毟り取る男、富賀河透流 6

 富賀河ふかがは部屋に戻るとベッドに寝転び、枕元のスマートフォンの画面を見て舌打ちを鳴らした。


「チッ。ネット……まだ繋がってねえじゃねえか……」


 実際のところは剣ヶ峰つるぎがみねに苦情を告げてからまだ四、五分程度しか経っていないのだが、対応の遅さに富賀河は苛立ちをつのらせる。


『……次のトピックは、アプリ規制法に関する内容になります……』


 垂れ流しにしていたテレビを何とはなしに眺める富賀河。


「なんか他の番組やってねえのかよ」


 富賀河はリモコンを操作し、次々とチャンネルを変えていく。と、富賀河はあることに気が付いた。


「……ニュース……しかも日本語の番組ばっか……」


 すでに五、六回は画面を切り替えているが、どれも一目でニュースと判る、アナウンサーとテーブルのセット。トピックの羅列。

 アナウンサーの男女や一人、二人の差、トピックは画面テロップだったりボードだったりと細かな違いはあるものの、どれもこれもニュース番組なのである。

 ついに一巡して、最初の……ニュース番組に戻ってきてしまった。


「ここはアメリカだろ? なんでなんだ……? おかしいだろ……」


 富賀河はもう一巡、確認する。そして、またひとつ、気付いた。


「どれも、これも…………」


 チャンネルを切り替えた時点ではアナウンサーが伝えていないニュース番組もあったが、画面に映り込むトピックリストにはどれも必ず「規制法の延期」の文字があるのだ。


「待てよ。待て、待て……」


――いくら日本の政府がバカだからって、、しかもとかすんのか? そういうモンなのか?


 富賀河の心に、「規制法の延期」について、小さな疑念が芽生えた。彼はその疑念につき動かされるように、自身のスマホを手に取る。


「クソッ! まだだ!」


 スマホ画面にはまだWiFiワイファイ接続のマークはついていない。


「ネットは使えない。電話……国際電話か? 料金、バカ高いだろうな……」


 三分ほど黙ってスマホ画面を見つめていた富賀河だったが、いくら待ってもアイコンはネット接続済みのマークに変化しない。その間にも、小さな力を加え続けられる振り子が振り幅を大きくしていくように、富賀河の中の「規制法延期」への疑念が増していく。

 れきった富賀河は、国際通話用のヘッダをつけ、電話番号をプッシュした。


『はいふぁ~い』


 電話先に出たのは、あくび混じりの、間延びした声。


「……おい、トモか?!」

『トオルさん? どうしたんスか、こんな朝っぱらから……』

「バカ、アメリカに行くって言っただろ! こっちは夕方なんだよ」


 国際電話なのだから相手先の時間を考慮するのがマナーではあるのだが、もともとがそんなことに配慮をしない富賀河――さらに相手が目下の者ともなれば、自分の都合だけを押し付けるのであった。


「おい、テレビ見れるか? テレビ! ネットでもいい!」

『あ~……テレビっスか? 見れますよっと……』


 電話口の奥から、トモとは別の声が聴こえてくる。彼はテレビの電源を入れたようだった。


「ニュースやってるか?!」

『ええ、朝っスからね。大体どこもニュースっスわ』

「『規制法が延期』ってニュース、やってるか?」

『規制法って……「ダウト」のっスか?』

「そうだよ!」


 どうにも焦れったさが先行し、富賀河の語調がどんどんと強まっていく。


『いや~? 男のアイドルが料理作ってますけど……』

「バカ! 他にチャンネル回して確認しろ!」

『……ったく、なんだってんだよ……』


 不満の声が小さく漏れてきたが、今の富賀河にはそれを問い詰めるまでの余裕がない。


――どうなんだ? 規制法はなのか?


『やってないッスね』

「ネットで検索したか?! 『規制法が延期』って!」

『するわけないじゃないッスか。今、電話してるのに』

「調べてかけ直せ!」

『……オレ、アメリカへの電話のかけ方なんて知らないッスよ』

「……あ~っあぁ! クソッ! 二分後にかけ直す! 調べとけッ!」


 その口上で電話を切ると、富賀河はスマホに向かって「使えねえな」と叫んだ。

 永遠とも思える二分の後、電話をかけ直すとトモは、「規制法延期なんて全然検索にヒットしないッスよ」と、ちょっと不機嫌そうに報告した。

 電話を切った富賀河は、ベッドの上……膝立ちで呆然とする。


――「」だ……。この部屋のテレビで流れているニュースは「ウソ」のニュース番組だ。誰が、何のために……。


 富賀河は、その一方にはすぐに答えが出せた。


――決まってる。ここはヤツの別荘だ。。だが、何が目的だ……?

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