第九話

第九話-①

 商会店舗から転移で屋敷側へと帰還した宗一郎がまず最初に着手したことは、脱臭剤、消臭剤、芳香剤の調合だった。

 鬼気迫る、という言葉があれほど当てはまることもないだろう、というくらいの気合いの入れっぷりである。それくらいに宗一郎は本気だった。

 なぜか。

 帰還直後、王宮に避難していたリサが同様に屋敷に転移して宗一郎たちを出迎えたとき、一瞬だけ彼女は引きつったのだ。「みなさん、おかえりなさ……くふ!」といった感じに。

 悪臭に対して嗅覚がほぼ完全に麻痺していた彼らは、速攻で宗一郎に注文を出した。

 イエッサー! と何軍だか分からない敬礼を勢いよく示しながら、速攻で錬金部屋へと駆け込む宗一郎。

 危険物を扱うからという理由で屋外に設定したことが功を奏した瞬間だった。



 翌日。


「も、もう大丈夫、だよね?」

「はい、とってもいい香りがします!」

「ええ、まったく問題ないわ。……昨夜はちょっと中まで漂ってきて驚いたけど」


 と、リサとアリーヤからお褒めの言葉を頂いた一同は、それはもう安堵のため息を吐いたのだった。

 当時着用して悪臭が移ってしまった衣服については現在、消臭剤をぶっかけて放置中である。


「とりあえず、昨日の監視と場合によっちゃ証拠物の押収っていう仕事はだいたい成功したって認識でいいんかね? 消化不良なところはいくつもあるし、あの爺さん何者だよって疑問も残っちゃいるけど」

「だね。あの人が黒幕なのかって言われるとなんか違和感あるけど、仕事そのものについては成功って認識で合ってると思う」


 微妙な説明内容とその確認方法だが、彼らの立場からすればこれが限界となる。成果物としては、やはり例の薬物が見つかったことくらいだが、そもそもあの悪臭だ。あんな環境で見つからないほうがおかしいので、割愛されていた。


「俺とか遥香はその爺さんほとんど見てないんだけど、そんなにその、雑魚っぽいん?」


 話題に出ている老人など、宗一郎は一瞬しか視界に入れていないし、状況的に遥香は見てすらもいない。一瞬だけ見たと言っても、宗一郎もほとんどシルエットだけしか見ていないのでどんな顔をしていたのかは分からない。よって老人と交戦していない宗一郎と遥香の二人は、いまいち印象が残っていないのである。

 と、そこへもっとも交戦時間が長かった有雨が補足を入れる。


「当時も言ったが、せいぜいが第一章の後半頃のモンスターと大差はない程度だ。何かしら使い道はあったのだろうが、あれは使い捨ての駒にしか過ぎないだろうよ」

「あ、確かにそんな感じ。三下っていうか」

「お、おう」


 ある意味、月夜の感想が一番酷かった。


「そ、そんなにですか?」

「うん。少なくともわたしは、こう、ボスとか黒幕とか、そういう印象はないなあ」


 小首を傾げて見た印象そのままを伝える月夜に、実際に対峙した縁志と有雨もうんうんと頷いている。

 そこまで雑魚っぽいのかと思う反面、この三人が言うのならそうなんだろうな、などとあっさり納得する宗一郎と遥香。なんとなく社会人という生物に必要以上の信頼を寄せている様子がある。


「んで、俺らはこのあとどうすればいいんだろ」


 レイナードからは今朝がた連絡が入った。

 少々時間がかかるから、本日はこのまま待機していてくれ、とのことである。通信に背後の音が入ることはないのだが、レイナード自身の口調からして、割と忙しそうにはしている様子であった。


「待機を言い渡されているなら、そうしていればいい。予想を立てるなら、いまごろは騎士たちを引き連れて、各商会に乗り込んでいるんだろう」


 ソファを占領してだらしない格好で本を読む有雨の見解に、そんなもんか、と脱力する。

 なお彼らが見つけた裏帳簿や違法薬物等の証拠品については、昨夜の帰還直後、屋敷に詰めていた使用人の一人が受け取って王城へと届けている。その際、彼女らは眉ひとつ動かさず対応していた。そこにプロ意識を垣間見た宗一郎たちだが、月夜と縁志の助言により、こっそりと月夜謹製の甘菓子を進呈している。そのときには、ぴくりと眉を動かしていたが、当然見て見ぬふりで押し通した。

