第六話-②

 直後、コンコンコン、とノックされるドア。どなたですか、メイドでございます、間もなく王太子殿下がお会いになられます、分かりましたはいどうぞ。

 軽快すぎる誰何すいかを見て、宗一郎たち学生組は逆に覚悟が決まった。


「失礼する」


 部屋に入ってきた人物は、見た目の年齢は十五歳かそのくらいの、少年と青年の境目にいるような人物だった。

 だがしかし、その身にまとう雰囲気は冷徹そのもの。入室してから見せている立ち振る舞いに隙というものはない。よほど無知蒙昧な人間であっても、彼から放たれる雰囲気に圧倒されてしまうことだろう。

 ひょっとしたら遥香と同年代かもしれない、と考えると、ずいぶんと厳しそうな印象を持たせる人物とも言える。

 その少年はメイドに誘導されるまま、宗一郎たちから見て上座に当たる場所にあるソファの前に立った。

 すぐさま縁志、有雨、月夜が合わせるように立ち上がり、一瞬遅れて宗一郎と遥香も一緒に立ち上がる。ちょっとだけ教養の差みたいなものが出てきたようで、勝手に気まずくなったりする宗一郎と遥香の製造担当師弟。


「さて、遅くなったな。私が大樹王国マグナパテルの王太子、レイナードだ。今回は秘密裏の会談になるのでな、迎えを寄越したが少々手荒い形になってしまった。その点は察してもらえると助かる」

「は、はあ……」


 状況がよく分からないままに、とりあえず王太子であるレイナードとは初対面となる宗一郎、月夜、遥香がそれぞれ自己紹介をしていく。

 縁志、有雨、リサはすでに面識を持っているのでこの場では会釈で済ませ、レイナードが促す形で全員がソファに腰を落ち着ける。


「とりあえず話を進めよう。それでエニシ、彼らが残りの遥かなる星界からの旅人、で合っているんだな?」

「ええ、そうです。本人たちとも会話して、確かに同郷出身であることは確信できました。彼らが、残っていた遥かなる星界からの旅人で間違いありません」

「そうか……」


 縁志が正しく王太子レイナードの言葉を肯定し、それを受けた彼は心から安心したかのようにため息を漏らす。

 レイナード王太子はすぐに背筋を伸ばし、その方に背負う称号に相応しい威厳を伴って、宗一郎、月夜、遥香の三人に顔を向ける。


「まずは、この世界へよく来た、遥かなる星界からの旅人たち。此度は色々と要らぬ事情が重なり、出迎えがかなり遅れてしまった。その点、すまなく思っている」


 謝罪はしても頭は下げない。それは王太子という立場がそうさせているらしい。こめかみがヒクついていたり、かなり唇を噛みしめているのがはた目にもよく分かる。


「い、いえ。それについてはその、誰のせいでもないと思うので。あー変な言い方になっちゃって恐縮なんですけど……」


 一応、伺いを立てる宗一郎。王侯貴族に対する正しい口調など、少なくとも高校生活で習った記憶は一切ない。なにが失礼になるのかもサッパリだ。

 よって彼は実に高校生らしく、おっかなびっくりと話を続けていく。


「口調については、少なくともこの場では一切気にしないで構わん。さすがに民の前に立つような場合、公の場ではそれなりの口調に正してもらう必要はあるが」


 思ったよりも話の分かる王子様だった。


「あ、分かりました、ありがとうございます。まあとにかく、そもそも異世界に来るってこと自体、誰にも想像つかないことですから。だから、あれだ。王太子殿下も、気になされないで大丈夫じゃない、かな。と思います」


 王太子への敬称って殿下で合ってるよな? と内心で心臓をバクバクさせつつ、代表して宗一郎が返答する。


「そ、そうですね、彼の言う通りだと思います。誰にも予期できないことを、完全に対応してみせるなんて、それはもう人間業じゃないですから。ですので、殿下が謝罪されるようなことではありません、はず……」


 月夜もいよいよ言語が怪しくなっている。口調を気にしないでいいと言われても、気になるものはなるのだ。ネットでよく見かける、社長が言う無礼講は無礼講ではない、みたいなものである。まさかそんなことを異世界で思い知ることになるとは思わず、宗一郎も月夜も遥香も、引きつった笑みしか見せられないでいた。

 ガチゴチに固まり始めている宗一郎たちを見て、レイナードは幾分か雰囲気を柔らかくした。意図的にというよりは、彼らを見て微笑ましく思った結果、といったほうが正しい。

 レイナードは、自覚的な王太子だった。

 自身は王族であり、しかも次期国王とされる王太子である。そのことを自覚し、かつ一般人がそんな人間と顔を合わせることになった場合、普通はこういった反応になることをよく知っていた。

 自分が積極的に一般国民を接しているというわけではないが、知識と情報の一環として、そういうものだと理解していたのである。


「気持ちは分からないでもないが、そう固くならないでいい。先ほども言ったが、今回のこの会談は秘密裏のものだ。この場にいるメイド含めて、私への態度や口調で物申すような人間はいないから、安心して普段の口調で喋って構わない。さすがに、人として最低限の常識や礼儀は弁えてほしいところだがな。文化の違いについての誤解が発生した場合、都度話し合っていけばいいだろう」

「な、なるほど」


 仮にも一国の王子様相手にそれでいいのかな、などと思わなくもないが、その本人がこの場では砕けた口調で構わないとおっしゃっている。ので、宗一郎たちは当たって砕けろの精神で彼の言う通りにすることにした。

 縁志が横で笑いを堪えているところが実に小憎こにくたらしい。


「付け足すなら、普段通りの口調や態度というのは、非公式の場であれば継続で構わない」

「……王太子殿下がいいんすか、それで?」

「ああ。変に緊張させて、必要な話し合いにも支障が出るのは、こちらとしても本意ではなくてな。話し合いというものは堅苦しければいいというものではない、ということだ。……それに、おまえたちが無理して作った敬語というのは、なんだ。正直言って笑ってしまいそうだ」

「ぐ……」

「はは、そういう反応のほうが、私としても好ましい。まあ、変に気を回す必要はない、ということだ」

「……まあ、殿下がそれでいいっていうなら、そうします。最初の内は大目に見てくれると助かりますけど」


 宗一郎の返答に、レイナードは笑って頷き受け入れる。

 なかなか大物な性格をしているという印象を受けるが、実際に王太子という超大物であったことを思い出して、変な気疲れを覚える学生組だった。

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