第十一話-⑥

「殿下も忙しそうだよね」

「まあ仮にも王太子だしな。普段から忙しいだろうし、それに加えて今回の事件があったし、星降り祭のことまであるって考えると、そりゃあ忙しくもなるよ」

「改めて並べてみると本当にすごいね。しかも、わたしたちへの支援とかの話も殿下が持ってるっぽいよね、たぶん。なんか殿下の割に合ってるのかちょっと心配」


 隣に座っている月夜も、苦笑しつつ心配していることを態度に出す。

 レイナードの抱えている案件は事後処理を含めて、かなりの量となっていることは間違いない。

 先ほど少しばかり交わした雑談の中で、愚痴とも感謝とも取れない微妙な口調で、レイナード自身が白状していた。

 あまりにも精力的に仕事を回しているものだから、見るに見かねた部下たちが揃って少しは休んで来いと、上がってきたばかりの注文書を持たせて無理やりこちらに向かわせたらしい。

 宰相から自分付きの使用人にまで言われてしまえば、さすがの王太子といえど逆らうことはできなかったらしい。主の身を心配してのプチクーデターをまんまと達成された結果、レイナード自身がわざわざ夜遅くに休憩兼ねてやってきた、という流れだった。


「でもその注文書、宗一郎くんもかなり忙しくなるんじゃないかな?」


 月夜が横から覗き込んでみれば、必要とされるアイテムがそれなりの量、記載されている。完成品自体は多くないが、ここから必要な素材やその数、費用やらなにやらまで考えだすと、確かに宗一郎もかなり忙しくなることは間違いない。

 遥香が助手で手伝うとしても、そこそこな作業量を求められることは、製造に関しては素人である月夜も理解できるレベルだった。


「うーん、わたしも何か手伝えればいいんだけどなあ」


 月夜の持つ生産系スキルといえば調理だけになる。山中や平原での植物系資源を得る採取スキルも本当に少しだけ上がってはいるが、他の触れていないスキルと大差はない。食材に関しては、大半は街中の食料品店で購入することができるからである。

 月夜がZLOで生産関係にあまり触れていなかったのは、ストーリーを楽しんでいたことと、実生活からしてショッピングやら映画やらを楽しむことが多かったから、という背景がある。そういった行動をZLO内部でも反映させていたため、生産や製造を楽しむ視点を得る機会がたまたま訪れなかったのだ。


「手伝いってのはえーと、遥香みたいに製造を手伝うっていう意味?」

「うんうん、そういうの。なにかこう、少しでも手伝えれば、宗一郎くんが自由にできる時間も増えるでしょ? 装備も消耗品も、それに生活環境まで宗一郎くんに頼りっぱなしっていうのはちょっと申し訳ないなーって、前々から思ってたんだ、実は」

「そんなの、別に気にしないでもいいと思うけどな」

「うーん、矜持の問題?」

「そういうもんですか」

「うん、そういうもんだよ」


 武器防具、道具類に薬類、前衛を任せられる一定以上の戦闘能力に、即席の野営すら実現させ、しかも話の流れとしては仕方ないとはいえ、金銭収入まで上回られてしまう。そう考えると、宗一郎への依存度がかなり高いということに、月夜は最近特に気にしていた。

 東区協会での話で多少は対等になれたかなと思った矢先の、ついこの間までの忙しさ。

 武器はすでに刀を作ってもらっているし、しかも他の装備も作らせてしまっている。いくら遥香がいるとはいえ、戦闘も込みで二人に負担を強いる現状を、月夜は良しとできない人間だった。

 そして、腕を組んでうーんと悩む宗一郎。


「月夜さんに手伝って貰えそうなこと、か」

「うん、できることならなんでもやるよ、わたし」


 その言い回しはネタ的に危ない気がしたが、本人はそれを知らなさそうなのであえてスルー。


「あ、手伝ってもらいたいの、いくつかあったわ。それやってもらおうかな。他のやつは暇な時間を見て教えればいいし」

「ほんと? なになに?」 

「手伝ってもらうのは錬金術で、月夜さんにも役立ちそうなのは裁縫かな。錬金術っつっても、やってもらうのは計量作業とかが基本になると思う。ほら、料理でもやってるだろ?」

「……あ、なるほど。確かにそれなら、わたしでもできそう!」


 両手を合わせて嬉しそうに微笑む月夜を見て、こんなんでいいのかなあ、などと思いつつも、明日から始まる注文書に書かれた製品作りをさっそく手伝ってもらおうと画策する宗一郎。