 ちなみに、内容はバターケーキだった。


「わたしもユウの意見に同意するわ。話のすべてを把握しているわけじゃないけれど、あなたたちは昨夜頑張ってきたのでしょう? だったら次は、レイナードたちが頑張る番になった、それだけのことよ。だからいまは、休暇と考えてゆっくりしていましょう」

「……それもそっか」


 ここなら人もほとんど来ないしね、と付け足すアリーヤに、月夜もようやく肩の力を抜くことができたらしい。せっかくだしということで、リサとアリーヤを巻き込んでサシェ作りの準備を始めた。


「それじゃあ、俺は下に行って色々作ってるわ。もしなんかあったら呼びに来て」

「あ、じゃあ僕は家具作りの続きやろうかな」

「はーい」

「いってらっしゃいませ」


 という流れで、製造組は階下にある作業部屋や庭にある作業小屋へとそれぞれ移動していく。

 念のために、と全員がイヤーカフを装備している。なにかしら連絡や動きがあった場合、問題なく全員に伝わる仕組みがすでに完成しているので、誰も心配はしていない。


「せっかくだし、俺は宗の作業を見学でもするかな」

「そりゃいいけど、危ないやつもあるから気を付けろよ」

「大丈夫、分かってるさ」


 そのままリビングを離れ、宗一郎、遥香、縁志の三人は階下へと降りていく。

 細かい作業が特に多くなる木工、彫金、皮革加工などの細工に関連する作業部屋はすべて、一階に集中して配置されている。家具や庭具の大半はこちらで作ることになるため、家具や小物を担当する遥香はここで一時お別れである。


「じゃあセンパイ、縁志さんもまたあとで」

「おう、まあ昼飯くらいにかね」

「だね」


 奥へと消えていく遥香を途中まで見送ってから、男二人はそのままだらけた感じで一度庭へ。特に危険性の高い作業をする必要のある鍛冶と錬金は屋外である。


「やっぱりというか、鉱石を溶かすのは屋外に設置するものなんだな。製鉄所なんかだと溶鉱炉も屋内にあるイメージがあるが、なにか違いがあるのか?」

「そこは単純に鍛冶屋それぞれのスタイルとか好みなんじゃない? 俺は溶鉱炉は外」


 宗一郎は、三つ並んでいるレンガ造りの頑丈そうな小屋から鍛冶小屋に向かう前に、大量の赤茶けた石やら真っ黒で石らしくないガシャッとした音を立てる物……炭が入っている麻袋を取り出す。当然、見学に来ている縁志にもお手伝いさせる。


「ついでに手押し車も作るか……」


 幸いなことに、アリーヤの車椅子を作る際に使用した素材に、まだ余りが少々ある。それを流用すればひとつくらいは作れるだろう。どれだけ筋力があっても人体の構造は変化していないため、物理的に持てる袋の量は限られてしまい面倒だ。


「結局、なにを運び込んだんだ?」

「燃料用の炭と鉄鉱石、あとは霊銀ミスリル。レオに頼んで買っといてもらったやつを倉庫に突っ込んでもらってた」

「……殿下に買ってもらったって、それだけ聞くとおまえ何者だってなるよな」

「……おお、確かに」


 当然だが無料ではない。きちんと払える分の料金はすでに支払っているし、足りない分はレイナードからリクエストを聞いて、それを作って提供することで相殺、ということで契約が結ばれている。

 宗一郎が使用する炉は二種類。

 ドゥーヴルの工房にもあった小型溶鉱炉と、鍛造等に使う鍛冶炉。

 宗一郎は溶鉱炉に必要な分の木炭を突っ込み、次に赤褐色をした鉄鉱石と、青鈍色をした霊銀鉱石を付与したハンマーでばかばか砕いていく。


「今日はなにを作るんだ?」

「暫定だけど、みんなが持つ武器とか。あとはリサに持たせるための装備もかな。あとは有雨さんにバレちまったし、銃器のひとつくらいは実用段階に持ってったほうがいいかなって思ってる」

