後日談/1-⑤
その日、別行動を取っていた宗一郎は、王宮の許可を得て単独で再び天葉域へと足を踏み入れていた。
なお縁志もこれまた別行動で、現在の彼は星降り祭の中に出かけては情報収集に身をやつしている。
宗一郎の見た目は手ぶらだが、背中に例のレザーザックを背負っている。
今回、神薙であるリサの助けもなく、扉は勝手に開いた。宗一郎が遥かなる星界からの旅人だからか、それとも前回の時点で自由に天葉域に進入できる状態になったのか、それは分からない。
門扉の前でリサに開けてもらうことを思い出した宗一郎は一瞬だけ立ち往生していたのだが、開けてくれたんなら遠慮なく、の精神ですたすたと天葉域に入ったのである。
すでに前回で使わせてもらった庭園のテーブルまでやってきたが、この天葉域の主である女神フィオルネフェルトは姿を見せていない。
条件が整っていないのか、リサを経由しないと会話も難しいのかもしれない。
「さて、見てるかは分かんないけど、一時的に物を置かせてもらいますよ、フィオルネフェルト様」
一応、前日の夜にリサに確認は取ってある。フィオルネフェルトに通じたかどうかは不明だが、なにも言わないで勝手にやるよりははるかにマシだろう。
早くシンボルを集めていかねえとなー、と考えつつ、宗一郎はテーブルを通り過ぎ、そこからすぐ近くにあった石造りの塔へ足を運ぶ。昔は風車でも装着されていたようなイメージが残る円柱型の塔の内部に入る。
塔の中も、植物に侵食されていた。
外壁内側に作られた螺旋階段をよたよたと上り、屋上へ。
屋上も苔むしているし、ツルが伝ってきているし、すべてではないが床が崩れている場所もある。
しかし宗一郎は危なげない足取りで屋上の中央に向かって歩く。中央には特に何もない。敷き詰められた石レンガが床の役割をいまでも果たしている。
中央と思われる場所で足を止めた宗一郎は、レザーザックを背中から降ろして中に手を突っ込む。
ごそごそ中身を漁ることしばし。
中から取り出したのは、間違いなく背中に背負う程度の小型ザックに収まってはいけないレベルの巨大な柱状結晶だった。
宗一郎が両手で抱え込むほどの太さで、高さは五メートル以上ある。そんなものを単独で持ち上げられる宗一郎の筋力値が大概のように思えるが、魔力を通しておくと浮遊する性質を持っているために、見た目通りの重量があっても、その影響を受けていないだけだった。
柱状結晶を肩に抱えて、屋上の中心部へと歩を進める。
「……やっぱここらかな」
宗一郎がいま立っている場所が、各所から流れている魔力の結節点となっている。複雑に絡み合った葉脈のような流れは、太いものから細いものまで様々だ。この石の塔の屋上、宗一郎が立っている場はその結節点のちょうど真上に当たる。
場所を確認し終えた宗一郎は、慎重に接続用に作った箇所を結節点に向ける。不必要な魔力衝突を起こさないように微量ずつ結晶に魔力を流し、接続箇所から脈を流れる魔力に馴染ませていく。
「…………よ、っと」
慎重かつ丁寧に魔力を操作すること十数分。接続箇所から散っていた火花もようやく落ち着きを見せる。タイミングを計っていた宗一郎は、そろそろか、と呟くと同時に柱状結晶を手放す。
「……上手くいったかね」
巨大な柱状結晶が、静かに浮遊を始める。
それからさらに五分、宗一郎は結晶に異常がないかを観察し続けていたが、特にこれといった異変は起こらなかった。
「おし、大丈夫そうだ。あとはレオに連絡を……」
そこまで独り言を呟いた瞬間、宗一郎に突然連絡が入る。レイナードから注文を受けていた品の一つである、超長距離連絡用のアクセサリからだ。
「誰だ?」
誰かから連絡があった場合、スマホのバイブレーションのように振動して着信を知らせるように設定しておいた。が、まだ誰にも連絡ができるようになったとは伝えていない。
この通信アクセサリは、デルビル磁石式電話機をモチーフにしている。二つのアクセサリでワンセットであり、ピアス型とアミュレット型の二つを装備して初めて、同じセットを装備した相手と通信が可能になるというモノだった。よって現在、宗一郎に対して、このセットを通じて連絡を飛ばしてくる人間はいないはずなのだ。
宗一郎は実験的に装備していたアミュレットを持ち上げ、それをマイク代わりに唇に近づける。
宗一郎がこの状況に訝しみつつ、それでも大して警戒せずに着信に対して応答した。
「はいもしもし、どなたでしょうか?」
『〈おお~、本当に繋がりました!〉』
「……………………」
つい先日聞いたばかりの声が、アクセサリの向こう側から聞こえてくる。まるで、時間跳躍して電話というものを初めて使った古代人みたいなリアクションに、宗一郎は思い切り右肩をズルッと落とす。
「なにやってんすか、フィオルネフェルト様……いやていうか、どうやってこれとの連絡方法を知ったんですか」
