後日談/2-④
◆
「着いたー!」
「海だー!」
町の入り口が丘の上にある港町サフィラス。見下ろせば漁港にはいくつもの帆船が停泊しており、隣の桟橋には個人用の小さな船が沖合に出たり入港したりしている。
白い壁面の家々は屋根の色を同じとしている。オレンジ色の屋根が整然と並び、計画的に町が作られたことが見て取れる。
そしてそんな町の向こうに広がるのは、空の水色よりも濃い青の海。吹いてくる風がもたらすものは、地球の潮の香りと同じもの。
乗合馬車から降りて町の入り口で冒険者の証明証である装飾品を見せる。資格的信用度がまだ低い赤銅級なため、今回は少し割引された入市税を支払った。
「思ったよりデカい町だな」
「まずは協会に行こうよ。途中で魔物の群れが出てきたことを報告しておきたいし、こっちでもそれなりに依頼はあるかもしれないしね」
「そだな。んじゃまずは協会へ」
彼らがサフィラスへ到着するまで、ラヴァンドラ村での滞在を除いて約一週間ほどかかった。
使用頻度が一番高そうな乗合馬車での移動ではあったが、移動速度は思った以上に遅く、そして危険度が高いことを思い知る遠征だった。
だが、今回の遠征の最大の目標からすれば、それら諸問題は副次目標ともいえる。
サフィラスの冒険者協会出張所に顔を出した一同は魔物の群れについての報告を行い、ついでに幾つかの依頼を見繕う。
東区台地でも見たような町中での雑用は青錫級に集中しており、赤銅級はそれらに加えて町の近辺に出没する魔物の駆除が混ざってくる。
だがしかし、今回、特に宗一郎と月夜が注目した依頼はこちら。
「船の修理のお手伝い、漁網に絡んだ海藻の除去、揚げた小魚の選り分け……この辺り、すげえいいんじゃね?」
「だよね、だよね! せっかくだから譲ってもらえたりしないかなあ!」
「貰えたら出汁も引けるしな!」
唐突に盛り上がり始める二人。
依頼内容を見るに、ここの港は海藻類をゴミ扱いしている可能性が出てきた。
そんなわけで、速攻で依頼用紙を掲示板からひっぺがして依頼を受ける二人。宗一郎は船の修理を、月夜は海藻の除去を選んだ。
「いや、ちょっと待ておまえたち! まずはこの町に滞在するための宿なりをだな!」
「有雨さんやっといて!」
「ちょっと行ってきます!」
有雨が珍しく声を荒げて二人を止めようとするも、まったく効果がない。食欲の成せる業なのか、二人は迷うことなく漁港へと走り去っていく。途中で竜巻状にくるくる回転している人がいたり、スカートを押さえている女性も道路脇にいたりしたが二人の姿はとっくになく、舞い上がる土埃だけが残っていた。
「……まったく、少しは大人しくできんのか、あの二人は」
潮風に払われていく土埃を睨みながら愚痴を漏らす有雨。
「し、仕方ないですよ。センパイも月夜先輩も、和風調味料をどうにか再現できないかって、試行錯誤をたくさんしてましたから」
二人ほどの腕はなくとも、調理できる組である遥香は二人の普段の苦悩を知っている。そのためにフォローに回ったのだが、それもあまり意味はないかもしれない、と遥香本人が思っている。
「まあ、俺たちは宿を取りに行こうか。元々、数日はこの町に滞在する予定でもあったわけだしな」
あいつらの張り切りっぷりはすごいが、と苦笑する縁志。
あの余りある行動力を見る限り、相当に鬱憤を溜め込んでいたに違いない。ということにしておいて、残された四人は協会職員から宿の場所を聞き出し、その場をあとにした。
◆
事件は、サフィラス滞在三日目に起こった。
『大変、大変ですセンパイ!』
「なんだ?」
本日も依頼料をもらいつつ、ゴミとされていた海藻類や小エビなんかをせしめるために、あくどい顔で丁寧に船の修理を進めていた宗一郎は、そんな後輩の慌てた叫び声に反応した。
『遥香ちゃん、どうかしたの?』
『ちょ、あの、実物見てもらったほうが早いので、みなさんも宿に来てくださーい!』
『は、遥香ちゃん?』
「……なんだ?」
同じ疑問を繰り返す。
元の性格からして、遥香があそこまで叫び出すことはかなり珍しい。というよりも、宗一郎はここまで騒ぎ立てる遥香の声を初めて聞いたかもしれない。
