第四話

第四話-①

 ――伽噺とぎばなしの類じゃから、真相は知らん。ただな、この世界にはときおり、夜空の星のさらに彼方……遥かなる星界からやってくる旅人がおるっちゅう昔話よ。満天の星空から流星が幾つも幾つも降る夜に、人々に紛れてこの地に立つ、そういう伝説じゃな。

 星降り祭っちゅうんはつまり、その遥かなる星界からの旅人を出迎えるための祝い祭りってことじゃ。宝王大樹マグナパテルは、遥かなる星界からの旅人が降り立つ場所ってんで有名なんじゃ。だから合わせて祭りになるってことじゃな。

 ああ、確か四季国を興した偉人っちゅうんも、その遥かなる星界からの旅人だったって神話が残っとるらしいのう。まあつまりは、星見酒のツマミ話ってことよ。

 前兆? おお、あるぞ。遥かなる星界からの旅人が世界に降りてくるとき、星が回るんじゃ。いやなんじゃその目、ほんとじゃぞ。

 天の星がな、尾を引いて丸く回転するんじゃ。尾は最後に繋がって輪となる。これが旅人が降りてくる印だそうでな。ふた月か、みつ月ほど前だったか、それが起こったんじゃ。

 星降り祭が始まるっちゅうんで、国中から人々が宝王大樹マグナパテルに集まっておる最中、ひと月ほど前か。また二度ほど星が回った。最後にまた二度、二週間ほど前じゃな。今日までに合わせて五度ごたび、星が回ったんじゃ。

 星が回るだけ旅人が来る。

 そういう話もあるからのう。今回降りてきた旅人は、五人くらいはおるんかもしれんなあ。



 金属がこすれる音が狭い部屋の中で乱反射している。それは鉄を打つ音ではなく、貴金属に細工をする音。


「遥かなる星界からの旅人って、保健室で偽谷口先生が言ってたやつ、だよな?」

「うん、間違いなくね。直後に『彼のホシから発つ旅人、此度の二人で二十と八人。呼び声に応じるのはあと二人。願わくば、今度こそ望みが成就せんことを』って言ってた。ドゥーヴルさんの言った星の輪ができた回数とも一致してるから、たぶん……」

