後日談/2-③



「おかえりなさいっ」


 今回はお留守番を担当していたリサが、外から戻ってきた宗一郎たちを笑顔で出迎える。彼女の背後には、恰幅が良く肝っ玉も備えていそうな女性が一人。リサの唯一の家族である叔母アポリンヌだ。


「よく帰ったね! ご飯できてるよ!」


 声も大きいアポリンヌおばさんと、相変わらず子犬っぽい雰囲気を撒き散らすリサに誘導されて、彼女たちの家の夕飯にお呼ばれする一同。

 本日はミルクをふんだんに使ったクリームシチューということだった。

 宗一郎たちは港へ向かう途中で依頼をこなせたらという目的で、東区台地の冒険者協会で依頼を探していたところ、リサが思わず目に留めた依頼が今回のものだった。

 ラヴァンドラ村から出されたモンスター駆除の依頼。

 思わず心配になり足を止め、その依頼書に注目していたことが宗一郎にバレた。


「お、これリサの住んでた村の名前じゃなかったっけ?」


 などと問われ、しどろもどろになっているところで月夜がそれを証明した。そこからはあれよあれよという間に話が決まっていった。港町に行く道中で、場所的にも休憩挟むのにちょうどいいんじゃない? などと論議された結果、あっさりとパーティ一同で受けることに決まったのである。


「依頼金は村人共同で出すのが精いっぱいでねえ! それがまさか、リサが帰ってきてしかも遥かなる星界からの旅人を連れてきてくれるだなんて、やっぱ星が導いてくれたんだろうねえ」


 宗一郎らが遥かなる星界からの旅人であることは、アポリンヌにだけ明かしてある。おそらくは他の村人も気付いてはいるのだろうが、あえて指摘するようなことはしなかった。それでもリサのことを暖かく迎えてくれたあたり、人柄のいい村なのだろうということはよく分かる。


「リサは迷惑かけてないかい? この子ったら昔から大人しくてあんまりはっきり意見を言えない子だったから、そこだけ本当に心配でさあ」

「お、おばさんっ!」


 唐突に自分の過去を暴露され慌てるリサ。

 家族仲も悪くなさそうな二人に思わずほっこりする。


「いえいえ、むしろこっちがとてもお世話になってますよ。確かに控えめな性格なのでしょうが、気立てもいいし、肝心なところではちゃんと前を向くしっかりした女性です。迷惑だと思ったことなんて一度もありませんよ」


 と、縁志が答え、全員が深く頷く。

 縁志の評価は宗一郎たちの総意でもある。

 知らない人間の世話をする、という矢面に立たされた彼女は、健気に応対し続けた。

 その努力を知っている日本人たちからすれば、リサを迷惑に思うことなどない。


「そうかい、そんなら良かったよ」


 豪快に笑ってみせたアポリンヌだが、その表情の陰に、リサに対する心配が解消したような安心感が見え隠れしている。こういった豪快なところを見せる人物だからこそ、繊細に心配していたのだろう。

 そんな彼女を安心させられたのであれば、宗一郎たちもまたひと安心である。




 二泊して、三日後。

 リサは家族の時間をひとしきり堪能し大切にして、笑顔でアポリンヌや村人たちから送り出された。手を振って旅立つリサも笑顔を湛え、憂いなく宗一郎たちとともに歩を進める。

 ラヴァンドラ村から街道に向かえば、それなりの大きさの宿場町がある。そこから港町に行く馬車がいくつか出ているため、宗一郎たちはその乗合馬車を利用することにした。

 マグナパテルの東区台地から出発して、ラヴァンドラ村へ到着するまでに三日。依頼を達成し、かつ村から歓待されて宿泊に二日。アポリンヌ曰く、ここからさらに東進し似たような宿場町を二つ経由すれば、晴れて目的地である港町へ到着するとのことである。


「馬車の利点は、人間の徒歩より多少は早くて、かつ大人数や大量の荷物を同時に運搬できるところって感じだな」


 馬車での移動は、思ったよりも速度は出なかった。馬車を引く馬だって生き物である。早朝に出発して日が暮れるまで休憩なしで歩き続ける、なんて真似はできない。そのためか、だいたい馬車での一日の終点に合わせるように宿場町が形成されている。


「つまり、通常の乗合馬車を乗り継いでドクトゥスを目指す場合、この速度を維持できたとしても五か月ほどかかる計算か」

「しかも寄り道とかしないで、っていう条件での話だし。道の険しさとか難所もあるだろうし、モンスターのことだの旅費だのなんだのまで考えると、一直線に目指そうと思ってももっとかかるかも」


 現在は道中にある河原で休憩中。馬も馬車から外され、現在は川の水を飲んだり草を食んだり、あるいは砂利ではなく土のある場所で横たわっている。

 馬車は三台が並走していた。赤銅級とはいえ冒険者が六人以上も同時にいるのだから、なし崩し的な護衛を目論んでのことらしい。


「前途は多難だな」


 有雨のため息。

 書導大国ドクトゥスを目指す最大の目的は、ゾディアック・シンボルの場所を調べるためである。その記録があるとされるドクトゥスへ到着するだけで半年近く。冗談抜きで、シンボルを集めきるまでに十年や二十年かかってもおかしくはない。


