第十二話
第十二話-①
マグナパテル王宮。
転移道具での直接移動ではなく、正規の手順を踏んでの登城は初となる、遥かなる星界からの旅人たち一行。
宝王大樹マグナパテル各所に点在している「うろ」の中でも、人類が居住可能な高度にあるもののなかでは上層に位置にするこの王宮は、その権威を見せつけるかのように豪華な造りをしている。
冒険者の楽園、という二つ名を戴くこの国であっても、やはり王侯貴族ともなると見せる見栄というものは存在しているらしい。
現在、日本人一行と神薙のリサの六名は、そのマグナパテル王宮の謁見の間にて、数段高い壇上に設置されている玉座に向かい、横一直線に並んでいる。
異世界の人間であることを証明するため、彼らの服装は、旅人たちは現状で身に着けられる、日本におけるフォーマルなもの。すなわちスーツや高校の制服。そしてリサの服装は、どことなく神道の巫女をイメージさせる、かっちりとしたデザインの装束に袖を通していた。
「面を上げよ」
玉座に座する、この国で最も権威ある人物からの言葉に従い、一行は練習通りに跪いた状態で顔だけを上げた。
玉座に対して横に並ぶ宗一郎らの背後には、おそらく国政に関わっているのだろう人間たちが、宗一郎たちを囲むように埋めている。その彼らから飛ぶ遠慮のない視線は、いままさに、遥かなる星界からの旅人たちを値踏みしているのだろうことがよく分かる。以前にレイナードから紹介された高位貴族たちの視線がまだ友好的か、もしくは無関係を装ってくれているのが、多少は救われる。
「この世界へ、そして大樹王国マグナパテルへよくやってきた、遥かなる星界からの旅人たちよ。我らは国を挙げ、そなたらの来訪を心から歓迎しよう」
「望外なお心遣い、一同を代表して感謝申し上げます」
旅人たちを代表して返答するのは縁志。
彼ら一行の代表者の選出は、事前に終えていた。未成年組は単純に、営業マンなら口先達者だろ、という安易な考えから推挙したのである。
「まずは楽にせよ」
国王の指示に従って、一行はその場で立ち上がり整列休めの姿勢を取る。この国での、そして謁見式での正しい姿勢など知らない日本人たちは、この姿勢でも問題ないかを事前にレイナードから確認してあった。
「本来であればもう少し早く歓迎の手筈が整うはずだったが、旅人の来訪が記録や伝承と少々違っていたらしい。そのせいでそなたらへの引見が遅れたこと、国を背負う者として謝罪しよう」
「貴国の対応に問題は一切ありません。国王陛下のご尊顔を拝謁する栄誉に浴することができ、恐悦至極に存じます」
何語だよ、と内心で突っ込む宗一郎。しかし縁志は汗一つかかず、完全に冷静に対応している。
「ならばよい。そして、我が息子レイナードから聞き及んでいるが、どうやら客人であるそなたらに我が国は助けられていたようだ。此度の一件、まこと大儀である。この国の王として礼を言おう」
「もったいないお言葉でございます」
縁志が一礼し、合わせて宗一郎たちも全員が同時に頭を下げる。謁見式の進行はある程度事前に打ち合わせてあるとはいえ、どうしても緊張は拭えない。
「さて。我が国では遥かなる星界からの旅人の来訪は慶事であってな。国を挙げて祝うため、星降り祭の準備が市井でも進んでおる。できればしばしの間、そなたらにはそれに付き合ってほしい」
「我々で良ければ、謹んで御受け致します」
「うむ。しかし祭りの開催そのものは事前に決まっていたこと。それを以って褒美とするのは些か王家への信用に欠けよう。なにか望むものがあるのなら、ここで言うがよい」
「我々の来訪がこの国の慶事であること、喜ばしく感じております。しかし我々の目的は、故郷の国へ帰ること。望むことはただ一つ、故郷への帰還を果たすための手がかりが欲しいのです」
「なるほど、なるほど。そなたらの旅路にはそういった目的があったか。記録に残る歴代の旅人たちと同じよのう」
国王は納得したように、ゆっくりと深く、そして何度も頷いてみせる。縁志が告げた言葉を理解すると同時に、記録を話題に上げて周囲の貴族たちへの牽制も兼ねたらしい。一瞬だが、宗一郎たちを値踏みする視線が消えた。
「あい分かった。ではそなたらの帰還を支援するものとして、まずは王城書庫の扉を開こう。開放する書物の内、閲覧の可不可については追って司書長に伝える故、それが整うまでは祭りを楽しんでほしい」
「ありがとうございます」
縁志に倣い、一同は再び一礼。この時点で謁見式の予定はすべて消化。
旅人たちはいざ退室、という流れとなったタイミングで、背後に並んでいた貴族の一人が前に躍り出た。
「陛下、恐れながら、陛下に直接ご提案したいことがございます」
恐れながらという言葉を口にしておいて、まったく恐れを知らなさそうな貴族が、そう言いながら一歩前に出る。見た目は少々卑屈というか、強きを助け弱きを挫く、みたいなことが得意そうという印象を残す、鳥のような小さな目をした人物だった。
国王はその貴族を一瞥するだけ。代わりに、そばに控えていた侍従長らしき男性が代わりに応じる。
「何用か」
「は。このような、遥かなる星界からの旅人と実際に見えられるという喜ばしいこの日に、アリーヤ王女殿下がこの場にいないことは誠に不憫であらせられましょう。かといって淑女の寝室に客人方を向かわせるなど愚の骨頂。ぜひ、アリーヤ王女殿下にもこの場に馳せ参じていただくというのは」
本当にすげえことをおっしゃり始めた、と内心でごちる宗一郎。
アリーヤが下半身不随であるのは、王宮では誰もが知っていることだ。それゆえに公務の殆どが免除されているということも。それをわざわざ呼びつけさせようという、この茶番。