「どうしたんだろうね、遥香ちゃん」
「あいつがあんなに騒いでんだから、なにかよっぽどなもんを見つけたんだと思うけど」
月夜の問いに、四人は乗れそうな木製ボート型の漁船の修理を終えた宗一郎は、とりあえず自分の見解を述べる。
「とりあえず、宿に戻ってみっか。本人も見れば分かるって言ってることだし」
「うん、そうしよっか」
「てェわけでおっちゃん、依頼で受けた修理、これで全部終わったから確認して」
「おう、今日も仕事がはええな坊主! にしても、こんなゴミが欲しいたあ、なかなか妙な趣味してやがる。ま、こちとらゴミ処理が出来て助かってんだけどよ」
依頼達成の証明として、今回の依頼者に達成確認の欄にサインを書いてもらい、宗一郎と月夜は港を後にする。
今日も大量に海藻や小エビなどを譲ってもらい、ほくほく顔の二人。すでに貰ってある分は、宿の許可を取って裏庭で天日干しの最中である。昆布はすでに干し終え、現在干しているのは小エビのほうだ。
「お、兄貴」
「よう。どうしたんだ、遥香のやつ?」
「いや全然。見たら分かるって言ったあとは音沙汰ないしさ」
「なにを見つけたんだろうな。……だが確か、有雨とリサの三人で行動してたはずだ。有雨がなにも言わないってことは、本当にすごいものだったりするのかもしれないな」
「あー、そういえば有雨さん、なにも言ってないね。でも、有雨さんが認めるほどのすごいものって、逆に想像つかないよね」
「はは、確かに」
宿の前で、同じく呼び出された縁志と合流する。そのまま宿に入り、顔パスで自分たちが取っている部屋へと向かう。
「あれ、まだ遥香たちは戻ってきてねえのか」
取っている部屋は三つ。宗一郎と縁志の男部屋と、女性部屋が二つ。この宿はすべての部屋がツインルームなためである。
そのうちの一部屋、遥香と有雨が使っている部屋を訪ねてみるも、肝心の遥香たちはまだ戻っていなかった。
「遥香たちが戻ってくるまで、一度俺らの部屋に移動すっか」
さすがに女性部屋で待っているのもどうかと、三人は一度、男部屋へと移動しようとする。そのタイミングで、ドタドタと騒がしく走る音。発生源は、今回招集をかけた遥香その人であった。
遥香の後ろからは、リサを横抱きにして走ってくる有雨の姿が。ひどくシュールな光景に、先に戻っていた三人が動きを止める。
「みんな、早くこっち!」
「おおふ!?」
そのまま手を引っ張られ、ずるりと部屋に取り込まれる宗一郎ら三人。ばたーん! と勢いよく閉じられる扉。
「で、なにを見つけたんだよ……」
グゴギ、と怪しい音をたてた肩をさすりながら問えば、ぜはーぜはーと肩で息をしていた遥香は流れる汗を煌めかせて、物凄く良い笑顔を見せた。
「こっ、これ! これ見て!」
慎重に、テーブルの上のテーブルクロスの上に広げられる袋の中身。
「な。まさか、こ、こ、これは……!!」
我が目を疑う宗一郎。
月夜は驚きのあまり宗一郎の肩に掴まりながら、空色の瞳を爛々と輝かせている。
そして縁志は、感動のあまり声を失う。
そう。彼らの前に姿を見せた、遥香が見つけてきたそれとは……!
「―――お米と、大豆!?」
それも、米のほうは日本型短粒種のジャポニカ種。大豆はすでに乾燥加工された黄色の粒。本当に夢にまで見た、日本を象徴する食材がいま、彼らの目の前にあった。
「は、はるか! こっ、これ、おま、これどこで!」
驚愕と感動のあまりに、上手く言葉を使えなくなった宗一郎が必死の形相で問うと、遥香は深呼吸を挟んで、答えた。
「輸入品だそうです。昨日入港してきた船から降ろされたって。
その国の名前は……四季国」
その言葉に、日本人全員が顔を見合わせ、同時に力強く頷く。
再び慎重に、広げられた米と大豆を袋に戻す。次いで世界地図が広げられ、未だに状況を飲み込めていないリサも含めた全員の視線が、紙上の世界を俯瞰する。
新たな目的地が、ここに決定した。
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