「宗、おまえの作る馬車でどのくらいの速度が出せるんだ?」

「んんー……。御者スキル持ちがいなくて馬車本体におもっきし工夫重ねまくって、だいたい倍くらい」

「それでおおよそ二ヶ月から三ヶ月か」


 半分の短縮はかなり大きい。

 しかし宗一郎が出した数字は、あくまでも理論上の話でしかない。不確定要素がいくらでも転がっている以上、馬車の性能を倍まで引き上げて半年かかる、という可能性も考慮しておきたいところだ。


「こりゃ馬車とかじゃなくて、もっと根本的なところから見直す必要があるなあ」

「根本的なところって、例えば?」

「そこはちょっと話持ち帰って話し合いだけどな。とにかく、馬車の性能を上げればいいってわけじゃないってことが分かっただけでもデカいわ」


 目的はあっても到着する場所は分からないのが、遥かなる星界からの旅人たちの旅路だ。そんな遠大な旅に一生付き合ってくれる御者などいるはずもなく。


「と、ぼちぼち出発だって」

「ほんとだ。みんな、いこっか」


 馬がそれぞれの馬車につながれ始め、周囲にいた人間も馬車に乗り込み始めている。

 宗一郎たちも場の流れに従って、ぞろぞろと自分たちが乗っていた馬車へと乗り込んでいった。



 ラヴァンドラ村からさらに東進すること、三日目の晩。順調にいけば今日の夕方には港町に到着していたはずの宗一郎たちは、港町とその手前にある宿場町の間で野営を行っていた。

 現在、馬車は二台。一台は途中の宿場町でそのまま台地のほうへと戻るルートであったとのこと。

 馬車は御者を除いた八人乗りが二台。

 宗一郎たち六名と、もうひとつの馬車に乗っていた赤銅級と黒鉄級の冒険者二人組。残りは一般人という構成。


「それじゃあ、オレたちは中間を担当しよう」

「すまないな。こちらも野営の経験は浅い。重要な時間帯を担当してくれるのは助かる」

「なに、二人だけで夜通し見張り、なんて事態よりはよほどマシだ。では交代になったら知らせてくれ」


 野営の経験は皆無、とは言わない辺りに有雨のしたたかさを感じさせる。

 一同が急遽野営をすることになったのは、道中で魔物の群れに襲われてしまい、立ち往生してしまったためである。

 魔物の群れ自体は即座に撃退しきれたが、馬が前肢を噛まれてしまい、弱毒を注入されてしまった。治癒、解毒ともに完了しているが、時間帯がすでに夕刻であったこと、馬を落ち着かせるための時間を取るということもあって、ここで緊急の野営をすることになった、という流れだ。


『野営のこととか全然考えてなかったから、ある意味では運が良かったかもなあ。馬には悪いけど』

『緊急事態が起きて野営しなきゃっていうパターンもあるんだよね、今回みたいに』


 二人組を作って四回に分けての見張り、ということになった。最初に遥香と有雨、次に他の冒険者たち、次に宗一郎と縁志、最後の夜明け前に月夜とリサという形で今回は落ち着いた。

 組み分けは暫定なため、適しているかどうかもまだ分からない。


『ゲームだと夜通し歩いていくとか普通だったからな。野営システムなんてものもなかったから、発想が出ないのはある意味で当然か』


 護衛対象は十人。かつ、遥香が最初に見張りに回っているため、持続型の防御結界を張っている。不意の襲撃、というモノに対してはほぼ安全とみて間違いはない。


『盗賊とかが襲ってくる可能性もあるわけか』

『野営一つで考えること多いなあ』

『なにか対応できそうな道具とかあるのか?』

『結界具を作ればなんとか。応用すれば一晩くらいは余裕で維持できると思う』


 最も格の低い結界具が、月夜とリサが作っていた魔除けのサシェである。この手のアイテムはたいていが消耗品で、低級品は一般にも販売されている。しかしあくまでも小規模な結界のため、馬車二台分の人数を対象とすると使い勝手は悪い。

 もっと強力なモンスターからも守れたり、使用回数に制限が付かないといった便利な結界具も存在はしているものの、そういったものは高級品なために、一般人や隊商では入手が難しい。

 より上級な結界具ともなると作れる人間が限られてくるし、そういったものを使うような人間は白銀級より上の冒険者などに限定されてくる。


『作っておいて損はないだろうし、間に合わせでも作っておいたほうがいいんじゃないかな?』

『それもそうだな。ちょっとメモっとく。月夜さんとリサは早朝に回ったし、もう寝ておいたほうがいんじゃない?』

『ん、そうだね。それじゃあお先におやすみなさーい』

『おやすみなさい~』


 見張りを除いた女性は全員、馬車の中で寄り添って眠っている。宗一郎の作った通信具は口を動かしても声は漏れないため、誰かの睡眠の邪魔になることはなかった。


「テントとかも必要だよな、そういえば」

「こりゃあ、今回の遠征が終わったら改めて必要になりそうなものを挙げていったほうが良さそうだ。盲点が多過ぎる」


 宗一郎と縁志も寝る準備を進めながら、必要になりそうなものをメモしていく。

 食糧事情を改善するための今回の遠征、彼らが考えていた以上に多くのものを得た。逆をいえば、彼らが考えていた以上に足りないものが多かった、とも。

 バックパッカーのすごさというものを知りつつ、初めての野営の夜を過ごしていく。

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