 なんだかんだで、一緒に作業できる人が増えることをこっそり喜んだりしている宗一郎。製造作業というものは、みんなで駄弁りながらぐだぐだ進めるのが一番楽しいのである。






























■■■


 爆散した漆黒の左腕は欠片も残さず、岩場を吹き抜ける風に連れ去られた。

 遠くから聞こえてくる戦の雄叫びが、物悲しく岩場を乱反射して獣の咆哮のよう。




 男は、左半身をまるごと喪失している。

 内部でどれほどの熱を発していたのか、断面から中身がこぼれ出すこともなく真っ黒になっている。

 迎え撃った宗一郎の息が荒くなっているが、こちらは精神に由来するもの。極度の緊張により過呼吸一歩手前、というところ。

 男は仰向けになって広場の中央で崩れ落ちている。一応意識は残っているが、こちらは急速に死へと歩を進めている。半身を失っていても、身体の奥深くまで食い込んだ菌類の根のようなものが、活力を得ようと母体から奪い取っているとも言える。完全復活を果たせれば、最後に見せたあの黒い巨腕も再生するのだろうが、それはもう叶わない夢だ。

 母体が死ぬ間際になっても奪っていこうとする本能は言語道断だが、もしかしなくても、この男の中にある不要なものが、必要なものを奪って燻っているのだろう。


「――……ヵ、ぁ」


 赤い風が吹く。

 あれはすでに死にかけていて、襲ってくる心配はない。よって宗一郎はどうにか納刀し、呼吸を落ち着かせながら、足音を立てて男へと近づく。


「…………」


 全身で空を仰いでいた男は、足音に反応して視線だけを宗一郎へ向ける。視力も濁りきったのか、方向が合っていてもピントは一切合っていない。

 太陽も三分の二ほどが稜線の彼方へ去っていて、空には昼だったときの名残りの色と、夜の到来を先触れるように星々が散りばめられ始めている。


「……満足したのか、アンタ」

「…………」


 目で睨むだけで返事はない。

 声が酷く嗄れていたことは分かっていたが、もはや声を発する体力すら失われているのか。だがそれでも、男が睨む目だけは死ぬ直前とは思えないほどに力が込められている。


「……別に、どっちでもいいけど。なんにしても、もう終わったことだし」


 言われた言葉の意味を咀嚼して、男の睨みはさらに鋭くなる。だが宗一郎は、ただ憐れみ感情だけを向けるだけだった。

 リサのところへ戻った月夜が、安全確認を終えて広場の中央へ戻ってくるのを気配で感じ取る。

 だが振り返らず、宗一郎は刺青男とただ睨み合っている。

 本来、交わす言葉などない。

 そもそも理解し合う理由もない。

 よって宗一郎が見下ろしているのは単に、この男の末路を見届けるためだけであった。

 男はただ見上げてくるだけで、特に言葉を発することはない。ただその目だけは、先ほどまで迸らせていた濁りは多少、消えているように見える。


「アンタがなにを考えて、俺たちのことをどう見てこんなことしでかしたのかは知らねえけどさ。相手にもそれなりの人生があるんだってことくらい、ちゃんと考えなよ」


 大人なんだから、と。

 子どものように暴れ回って、最後にひとり満足感を得て散っていく。付き合わされたほうは迷惑どころの話ではない。

 だが宗一郎は、それなりに得るものは得たと感じている。目標を再度明確に設定できたのは、それなりに価値のある出来事だった。

 ざら、と黒い断面が風に浚われていく。


「……単純に、俺が死ぬのは、今日だったってだけの、話だ」

「?」


 唐突に開かれた口から発された言葉は、まったく意味が分からないものだった。

 宗一郎と男の問答を、月夜とリサは背後から黙って見守っている。


「今日だったって、なにが」

「オレの人生は、あの日に死んでいたことを、思い出したって、だけだ」


 そこまで言って、男は視線を空に向ける。

 ……よく見れば、瞼は開いたまま、熱で癒着してしまっていた。

 遠くから三人分の人間がやってくる気配を拾う。状況と感覚からして、間違いなく遥香たちだ。どうやらあちら側の事情も終わったらしい。




 太陽の姿が完全に消え去ると同時に、刺青男は自発呼吸を止めた。

 有雨に頼んでレイナードに状況を告げ、すべて終わったことを報告してもらう。

 後味こそ悪く終わったが、存外、悪くない結果に終わったと宗一郎は結論付けていた。

 目標を再認識した宗一郎は深い溜息を吐きつつ、改めて、日本への帰還を固く決意するのだった。

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