は照り焼きの身を小分けにしながら、富賀河のほうに目を向けてきた。

 剣ヶ峰の反応を、やりすぎて怪しまれないように、だが、しっかりと観察する富賀河。


――あの様子、自然だ。いや、ように演技している。つまり……ヤツには、俺が「ウソ」に気付いたことはバレていない! そして……。


「これじゃあ最後の日に『ダウト』を楽しむ『パーティー』じゃなくなっちまうな。。俺は予定いてるし、剣ヶ峰サンも大丈夫だろ?」


――これが俺のカマだッ! 少し強気に「パーティー」延期を要求する。だが、「規制法の延期」がヤツの仕掛けた「ウソ」で、それを「マイライ」に設定する計画を実行するつもりなら……。


「ええ……。予定は大丈夫なんですが、それはそれとして、当初の通り、今夜『パーティー』を楽しみましょう」


――


 「規制法延期」の「ウソ」に俺が気付いたとヤツが知っている場合、この答えはない。

 今、実際そうなっている通り、「規制法延期」を使おうにもそれを逆手にとられることになるから、仕切り直した方がいいに決まってる。相手から提案してるんだ。なおさら仕切り直すべきだ。

 この答えは、そうでない場合――「規制法延期」の「ウソ」に俺が気付いていない、まだ自分の仕掛けが順調だと勘違いしている場合の答えだ。

 かけた費用を回収したいオマエは、「パーティー」はなにがなんでも今日、決行する。延期もしない。時間をけたら「ウソ」がどこでバレるかヒヤヒヤものだからな。


――間違いない。ヤツには俺が「ウソ」に気付いたことは、バレていない。


 富賀河はカマかけで確認がとれたこと、剣ヶ峰の答えが面白いように自分の目論見もくろみどおりなので人心地がつき、目の前の料理を口に運びはじめた。


――結構美味うまいじゃねえか。クソアマにしては。


「『パーティー』は今夜十一時ちょうどから、この部屋で行います」


 富賀河は唐揚げ一個をまるまる頬張りながら部屋を見渡す。

 床は富賀河の部屋と同じような、ふかふかの絨毯じゅうたん。トイレに続くドアとは別に、簡素な意匠いしょうのドアがひとつ。壁紙は柄なしのオフホワイトで何の面白味もない。その壁にはエアコンがひとつと、丸時計がひとつ。室内の装飾と言えば、ムダにレースのあしらわれた、細長テーブルにかけられたクロスくらいのものである。窓がないのも手伝って、どこか圧迫されるような心持ちにさせる部屋である。


――バカが。ニュース偽造になんか金かけてねえで、おもてなしの心で部屋の改装でもしてれば、ちっとはマシな「ダウト」勝負になってたかもしれないのによぉ。


 でも、そうだとしても剣ヶ峰に勝利はない、と富賀河は確信する。

 

――俺の、は絶対だ。


 富賀河は、剣ヶ峰の「マイライ」を知れたことと、自身の必勝パターンを掛け合わせて、より盤石ばんじゃくの態勢で勝負にのぞむつもりだ。


――せいぜい、最後の晩餐ばんさんを楽しみな。


 富賀河は心中で悪態をつきながらも、照り焼きと煮物のインゲンマメを残して、それ以外の皿をすべて綺麗に空にした。


「どうぞ~。食後のドリンク。『マリブサーフ』よ~。デザート代わり~」


 給仕にてっしているらしき安芸島はそれらを片付け、グラスを富賀河と剣ヶ峰の前に置く。ウェルカムドリンクと同じような、冴えた青色。

 

「これも酒か?」

「そうよ~。度数は低いから安心してね」


 富賀河はグラスを傾ける。

 炭酸ののど越しに、その後に香るココナツミルク。

 食事で喉が乾いており、勝利を確信した安堵あんどもあってか、富賀河にはこの酒が本当に美味く感じられた。


――あとは、コイツらからむしり取るだけ、だな。


「では、十一時の少し前にお声掛けしますので、それまではお休みください」


 富賀河は部屋に戻ると、勝利確定の安堵のためか、アルコールのためか、それとも時差ボケが残っていたためか、ほどよい眠気を感じ、そのままベッドに倒れ込んで寝入ってしまった。

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