第六話-③



「殿下。時間も差し迫っておりますので、ここは話を進めてしまいましょう」


 本物のメイドさん異世界バージョンから全員の前に茶が置かれ、テーブル中央に茶菓子が乗った皿が配される。メイドさんが一礼し、一切音を立てずに部屋の隅へ移動し待機状態になったところで、縁志が話を促した。

 レイナードもそれに頷く。


「さて。本来であればおまえたちを正式に出迎えたのち、王宮内の政治的不可侵な領域に住んでもらいながらこちらの世界の文化や常識を習ってもらう、という手はずになっていたのだがな。とにかく今は現状を説明するので、それを理解することに注力してもらいたい。エニシ、ユウ。必要だと思ったら遠慮なく要所で補足してくれ」

「分かりました」

「……分かりました」


 王宮に入ってからというもの、ほぼ無言になっていた有雨の気持ちを、宗一郎たちは少しだけ理解できた。


「現状、少々面倒な問題が起こっていてな。星降り祭が間近に迫ったこの時期に、どうも城下では随分と公序良俗に反した薬が出回っているという。それだけならまあ、遺憾ながら西区の廃街からよく報告が上がってくるのだが……」


 レイナードは悔しそうに歯を噛んでいる。

 人が集まって国が形成されるという流れである以上、どうしてもそういったアウトローの存在は消し切れない。完全に善人だけで構成された街や国などは末期的か終末を迎えた場所だけだが、マグナパテルが今も活気に満ち溢れた国家である以上、そういった地下や暗部は切っても切り離せないだろう。


「未だ確定できていない情報ではあるが、本来であれば薬物や毒物にもある程度耐性を持っているだろう黒鉄級冒険者でさえ、一部犠牲になっているという報告が上がり始めている。この国の特性上、決して野放しにはできない案件だ。なにしろ、冒険者の数が人口の三割にも上る国だからな」

「なるほど、それは確かに……」


 話を聞いていた月夜は、思わず声に出た、という様子を見せる。

 互いに数の暴力に訴えるような事態に発展したところで、勝敗は火を見るよりも明らか。

 片や老若男女問わず、武装も木材やら家具やらがせいぜいのド素人。

 片やイキが良く戦闘をよく知っており、かつ手慣れている上に剣と魔法のファンタジーができる戦闘集団。

 一般人がさらに三倍いて、クスリに酔い散らかした冒険者の数が四分の一になったところで、まだ勝ちの目は冒険者側にあるのではないだろうか。

 そう考えると、冒険者を酔わせるクスリ、というのは確かに厄介極まりない問題だ。


「けど、この国にも警察……要するに、犯罪者を取り締まる仕組みとかはあるんじゃないですか?」

「無論だ。広域の守護を担当する衛兵団に、現在は騎士団からも一部回している。その上で憲兵もいるから、そういった仕組みは問題ない。しかし、ただ取り締まるとなるとどうしても後手に回ってしまうのでな。冒険者も産業の一部となっている以上、私としてはこの違法薬物の根絶を目指したい」


 状況としてはイタチごっこに近い。

 しかも憲兵は違法薬物の検挙にばかり割いていられない。これだけ人が流入している状態なら、路上でのケンカだの他の軽犯罪への対応だのにも人員を回す必要が出ているだろう。

 その上で薬物犯罪者と化した冒険者を取り締まるというのは、確かに難易度が高い。相手の戦闘能力が高い場合も大いにあり得る以上、最低でも三倍の兵力は投入したいところだ。それが難しいから、上も唸っているのだろうことは想像に難くない。


「薬物ひとつで、我が国はかなり追い込まれていると言える。目下最大の課題は、この薬物の無効化と根絶、および提供者の発見、確保だ。出来得ることならその裏まで手を伸ばしたいところだが、難しいだろうな」


 確かに、難しい話ではある。


「難題ですねえ」

「そうなんだ。俺も八方手を尽くして薬物の出処を洗っちゃいるが、どうにも相手側は隠れるのが上手い。手慣れているというか、ずいぶんと場数を踏んでいるらしいな」

「あれ、縁志さんが調査してたんですか?」

「ああ。ほら、言っただろ? 俺のスキル構成は忍者型だからな。斥候も兼ねて、こういう役回りをやっているんだ。さすがに、危うい場所や状況になったらすぐさま退くよう心掛けてはいるけどな」