「……なかなか妙な話になってきたな」


 サイドテーブルを作業机代わりにして、軽やかな金属音を音楽のように鳴り響かせつつ、今回得た話題について話し合う宗一郎と月夜。

 現在、二人は宗一郎の部屋にいる。

 ベッドを置いたら部屋の半分が埋まるほどの狭さしかないので、宗一郎は椅子を持ってきて作業をし、月夜は宗一郎のベッドの上に座っていた。

 現在二人が話し合っているのは、ドゥーヴルから聞き出したとある単語について。

 遥かなる星界からの旅人。

 あの保健室で偽谷口養護教諭の口から飛び出したものだ。妙な言い回しだったので、破片程度ではあるが宗一郎も記憶に残していた。月夜は当然、完全に記憶を想起できている。


「わたしたち以外に、あと三人」

「問題は、もういるのか、これから来るのか。日本人なのか外国人なのか、かな」


 立てた膝を抱えるようにして座る月夜の呟きに、宗一郎が続けるように応じる。


「地球内知的生命体だったらいいね」

「やめましょうぜ朧のかしら……。考えないようにしてんですよアッシは……」

「その呼び方を止めてくれない限り、わたしは全力で言い続けます」

「はい、すいません」

「分かればよろしいのよ」


 オホホホ、などとまったく似合わない高飛車笑いを披露する月夜。言うまでもないが、二人とも現実逃避した結果である。

 本当に最悪、二足歩行するイルカとかが自分たちと同じ立場にあったりしたら、色んな意味で目も当てられない。


「てか作っててなんだけど、朧さんって金属アレルギーとかあったりする?」

「ううん、大丈夫だよ。健康そのもの」

「そりゃよかった。まあ、あったらあったで対処はできるんだけど、一応さ」

「それも付与魔導?」

「うん。【反応制御】と【生体対応】でアレルギー反応を抑えることができんの。この組み合わせ考えたのは俺じゃなくて、後輩なんだけど」

「後輩?」


 意外な単語が飛び出してきたことにより、月夜はほぼ反射でオウム返ししていた。正直なところ、宗一郎に対して後輩という単語がどうにも上手く結び付かなかったのだ。

 そしてその月夜の考えを察したか、宗一郎がジト目を向けている。

 うぐ、と思わず枕で顔を隠す月夜。


「まあ自分でも思ってるけどな。ZLOで知り合って、実は後輩だったってパターン。たぶん言ったと思うんだけど、ゲーム内で高難易度アイテムを作るのに成功してさ」

「あ、言ってたね」


 もうすでに少し懐かしい、あの階段でのやり取りだ。宗一郎は当時、確かに作るのが難しいアイテムを作ることに成功したと、そう言っていた。


「他の友達とテンション上げながらやってたからって言ってたけど、ひょっとしてその人が後輩さん?」

「そうそう。そいつと一緒に作ってたんだ。付与魔導ってべらぼうに種類が多いんだけど、そいつは組み合わせるのが上手くってさ、色々参考にしてた」

「へえ~」


 コンキンコン、と貴金属を彫刻している宗一郎の横顔を見ながら、月夜はにやにやしながら見ている。

 なんとなく恋バナの気配を感じたのだ。


「ひょっとして、榊くんの好きだった子?」


 などと聞いてみる。

 すると宗一郎は思わずといった様子で顔を上げ、続いてやや呆れた顔で月夜を見た。


「そいつ、男だよ」


 月夜はもう一度、枕で顔を隠した。




 翌日。


「結構高いもんだなあ、新品の武器って」

『有名鍛冶師ダイモスが打った新品の長剣、大特価で一振り四百五十ルクス。今ならなんとベンガド製携帯砥石付き。最初は詐欺かと思ったよね』


 三流品は徒弟が打った習作品。

 二流品は鍛冶師が打った売るに足る品。

 一流品は熟達の職人が高級な素材を使い、丹精込めて造り、魔術師が魔術を、もしくは聖職者が祝福を込めた逸品。

 この分類は世界共通である。

 そして二流品とは一般的に考えられているような、いわゆるB級品・低品質・駄作という意味にはならない。

 例えるなら、車に近い。

 一流品を高級車やスーパーカーなどに該当させるなら、二流品はいわゆるファミリーカーだ。安い買い物ではなく、しかし限りなく必需に近い代物。

 冒険者はその日暮らしの生活になることも多い。特に低階級の冒険者などは、徒弟習作の三流品ですらなかなか手が伸びないのだ。

 要するに、この世界においての武器における一流二流とは、品質ではなく階級なのである。

 そしてこの区分けは、武器防具両方に適用されている。


「まあ、武器と防具も自作したほうが早いって分かったのは収穫だったな。その分、回収する素材の量は増えたけど」

『それはしょうがないよ』


 苦笑いしながら宗一郎のぼやきともつかない言葉に応答する月夜。

 なお現在、二人は目抜き通りの冒険者向け武具店ではなく、屋外にいる。先ほど月夜が読み上げた広告文は当然、彼女の凄まじい記憶力によるものだ。

 では二人が屋外にいる理由だが、それ自体も特に難しい事情ではない。


『それにしても、【磁力操作マグネティック・フォース】にこんな使い方があるなんて知らなかったよ』

「職人プレイヤーの間じゃ割とメジャーな使い方だよ。俺も初めてやり方聞いたときには頭いいなーって笑ったけどさ」


 二人は現在、青錫級への依頼として、市街を流れる小川の掃除をしていた。さすがにドブ浚いになってしまう場所は宗一郎が担当しているが、小川上流に溜まっている枯れ葉などは月夜が頑張って掃除している。

 ではなぜ、現在は距離がある二人が普通に会話できているのかといえば、やはりこれも宗一郎が作った魔道具に答えがある。


『すごい便利だよね、これ』

「あとで最大でどれくらいの距離まで会話できるのか検証したいところだけど、まあこの街くらいなら全域カバーできてると思うわ」

『充分過ぎると思う……』


 宗一郎と月夜が遠距離での会話を実現しているモノは、二人が耳に装着しているイヤーカフ型の装飾具の能力である。現在は二人しか装着していないので意味は薄いが、装備者間での全体会話、一対一、暗号通信までできるという割とふざけた逸品だった。


『そいで榊くん、砂鉄も結構な量が集まったけど、どれくらいを目安にしたらいい?』

「ああーそうだな、最大でバスケットボールの大きさになるくらいまで集めてあるとベスト。油断して魔導を解くと悲しい事件が起きるから、そこだけ気をつけてな」

『はーい、任しといて』


 二人は清掃依頼の遂行ついでにとばかりに、【磁力操作マグネティック・フォース】を使って水底にある砂鉄を集めていた。一度に採れる量は少ないが、磁力に反応する砂鉄なら採取スキルが育っていない人間でも多少は採集可能であるため、こうして月夜も手伝えているというわけだ。

 もちろん、刀のためである。

 早朝に依頼を受けた二人は、二時間後には依頼に課せられたノルマをクリアしていた。イヤーカフの通信機能を使って互いに報告し合い進捗を確認していた二人は、タイミングを計って合流し協会に報告、成功報酬を受け取る。


「さて、そんじゃあおっさんとこ行こうか。ちと時間はかかるけど、今日中には武器作れるよ。材料も揃ったしな」

「おおー……」


 朧月夜、異世界にて感無量となる。

 二人はこれまで、冒険者登録をしても武器は携帯していなかった。

 単純に青錫級であるから必要がなかったこともあるし、前提として宗一郎が制作する予定があったからだ。しかし、事情がそうもいかなくなってきたという面もある。


「受付嬢さんにも勧められたし、時期としてはちょうどよかったけどさ。ずいぶんと急に忙しくなった感じだよな」

「根のほうが騒がしいから様子を見たい、けど祭り前で手が足りない。なのでダンジョン侵入許可が出せる赤銅級に上がれるよう準備してほしい、だもんね」

「戦えるって事前に割れてるからなあ。まあ隠す理由も、断る理由もないんだけどさ」


 冒険者とは付くが、街の子どもでもなれる見習い階級の青錫級とは違い、一段上の階級である赤銅級ともなると、半人前ではあるが本格的に冒険者としての活動が可能となる。

 青錫級から赤銅級へ昇格するためには、協会指定の依頼を達成する必要がある。文章にすればそれだけとなるが、昇格を認めるだけの実力、技量、判断力等を見極める必要があるため、指定依頼も青錫級から見れば生半可な内容ではない。

 また、武器と防具も必須となる。

 自前で用意できることが一番だが、一応、協会側からも必要最低限の武具が支給されることもある。あくまでも必要最低限であるため、体裁を取り繕う程度でしかない。品質としては三級品の中でも限りなく下限、といったところだ。

 宗一郎と月夜は当然ながら、自前で用意する予定である。

 その、自前の武器を用意するために、二人は西区にある借りた鍛冶場、ドゥーヴルの工房へとやってきていた。

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