後日談/1-⑥

 相手が女神さまでも通信用装飾品は問題なく機能することが分かったので、宗一郎はその足で「うろ」の下のほうへと下りていく。

 向かった先は中央樹内部にある市場。

 基本的には食材を扱う巨大な取引の場であるが、少しずれれば店が扱う品も大きく変わる。

 左手首に装着した腕輪をぴんと弾いて変装をした宗一郎が歩くのは、表通りから道をひとつずらしたところを走る路地。

 人通りは表通りよりもやや劣るといった程度で、こちらの通りが扱うのは食材だけではなく、ちょっとした錬金素材や糸や布の素材になる植物なども姿を見せる。中には珍しい鉱石と称して、本当に珍しいものを取り扱っていたりする蚤の市のような場所だった。

 ちなみに、宗一郎は簡易的だが武装はしている。刀とレザーガントレット程度だが、それくらいは装備しておかないと中央樹内部といえど危機意識が足りないと怒られてしまう。さすがにスリや置き引きに対してはがっちり対策してあるが、突如発生した乱闘に巻き込まれる可能性だってあるのだ。実際、宗一郎と月夜は東区の冒険者協会でそういった事件に巻き込まれている。その後の展開はあそこまで酷くはならないだろうが、対応はしておいたほうがいい、という話になったのだった。


「あ、すいません」


 人通りが多く、幅を取るような武器を装備していれば、自然と人同士が取る間隔は広くなる。それゆえに他人とぶつかるということは少なくなるのだが、今回は少ない確率を引き当ててしまったらしい。


「いえいえ、こちらこ、そ……」

「……あの、なにか?」


 なにやら驚かれているが、宗一郎に思い当たる理由はない。防御魔導が起動していないのでスリの類ではないようだが、それにしたって心当たりがない。


「あ、い、いえ。なんでもありませぬ。不躾な視線を投げてしまい、誠に申し訳なく」

「あーいえいえ。こっちこそ、なんか変なこと聞いちゃってすいません。怪我がなくてなによりです」


 妙に古めかしさを感じさせる喋り方をする人間だった。

 宗一郎よりも割と小柄で声が高い。女性なのかもしれないが、笠を被っているためか性別は分からなかった。


「じゃ、お互いに気を付けるってことで」


 分からんものは仕方ないので、そんな風にその場を去る宗一郎。


「……なんかどっかで見たんだよな、あの笠」


 振り返るのは躊躇われたために見ていないが、先ほどぶつかってしまった人物が被っている笠に見覚えがあった。さてなんだろうと思うも思い出せない。

 案外、月夜が名前まで知っているかもしれないので、帰ったら夕飯を作りながら教えて貰おうと、自分の頼りない記憶にメモしておく。


「にしても、ああいう服装も結構あるんだなあ」


 ちょうどいい感じの太さのヒイラギの枝を見つけて買い込んだり、紐飾りに使えそうな紐を探したりしながら、少し珍しい衣装だったことも思い出す。

 リサの装束もそうだが、たまに和風というか神道的というか、古来の日本を想起させる服装や意匠というものを見かけることがある。こういうところにも、歴代の遥かなる星界からの旅人の影響があったりするのかなーと考えつつ買い物を済ませていく宗一郎。


「あっ、宗一郎くん!」

「あ、月夜さん」


 目の前から歩いてくる、明るい茶色のロングヘア。間違いなく変装した月夜だった。すぐ近くには同じく変装している遥香や有雨、リサといういつもの女性陣に、今回はドゥーヴルの孫娘であるウェルダの姿もあった。


「こんなとこで会うなんて偶然だなあ。みんなも買い物してたん?」

「うん。今日受けた依頼がドゥーヴルさんとこの引っ越しのお手伝いだったんだ。さっき新しい家に着いて依頼は終わったんだけど、色々足りないものを買ってきたらいいだろうってことで、こっちに買い物に来たの。宗一郎くんは?」

「俺はちょっと追加の買い物。あ、あとでなに買ったかメモにして渡すよ」

「うん、オッケー」

「んじゃついでだし、買い物付き合うわ」

「助かるけど、そっちの買い物は大丈夫?」

「うん、もうほぼ終わってっから平気。荷物持ちとか任しといて」

「うん、ありがとう。じゃあお言葉に甘えてお願いしちゃおっかな」


 宗一郎たちはすでに、自分用のインベントリとして容量を大きく拡張し重量軽減も施したポーチをひとつは持っている。もちろんそれも活用していくが、買い物をしていると見せるために荷物を持つこともある。特に月夜らの場合は女性しかいないため、荷物持ちの男性がきちんといますよというアピールも兼ねられるわけである。

 冒険者たちは基本的に怖いもの知らずのならず者が多い。月夜らの実力を知らずに声をかけてくることもある。つまり宗一郎は虫除け役を買って出たのだった。

 有雨がいるだけで問題はなさそうなのだが、いちいち蹴散らす必要性が出てくることを考えると、最初から跳ね除けられる状況を作っておいたほうが話も楽に終わる。


「あ、じゃあせっかくだし、ドゥーヴルのおっさんとかウェルダを晩飯に誘うのは? 引っ越し祝いってことで」

「わ、いいねそれ」


 宗一郎からの提案は、月夜にとっても魅力的なものであったらしい。

 とんとん拍子で予定を組んでいく宗一郎と月夜の二人に、驚かされている後ろにいたウェルダ。


「……あれで本当に、そういう関係じゃないわけ?」


 というウェルダの呟きに、誰も反論ができないでいる。

 変装技術の製造者は宗一郎だとは聞いていたが、それにしても、変装している月夜をこの人混みの中で一発で見分ける宗一郎も宗一郎だ。


「でも、お祖父ちゃんも街中で自分が作った武器をすぐに見つけてたし……うーん」


 ドゥーヴルが、自身が作成した武器を見つけたと言い出したとき、その武器を背負っている冒険者とドゥーヴルの距離はは道の端と端くらい離れていた。種族的特徴によりドゥーヴルの視線はヒューマンよりもかなり低いにも関わらず。


「やっぱり、すごい職人っていうのは自分が作ったものをすぐに見分けられるのかしら」


 悩み始めた原因はそこではないのに、すぐに鍛冶に関連付けて方向がずれてしまうウェルダなのだった。

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