『〈なにをおっしゃっているんですか。ここはわたくしの天葉域ですよ? ソウイチロウ様の作業はずーっと隣で見ていました〉』
「隣で!?」
身体ごとバババッと左右を何度も見るが、しかしそこには誰もいない。そしてアクセサリのほうからはくすくすと微笑む声。周囲の景色はやたらと神聖的というか幻想的だというのに、起こっている現象はただのホラーでしかない。
「……次はなんすか、俺の後ろにでもいるんですか女神さま」
『〈わっ、すごい。よく分かりましたね〉』
怪談系都市伝説の中ではかなりの知名度を誇るアレを見事に再現していた、この星の主神。やってることが人間臭過ぎて、先日リサに憑依したときのアレはなんだったのか、と声を大どころか超にして言いたい。
その手の都市伝説は改悪が進んでいて、たいていはオチで悲しい目に遭うことを教えてやりたい気分に沈む宗一郎。自分が超一流の狙撃手でなくてよかったな、などと内心だけで女神に向かって毒づく。
『〈それでソウイチロウ様。その結晶体が、長距離通信を可能にする装置になるのですか?〉』
「そうですけど、よく知ってますね」
『〈常にではありませんが、それを作っているところは見ていましたから。それにリサから送られてくる思念に、その装飾品に関わる感想もいくつか混ざっていましたしね〉』
「……ひょっとしてなんですけど、たまーにリサの目の色が金色になってたときって、フィオルネフェルト様が覗き見してたりしてません?」
思い当たる節がある。リサが未知を既知として語る場合、リサの瞳は金色に染まっていたのである。先日のフィオルネフェルトとの会談でも、女神に憑依されたリサの瞳は同じように黄金に染まっていた。
しかしフィオルネフェルトは答えない。スピーカー代わりのイヤリングから、くすりと微笑む声だけが聞こえてくるのが答えっぽかった。
「まあ、いいですけどね。んで確かに、これが長距離通信するための道具ですよ。ここに設置させてもらったのは単純に、マグナパテルがすげえ高さのある樹木だったからなんです。ほら、高いところから飛ばしたほうが、遠くまで届くでしょ?」
『〈なるほどー〉』
高さは尋常ではないし、電力と電波にも代用可能な魔力を使えば、ここに必要な道具を設置するだけで、冗談抜きに世界中どこにいても、対応する通信用の魔道具さえ持っていれば問題なく会話ができる。
『〈見たところ、霊脈を利用する術式も構築してあるのですね?〉』
「ええまあ。ほら、そうじゃないといくら天葉域がすごい高い場所にあっても、惑星の上半分までしか届かないですから」
霊脈とは、惑星内部を走る魔力の流れのことを言う。血管のような役割を果たす霊脈を利用すれば、たとえ世界の裏側にいようとも通信を可能とするはずである。
一応、東部台地に走る規模も太さも流れる魔力量も小さめの霊脈を使っての通信実験も行っている。その際は無事に成功しているので理論上は問題ないはずである、という結論が出た。
だからこそこうして、天葉域に魔力送信を可能とするための装置を置き、宝王大樹マグナパテルを電波塔に仕立て上げようとしているわけだ。
「というか、これを経由すればフィオルネフェルト様とも繋がるんですね」
『〈はい、これはとても僥倖でした。あのときも言いましたが、この天葉域であればともかく、離れた場所でリサに憑依すると彼女への負担が増えてしまうのです。これはその負担を軽減できる画期的な魔道具ですよ〉』
「あ、なるほど。これを使えば憑依もしやすい、みたいな?」
『〈そうですね。やはりわたくしは女神ですので、存在としての格のようなものの差が、どうしても影響してしまうのです。いくらわたくしが
「ああー……なるほど、そう言われると納得できますわ」
女神をただの人間に下ろすことに対する負荷は、確かにかなりのものになってしまうのだろう。
フィオルネフェルト曰く、革袋の水筒に海の水すべてを入れるような作業に相当するらしい。いくら憑依していると言っても、それはフィオルネフェルトという存在の毛先ほどにも及ばないのだ。
意図したわけではなかったが、宗一郎の作った通信装飾品はリサにかかる負担を受け止め、分散する機能を持ち合わせているらしい。おそらくは霊脈につなげることで、星そのものに負担を渡しているという形になっているのだろうと思われる。
「なんにせよ、これのおかげでリサへの負担が減って、フィオルネフェルト様との話も少しは気軽にできるようになるんだったら、それに越したことはねえですしね。せっかくだし、あと一セットくらいは追加で作っときますわ」
『〈そうですね、そうして頂けるとこちらとしてもありがたい限りです〉』
ということで、さらに追加で作る分が増えてしまったが、それで得られるメリットを考えれば作らない選択肢はない。追加分の予算については自力で出すことにして、帰りに市場にでも寄る予定を追加する宗一郎だった。
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