そんな真似をこの場で実行できるその貴族に対して、宗一郎たちは心の底から、本気で尊敬の念を表していた。
公務が免除されているアリーヤをこの場に呼びつけるということは、今から身だしなみを整え、相応しい衣服を選択し、着替え、同時に化粧も施し、そして誰かの手を借りてこの場に移動する必要がある。
賓客である遥かなる星界からの旅人たちをこの場に待たせたまま。
王族が行う対応としては下の下である。それをこの貴族はやらせようとしているのだ。王族に恥をかかせるために。
「ふむ、お主の言わんとしていること、確かに一つの理があろうというもの」
顎を撫でつけながら、国王は鷹揚な態度でその貴族の言葉を受け入れた。
謁見の間にささやき声が広がり始める。
それはそうだろう。
あまりにも常識を弁えない横槍が入り、だが王はそれに対して一定の理解を見せた。もっとも大きなところとしては、かの貴族は王族派閥とは敵対関係にあったはずだ、ということである。
謁見の間に広がる反応をひとしきり眺めてから、国王は声を大きく張って場を無理やりに進める。
「お主の忠言、しかと耳に入れたぞ。確かに、淑女の寝室に賓客を向かわせることなどあってはならぬこと。ではレイナード、急ぎアリーヤを迎えに行き、この場へと連れてくるのだ」
「――は、承知いたしました」
ささやき声が、ざわめきにまで音量を上げる。
そんな状況を綺麗に無視しきって、レイナードが謁見の間を一時退室。
国王の前だというのにざわめきは大きくなっていく。が、国王本人はまるで頓着せず。これが予定調和だと言わんばかりの態度である。
そしてレイナードが一時退室してから三分も経たずに、再び謁見の間の扉が開いた。
謁見の間が一部騒然としたのは、ある意味では当然の帰結だったと言えよう。
マグナパテル王家第一王女アリーヤは、足腰を患ってずいぶんと経つ。幼いころのやんちゃが過ぎた、などと嫌味を吐く敵対貴族もいるが、国民含め、大多数の人間がその労しい姿に心を痛めている。その症状から、彼女が公式の場に姿を見せることはほぼなくなっていた。
病状はいまも変わらない。
だというのに、今回の謁見にて、アリーヤ王女は姿を見せたのだ。
着飾る衣装は控えめだが、それでも彼女が生来持っている美しさはひとつも損なわれていない。
彼女がいまも、自力での歩行が困難であることは一目見て分かる。では、どうやって公式の場に姿を見せたのか。
特段、難しい話でもない。
控えめながらも王族が腰を落ち着けるに相応しいデザインの椅子に、馬車のような車輪が付いていたのだ。
滑らかに回転する車輪は下品な音など一切立てず、ほぼ完全に無音。
アリーヤが腰かけるその見慣れぬ椅子を後ろから押すのは王太子レイナード。
「我が娘アリーヤが座する画期的な椅子、これはそなたら遥かなる星界からの旅人の一人が作ったと聞くが、それは真か。我が問いに対し、そなたら自身の口で直接答えよ」
「はい。確かにアリーヤ王女様が座しておられるその椅子は、我らの仲間が作り上げたものです」
突如話を振られた縁志は、確かな口調で即答する。
多少なり加工が難しい金属パーツが混ざっているが、ドワーフに任せればそう時間を使わずに再現できる程度のものでもある。
「おお、アリーヤ。ご機嫌はいかがかな?」
「ええ、お父様、今日はとても調子がいいのです。この車椅子というもののおかげですわ」
「それは良い、とても良いことだ。ではアリーヤ。心配かけてしまった皆の者に挨拶をなさい」
本当にこの場に姿を見せたアリーヤに対し、国王は淀みなくすべきことを伝える。
レイナードの手を離れ、アリーヤは自分の手で車椅子を操作する。綺麗な動きで方向を転換し、するりと前進し指定の場所に椅子を移動させたアリーヤは、謁見の間に並ぶ貴族たちを正面から見据えた。
「御来場の皆様。私的な理由により長きに亘り姿を隠し、ご心配をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
車椅子の性能に言葉を奪われている謁見の間に、アリーヤの健康的な声が浸透する。
「そしてこんにちは、遥かなる星界からの旅人たち。特にソウイチロウ殿、あなたが手ずから作ってくれたこの車椅子のおかげで、わたくしはとても快適な日々を送ることができています。本当にありがとう」
「あ、いえ。お気に召していただけたなら、その、光栄です」
唐突に話を振られ、しどろもどろになりながらもどうにか返答に成功する宗一郎。しかしこれ以上話を振られると、まともに答えられる自信はない。声が震えていなかっただけで充分に褒められてしかるべきだ。
「皆の者、静まるがよい」
潮騒のようなさざめきが収まる様子を見せない中、断ち切るように鋭い声音で国王が場を制する。
「確かにアリーヤはこの場に姿を見せることを叶えたが、しかし本来はまだ病に伏せている身。本日は百数十年に一度の慶事ということで、無理を押してこの場に来ただけに過ぎぬ。よって今しばらくはまだ静養に身をやつすだろう」
調子に乗ってアリーヤのところへ押しかけるような真似はするなよ、と言外に訴える国王。貴族たちならこれくらいの意味はすぐさま汲み取れるらしく、誰もが国王の警告に頷いてみせた。
「ではこれにて、引見を終了とする。旅人たちも下がってよいぞ」
いまだ落ち着きを見せぬ空気の中、今度こそ、遥かなる星界からの旅人たちは誘導されて謁見の間から退室していった。
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