「ああなるほど、確かに向いてますね」


 それを聞いた月夜は、よくやるなあ、という感想と、よくやらせたなあ、という感想が混ざり合う。

 つい最近までサラリーマンだったのなら、いきなり暗部を目指して侵入、なんて真似は相当な覚悟を必要としただろう。

 王家からしたら遥かなる星界からの旅人は、手駒として使うのはためらいがあっただろうに。


「……有雨さんがあの三人の逃走経路を探そうとしていたのも、その一環?」


 と、思いついたかのように問う月夜に対し、有雨はしかめっ面を維持したまま頷く。


「私がこの世界に飛ばされて間もないころだ。どこからなのかは特定しきれなかったが、妙な視線が王宮の外から飛んできていてな。以降の話と総合して、神薙リサ旅人われわれを狙っていたものだと判断し、警戒してはいた」


 酷く不満そうに有雨は鼻を鳴らした。

 窓の外、遠目に見える王樹宮を空色の瞳に映す。この距離から見てさえ、あれは巨大だ。どこにいたのかは知らないが、あんな場所の中から敷地外より飛んでくる視線を感知している。

 火均有雨という女性は、ある点では月夜じぶんと近しい人物なのかもしれない、そう評した。


「でも、そんだけデカい規模でクスリばら撒いてんだったら、さすがに組織的に行動してるわけでしょ? その辺から尻尾は掴めねえんですか?」


 話を逸らすように宗一郎が問う。


「それについては、国として把握している犯罪組織はすべて洗ったが、今回のような新種の薬物を扱っているところはない。むしろ自分たちの領域に土足で踏み込んだと、躍起になってその薬物を取り扱っている組織を探し出そうとしているが、そちらもあまり芳しくない結果に終わっているようだ」

「そういう、国が把握してる組織って国からしてみれば必要悪みたいな感じのとこ?」

「概ねその通りだ。事実、王宮と取引を持っている地下組織もある。まあ、そういうところは大抵が裏の掟を守っているだけで、自分たちから一般国民と接触を持つことはまずない。これは相手が冒険者であっても同じだ。彼らのほうから裏組織へ接触する場合は別だがな」


 容認できない、というよりは野放しにできない犯罪組織もある。そういうものはすでに国家直属の正義の組織が追いかけ回しているため、いまはノーカウント。

 今回の事件は、そういった日常的なやり取りに横槍を入れられたような形だ。


「組織自体に心当たりは?」

「組織ではないが、妙な動きを取っている何者かがいる、というところまでは調べがついている。退廃地区を中心に動いているようで、貧困者やはぐれ者も対象に含めて行動している節がある。しかしどうにも実態が見えてこないというのが実情だ。こういった連中は、まず真っ先に金を儲けようと企み動く。しかしこいつはなぜか、そのような動きを見せなくてな」


 曰く、その謎の人物から恩恵を受けている者たちは、みな一様にその人物を神父と呼んでいるのだそう。だがしかし、マグナパテルに宗教組織というものは存在しない。

 宝王大樹にはすでに女神がいるからだ。

 さらにいえば、その神父なる人物は無尽蔵に施しを貧困者たちに授け、資格を剥奪され脱落した元冒険者にも、それなりの料金を支払って雇っている、という情報も。


「最初からすげえ金持ちだったとか?」

「可能性としては一考できるが、意味は薄い。金持ちの道楽、それか……ふむ、貴族が絡んでいる可能性もなくはない、そんなところか」


 そうであるとしても、退廃地区……すなわちマグナパテルにおけるスラム街で、貴族が宗教活動を実行するというのは考えにくい。本気で宣教するのであれば、資金を得られ人材まで手に入れやすい南区台地で説法したほうがまだ効果を見込める。


「あるいは我が国の下級貴族が新興の犯罪組織と手を組んだ、もしくは組まされた可能性も一応考慮はすべきか。それに関連するような報告はまだ上がってきていないが、関係なしと切り捨てるにはまだ早いな」

「ふぅーんむ……」


 大まかな現状は理解した。

 他にも細かい問題や事情は蔓延しているのだろうが、いま一番の問題は確かに、冒険者を惑わす違法薬物で間違いない。


「とにかく、我が国が現状で抱えている喫緊の課題の中でも、特に大きいものがいま話したものとなる。……本来、客人であり歓待しなければならない遥かなる星界からの旅人たちにこのようなことを言うのは心底遺憾なのだが、問題解決に協力してほしい」


 レイナードはそこで初めて、宗一郎たちに頭を下げた。王太子としての矜持よりも、国内で起こっている問題への対処のほうが、彼にとっては優先度が高いということだ。それを態度で示している。


「縁志さんと有雨さんは、そうしたほうがいいって思ったから協力してる……で、いいんですよね?」


 月夜の確かめるための問いに、縁志も有雨も同時に頷いてみせる。


「理由はそんなに難しくなくてな。単純に、この事件を解決すれば、俺たちにとって有利な条件を得られることになってるんだ」

「?」


 その理由が分からず、月夜は首を傾げた。

 レイナードには失礼だが、自分たちは一切関与せずに客人として振る舞っていればいい、という選択肢もある。


「契約内容の問題だ。事件解決に協力しこれが無事に解決された場合、マグナパテル王家が我々の目的達成のために可能な範囲で全面的な協力をする、という内容になっている。目的というのはもちろん、我々の日本への帰還だ」

