依頼主、三ツ路桜音 3
「まずはルームに入ろ~」
「ルーム?」
「
渡されてからの剣ヶ峰の手際はどこか
「今回は『入室条件』はナシで作成しときました」
「その『入室条件』ってのが賭け金なわけか」
「……まあ、そうです。設定は、スタンダードな『ゴーサン』部屋です」
「『ゴーサン』?」
「ゴー」はプレイ時間が五分、「サン」はダウトチャンス三回を意味する、と
「ダウトチャンスってのは……なんだ?」
「ゲーム中、『ウソ』と思われる相手の発言に対して『ダウト』を掛けられるんですけど、それが失敗すると減る……」
「残機みたいなもんか」
「……はい」
スマホのゲームは知らないのに、
「それがなくなると、負け?」
「その通りです」
「コレつけてね。ダーリン」
安芸島は自身の左手人差し指にはめられていた指輪のようなものを外すと、それを剣ヶ峰の手のひらの上に置いた。
「……なんだっけ? コレ」
「『アイ・リング・セカンド』だよ~。本来は医療看護や介護モニタリング用のウェアラブル機器なんだけど、心拍や血圧なんか収集できる機能を利用したアプリも多く出てて、スマホ持ってる人はイマドキ皆、持ってるよ~。『ダウト』でもコレを使うんだよ~」
「ふ~ん……」
剣ヶ峰は指輪をしげしげと眺めてから、自らの左手人差し指にはめた。
指輪というには少し
「リングも付けたし、桜音ちゃんのルームに入室できるよ」
「はいよ」
ポーン
ルーム入室の電子音が、剣ヶ峰、三ツ路、それぞれの端末から流れる。
「……じゃあ、『マイライ』設定フェーズを始めます」
『ダウト、レディ!』
可愛らしいハイトーンの声がスマホから流れる。
「ダーリン。このフェーズでは、ダーリンの『マイライ』を設定してね。『マイライ』ってのは、プレイ時間中に絶対に言わなければならないワードだよ。ゲーム中、ずっと黙りこくるのを防ぐためにあるの」
「『マイライ』……ダメだ。訳が分からんぜ……」
「もう、すぐ弱音吐かないの。何か、思いついたのでいいから『ウソ』を入力するの。それが『マイライ』。このゲームは簡単に言えば、会話中に相手が『マイライ』――『ウソ』を少なくとも一回は喋るから、それを『ダウト』で指摘するゲーム。もちろん、自分も設定した『マイライ』を喋らないと、サイアクの場合は負けちゃうゲーム。そんなカンジだから……」
チュ、と安芸島は剣ヶ峰の頬にキスをした。
「頑張って~」
「もう一回くれ」
「もう、甘えんぼ!」
安芸島はさえずり音を出して、もう一度剣ヶ峰に唇をあてた。
三ツ路はそんな二人の様子に、なんだかどうでもよくなって帰りたくなってきた。
「『ウソ』を設定すればいいんだろ……」
イチャつきでやる気を取り戻したらしい剣ヶ峰は、『マイライ』を設定すべく、たどたどしい手つきで文字を入力していく。
と、それを覗き込んでいた安芸島の顔がみるみると
「やーん、やだやだ! そんなのやだー! ダーリン嫌いになっちゃやだぁー!」
「『ウソ』だろ、これは! 真っ赤な『ウソ』だって!」
三ツ路は、剣ヶ峰が何を入力したのか、あらかた予想がついた。
『ノット・ライ! もう一度設定してね』
剣ヶ峰が持つ端末から、ハイトーンボイスが注意をする。
「ん? なんだ?」
「『カオルのことが嫌い』とでも入力したんですよね? 『本当』のことはもちろん『マイライ』にできませんけど、人の気持ちとか、人によって解釈が変わるようなこととか、あまりに抽象的な『ウソ』も『マイライ』には設定できません。たとえそれが本当に『ウソ』でも」
「ダーリン、本当に『ウソ』?」
「ああ、本当に『ウソ』だよ」
――「本当」に「ウソ」ってなんだかややこしいわね……。
「『俺は十歳』とかはイケるかな?」
「それはオーケーだと思います。リングから得られる身体的な情報から、十歳……またはそれに近い年齢ではないとアプリAIに判断されるでしょうね。でも今、私に喋っちゃったんで、それはやめたほうがいいですよ」
「なんで?」
三ツ路はふぅ、と一息
「カオルもさっき言ったじゃないですか。プレイヤーは各々、『マイライ』を設定します。ルールでは、ゲームプレイの制限時間を迎えるまでに『マイライ』の発言が求められているから、必ず相手はどこかで発言してきます。ですから、相手の『マイライ』を察知することが『ダウト』勝利の最短経路です。予め『マイライ』を知っていたら、あとは基本的には余計なことを言わずにずっと黙ってれば相手が『マイライ』を言いますから、それを指摘すればいいだけ。『マイライ』を知られるってことは、ほぼ負けが確定することなんですよ」
「……なるほどね~」
剣ヶ峰がひとまず
――本当に、判ったのかな、このカンジ……。
剣ヶ峰は再び「マイライ」を入力をすると、隣の安芸島に「これでどう?」と見せた。
「うん、いいんじゃないかな~。さっすがダーリン」
「よっし。始めようぜ」
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