「ああ、昨夜のショットガンか……あれすごい衝撃だったな」

「いや、まさか作ってるのバレるとは思わなかったわ。どういう嗅覚してんだあの銃器マニア」


 単純……とは言えないが、宗一郎の持つ技量と修得しているレシピから参照して、恐らくもっとも近づけやすい現代的構造の銃器として、ダブルバレルのソードオフショットガンを試作していた。ZLOに実装されている銃器と比較した場合、もっとも近しいと判断したためである。

 幸いというか不思議というか、撃鉄や引き鉄部分の制作と組み立ては可能だった。どうやら都合を合わせるために、ゲーム的に表現を省略されていた部分については、知識と技術という形で付与されているらしい。


「それにしても、リサにも武器を持たせるのか? 言ったらなんだが、あの子は戦いとかできるタイプじゃないだろ?」

「んーまあそうなんだけどさ。護身用って意味もある。作るのは武器だけじゃないしな」

「……どういう意味だ?」


 縁志に問いに、宗一郎は鉱石をばかばか割り砕きながら考えをまとめていく。リサに持たせるための装備一覧と、同時にそれを持たせるための理由。


「……たぶんだけど、リサにはこれからかなり世話になると思うんだよな。ほら、兄貴らだって最初はリサに出迎えてもらったんだろ?」


 頷く縁志。

 実は、今回の遥かなる星界からの旅人の中では、縁志が一番最初にこの世界に来ているとのことだった。次に有雨で、宗一郎と月夜は宇宙空間に出てしまい、遥香は『根』のほうに落ちてしまった。


「そんで、天葉域、か。あとで俺たちはそこに行く必要があって、リサがいてくれないとそこへの扉が開かないんだろ」

「そういえば、そんなことを言っていたな」

「それだけで済むと思う?」

「む……」


 若干誘導された感はあるが、確かにそれだけで済むとは考えにくいところだ。リサは自分の意志で選んだのではなく、神に選ばれて神薙カギとなった、とのことだ。この選定に王家が関われるはずはなく、恐らくリサの立場は、国ひとつでは縛り切れないのだと思われる。


「確かに、連れていく必要がある可能性は高いわけか……」

「そうっぽい気がするんだよなあ。まあこれが俺たちの考え過ぎで、実はそんなことはありませんでしたってなっても、作っておいて損はないわけだし」


 遥かなる星界からの旅人との関わりがもっとも深いリサは、すでに誘拐未遂事件に遭遇したように、非常に狙われやすい。この点は有雨も考慮していたところだ。今後どのような立場と動きを取ることになろうと、彼女の守りは厚くしておいたほうが良い、という結論に達する。


「なるほどな。確かに戦えるかどうかに関係なく、護身用の装備は作っておいたほうがいいな」

「だろー?」


 そうこう言っているうちに、鉱石を粉砕する作業を終える宗一郎。なにかしらの機械を使うよりも、付与魔導をハンマーに付与して粉砕する速度のほうが上であるらしい。

 宗一郎と縁志の前には、赤褐色の砂と、青鈍色の砂がそれぞれ山となって出現していた。どちらも手に取ってみれば驚くほどサラサラとしていて粒子がかなり細かい。

 冷静に考えればぶっ飛んだことをしているが、これをゲームに置き換えてみれば確かに、製造をメインにプレイしているフレンドたちも鉱石を加工してインゴットにするのに一分とか二分で終わらせていたのを思い出す縁志。


「まずはどうするんだ?」

「最初にインゴット造り。鉄と霊銀と、あとは合金の三種類作る。当たり前だけどめっちゃ暑くなるから、やばくなったらすぐ離れたほうがいいよ」

「分かった、気を付ける」


 円柱上に形成され、上部は半球型の屋根のようなものを乗せたような形の小型溶鉱炉の下部に木炭をザラザラ放り込み、着火する。


「木炭も自作しねえとなあ」

「材料だけは沢山ありそうだよな、この国」

「あー確かに」


 縁志の指摘にけらけら笑う。

 いくらなんでも宝王大樹そのものを伐って木炭にはすまい。とは思うが、なんらかの事情で「うろ」内部を拡張するとなった場合は、案外材料にできるくらいの木材が出たのかもしれない。そもそもこの大樹を人間の手で削れるのかという疑問もあるが。

 幹側はそれなりに加工できる程度の軟らかさではあるが、内側に近づくほど鉄よりも固くなるのが宝王大樹なのである。

 あっという間に溶鉱炉の下部が煌々と燃え盛る。

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