「……うわ、国ひとつに後方支援させると」

「そういうことだ。おそらく、我々は五人しかいない。たった五人で世界中を回り、あらゆる場所で情報収集をして帰還のための手段を探す、というのは困難を極める。もちろん我々から提供するものはまだあるだろうが、このくらいの見返りは欲しいからな」

「そういうことだ」


 有雨の説明をレイナードが即答で肯定した。

 事前に話はついていたらしい。その条件の下で、二人は今回レイナードが抱えている事件の協力に協力しているのだという。


「……まあ、そういう話なら、俺たちが手を貸さないって理由は別にないよなあ」

「だね。事情を知った上で縁志さんと有雨さんに任せっきりっていうのは、なんかあんまり気持ち良くないし」

「そ、そうですね……。僕たちでも役に立てることがあるなら、いくらでも協力しますよ」


 大人二人だけに任せるのは後ろめたく、それ以前に納得できる理由がすでに用意されていたのであれば、学生組三人も手伝うにやぶさかではない。


「そうか……恩に着る」


 安堵しているところを見せてしまうあたり、彼もかなりの不安を抱えていたことが分かる。

 考えてみれば、遥かなる星界からの旅人が来るということは分かっていても、その旅人がどのような人格・性格を持っているのかは分からないのだ。

 今回は初めに二人から協力を得られていたとはいえ、後続の旅人たちも協力してくれるかは運次第。下手をすれば敵側に回りかねないことも考えると、確かに不安にもなるだろう。


「ま、そういうことなら、いくらでも協力するよ。兄貴が情報収集で有雨さんが鬼の攻撃力なら、俺らは便利グッズとかかな」

「期待している。それともうひとつ、少々面倒な頼みごとがある」

「ん?」

「この会談は秘密裏ではあるが、当然ながらごく少数の人間は知っている。それらの人間はこちら側で、かつ協力者でもある。彼らとの顔合わせのために、しばしこの王宮に滞在してほしい。部屋はこちらで用意するし、よほどでなければ好きなように使って構わんのでな」

「あー……まあそりゃそうだよなあ。協力者に挨拶なしは駄目だよな」

「そうだよね。さすがにそういった人たち相手になら挨拶はしておかないと」

「助かる。本格的な夜会ではなく、小さな談話室を使った夜食会のようなものとなる予定だ。すまないが、そのときにもおまえたちは今の服装で参加してほしい」

「分かった。他になにか注文はある?」

「そう、だな……。もしも可能であるなら、おまえたちの故郷の料理でも一皿出してくれれば、と思う。もちろん調理場は貸すし、簡単なもので構わんのだが」


 というレイナードのリクエストに、注目が一気に月夜へと集まる。この一週間、散々キッチンで料理の辣腕を振るい続けてきた月夜は、すっかり旅人たちのシェフとして君臨していた。

 注目を浴びたことを敏感に察知した月夜はきょろきょろと周囲を見渡し……理解した。


「はい、わたしがやります……」


 と快諾する。

 そのタイミングで、ずっと横で控えていたメイドが動いた。音もなく、しかしある程度は気配を漏らし近づいていることを全員に報せながらレイナードの横に着いた彼女は、ほとんど音を漏らさないままに小声でレイナードになにかを伝える。


「すまないが、時間が着てしまった。私はここで退室となる。先ほども言った通り、ここで使う部屋にこれから案内させるので、そこにある施設等含めて自由に使って構わない。さすがにおまえたちに当てたあの屋敷のような改造は勘弁してほしいがな」

「う、りょ、了解」


 筒抜けであったらしい。

 王太子殿下の情報収集能力に驚かされつつ、一応了承する。一応持ってきたほうがいい、ということでポーチの中にいくつかの製造道具を忍ばせてはいるが、それくらいは許してもらおう、などと画策する宗一郎だった。


「それと、ソウイチロウだったな」

「はい?」

 全員が立ち上がり、今回の話し合いはこれにて終了、という空気が流れだしたところで、レイナードが宗一郎を呼び止める。

 ふ、とレイナードは笑みを刻んだ。


「こういった場であれば、最初のときのように変に飾らず、先ほどみたいな普段通りの口調でいいからな」

「………………ワカリマシタ」


 途中から完全に王族相手に砕けた口調で喋っていたことを自覚していなかった宗一郎は、レイナードからそのようなことを言われてようやく理解した。相手もまったく指摘することなく受け入れていたものだから、宗一郎が今しがた受けた衝撃は筆舌にし難く。

 日本語がおかしくなっても、旅人はみな温かい目で見守るだけに収めた。

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