剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼

剣なんでも屋店主、剣ヶ峰涼 1

 翌日は休日となる金曜の夜、剣ヶ峰つるぎがみねりょう安芸島あきしまかおるは連れ立ってネオンの光またたく繁華街を歩いていた。

 見目みめ美麗びれいの組み合わせのためか、それとも剣ヶ峰の「ツナギ」という場違いな格好のせいか、二人の通り過ぎる姿にちらほらと振り返る者も多い。


富賀河ふかがってヤツはその『アトラース』ってクラブにいるんだよな、カオル?」

「うん、桜音おうねちゃんのトモダチが見つけたんだって~」


 安芸島は剣ヶ峰と腕を組み、ほおをすり寄せながら言う。


「クラブかぁ……」


 剣ヶ峰は飲み屋やバーの看板の並びの中、埋もれるようにして営業中のブランドショップの前で立ち止まると、腕組みでくっついてくる安芸島を伴って入店をした。


「いらっしゃいませ」


 中年の男性店員が二人に近づいてくる。

 店の雰囲気にそぐわない、ふわふわファッションとツナギのコンビに嫌な顔ひとつ見せず、彼はにこやかな笑顔を浮かべている。


「高そうなお店だね~」

「『お坊ちゃんの少しカジュアルな服装』みたいな感じで適当に見繕みつくろって」


 剣ヶ峰の要望に、髪をピシリと固めた店員はさすがプロ、その笑顔を崩さない。


「かしこまりました……。お召しになるのは、お客様でよろしかったでしょうか……?」

 

 店員は剣ヶ峰にたずねる。


「そう」

「……おサイズ測らせていただいてよろしいでしょうか」

「オッケー」


 サイズの計測後、店員は剣ヶ峰の要望に合わせて、いくらか取り合わせを選んできた。


「や~ん! ダーリン、カッコいい~!」


 剣ヶ峰はつま先の上がった革靴、白のスキニーパンツ、無地のシャツに薄灰のジャケットといった出で立ちで試着室から出てきた。


「そうか。カオルが言うならこれでいいかもな」

「いいよ、いいよ。世間知らず感満載!」

「だろ? こんなことしてみたり……」

「や~ん」


 安芸島のふわふわボブに鼻を寄せる剣ヶ峰。

 店員はにこやかな笑顔を張り付かせたまま、二人のイチャつきが終わるのを直立して待っている。


「じゃ、これで決まり」

「……本当にこちらでよろしかったでしょうか?」

「ああ。買うってば」

「仕立て直しには日を置いてお時間いただく可能性もございますが?」

「すぐ出来るヤツだけでいいよ。会計はこれで」


 そう言って剣ヶ峰は黒いカードを取り出した。


「きゃあ、出た~。ダーリンの伝家でんか宝刀ほうとう~」

「ホントは使いたくないんだよなぁ……」

「とか言っちゃって、海外旅行のときとかもバンバン使うくせに。さすがKENグループの跡取り候補!」

「それ言うなよ……カオル。嫌いなんだよ。それに、何回も言ってるけど、ちゃんと全部後で返してるんだってば……」

「えっへへ~。『なんでも屋』の実入りがいいときだけ、ね」

KEN……」


 店員は安芸島の口から出た名に一瞬、プロの仮面を外しかけたがすぐに取り直すと、剣ヶ峰からカードを受け取ってその場を後にする。


 KENグループ。

 元は建築業を主体とした業態であったが、異業種合併、M&Aを繰り返し、今や家電、家具、通信、不動産、エンターテイメント、観光、旅行代理、貸金業……さまざまな分野で日本企業のトップに名を連ねる有数のコングロマリット・グループである。

 そのグループ規模は全体従業員数三万以上、流通総額年間二兆円以上、企業資産額八兆円以上と破格で、しかも年を追う毎にその数字を増やし続けている。

 剣ヶ峰涼はそのKENグループのトップ、剣ヶ峰健也けんやを親にもつのであった。


「仕方なくだからな、仕方なく」

「そう言ってすぐ使うんだから。ダーリンこらえ性ないね~」


 安芸島の両手に頬を挟まれながら、剣ヶ峰はショップから出てくる。剣ヶ峰の格好は買ったばかりの、「お坊ちゃんの少しカジュアルな服装」。


「こんな用意したってことは、これで『アトラース』、行くんでしょ?」

「約束は約束だからな。仕方ないけど、行くぞ」

「ギリ堅いダーリン、大好き!」


 剣ヶ峰に安芸島は自身の腕を再び絡ませると、繁華街の道を並んで歩きだした。

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