第四話-②
「はよざいまーす」
「おはようございます」
すでに煙突から煙が上がっている工房へと足を運んだ二人を出迎えるのは、工房主の娘であるウェルダだ。今日も赤い髪をひとつにまとめて尻尾のように揺らしている。
「お、おおおお、おはやう!」
挨拶も揺れていた。
動きが完全に挙動不審者のそれと化しているウェルダを見て、彼女がそんな事態になった理由が分からない二人は同時に首を傾げる。
眉尻を下げ瞳を潤ませ、頬を上気させたウェルダは、唇がしっとりと艶やかになっている。
「ちょ、ちょっとアンタに、お、お願いが、あるんだけど!」
ズビシィ! という音が聞こえてきそうな勢いで宗一郎を指さすウェルダ。宗一郎からすれば何を言い出してんだコイツな気分なのだが、ウェルダ側がそんなことを理解できるはずもなく。
「アンタが昨日やってた木炭への付与魔法とか、あと屑鉄を鉄塊に戻すアレとか、や、やってくんないかしら~……とか、ね?」
「ほいよ」
左右の人差し指の指先をつんつんと合わせながら、そっぽを向き唇を尖らせつつウェルダが口にしたのは、そういった要望だった。
宗一郎が即答していることにも気付いていない様子のウェルダに、慌てたのは月夜だった。
「ちょ、ちょっとウェルダちゃん、ちょっといい?」
月夜が慌ててウェルダを工房に引っ張り込んでいったのを見送りつつ、宗一郎はさっさと準備に入る。
なにやらお説教らしき篭った声が聞こえる扉を通り過ぎ、木炭の入った麻袋を回収する。そのまま庭に戻り、この世界に来てすぐに拠点にした河原や、今朝の依頼ついでに回収しておいた粘土を取り出して小型の
「朧さんも大変だぁねぇっと。先にウェルダの注文のほう済ませっちまうか」
完全に他人事な口調で呟きつつ、先日やってみせたように、まずは大量の木炭に魔導を付与していく。
粘土で作った炉は一度置いといて、付与を終えた木炭を使い、何気に隅に積まれていた残りの屑鉄を小型溶鉱炉で溶解、さっさと型に流し込んでインゴットに変える。今回は急いで冷やす必要もないので、そのまま自然冷却だ。
「よし、今度は俺らのだな」
木炭は最初にまとめて付与していたので問題はない。
「あ、ごめん榊くん、遅くなっちゃった」
「お、おかえり。お説教はどうだった?」
「うん、まあ、無事に分かってくれたよ」
月夜が気まずそうにしながら振り返ると、よたよたとよろめきながら外に出てくるウェルダの姿。あれほど焦燥するほどのお説教がどんなものだったのか、興味半分、恐怖半分な宗一郎。
「それで、なにか手伝えることはあるかな」
「あ、あるある。こっちなんだけど」
まだ木炭に着火したばかりの櫃型粘土炉に案内する。作業時間は生産スキルや魔導を駆使して行く予定なので、実際のたたら製鉄よりは早く済むだろう。だが作業に手を取られることも間違いはない。
それに、これから作るのは月夜念願の打刀だ。彼女だって、それなりに制作に関わったほうが楽しいだろうし感慨深くなるだろう、という考えもあった。
「ちょい面倒な作業なんだけど、この筒で風魔導使って送風しててほしいんだ。それと、合図したら木炭とか砂鉄を火の中に入れる作業も。だいたい三十分くらいで終わるから」
「うん、任しといて!」
元気なお返事を聞いて、二人は製鉄作業を開始する。
それから三十分の間、短時間とはいえ意外に休む暇もなく、二人は忙しそうに木炭と砂鉄の投入作業に勤しんだ。
宗一郎が
「うわすごい、こんな近くで陽炎が見えるよ……」
「火傷しないよう気を付けてな」
取り出した巨大な金属塊を見て感嘆の声を上げる月夜に注意する。実際、近くに寄るだけで火傷しそうなほど、産まれたての金属塊は力強さに溢れている。
宗一郎は金属塊に掌をかざし、魔導を使って冷やし、熱が落ち着いたところで巨大な金槌を振り下ろし、割った。
「これが玉鋼?」
巨大な金属塊の中から、拳大程度の大きさの銀光を放つ塊を割り分けたのを見た月夜が問う。
「一応そうなるかな。生産スキルとか使って作ったもんだから、職人が実際に作ってる本物の玉鋼と比べるのはなんか失礼な気もするけど」
宗一郎の生産スキルはゲームのものであるため、ある種のズルと言われても仕方がない。それを意識してか、宗一郎はそんな言葉を零す。
「うん。本物の職人さんに敬意を払いつつ、わたしたちはこっちを使わせてもらおう」
「だなあ」
充分に冷却させ終え、小割りにした金属塊を鍛冶場へ持ち込み、鍛冶炉に火を入れる。
「部屋めっちゃ暑くなるから、水分補給とか気を付けてな」
「うん、分かった」
そういう宗一郎のすぐそばにも、水分補給用の飲み水と小皿に盛った塩がある。鍛冶場とはそれくらいに熱を持つのだ。
まずは最初に藁を燃やし、灰を作る。同時に余らせた粘土を使って泥汁も用意しておく。
小割りにした金属を慎重に選びコテに重ね、事前に用意しておいた藁灰で包み、泥を被せてひとつの塊にし、火を入れた木炭の中に入れて熱し始める。
付与魔導を施された木炭は相変わらず尋常ならざる熱を発し、それに包まれた鉄塊はすぐさま赤く発光する。
「――ぃよっ」
すぐ背後に配置されていた金床の上に置かれた灼熱の塊に向かって、宗一郎は気合いを入れて金槌を振り下ろした。
月夜はその瞬間、耳に届いた音の神秘性に驚きを覚えた。
高級な風鈴の音を聞いたかのよう。
西区のそこかしこから聞こえてくる金属を叩く音と同じものとは思えない、高らかに鳴り響く音色。
発生源は宗一郎の手元。
触れれば切れるのではないか。そう錯覚しそうなほど鋭くも熱を帯びた真剣な眼差しで、彼は金属と語り合っている。
離れた場所にいる月夜にも届く熱に間近で向き合い、高らかに、静かに、再誕に導く金属の奏で。
熱しては藁灰に包み泥汁を被せ再び熱し、引き上げては叩き鍛え美しい音色を響かせる。
やや大き目なタガネを用いて、宗一郎は縦に切れ目を入れ始めた。半分から三分の二ほど、絶妙な加減で切れ込みを入れ、折り返し重ねていく。
地金の鍛錬が続く中、息が漏れる音が聞こえた。鍛錬に集中している宗一郎のものではなく、しかし月夜のものでもない。
吐息を漏らした人物の正体は、いつの間にか月夜の隣に立っていたウェルダだった。
「……ほんと、信じらんない」
その言葉には、多分に呆れの成分も混ざっている。幸い、宗一郎にその声は届いていないようだった。
「一振り一振りに、とんでもない量の魔力を注ぎ込んでる。鍛造だけじゃなくて、炉にも。さっきの金属を作ってるときでさえね。あなたの相棒、並の魔法使い十人がブッ倒れるほどの魔力は使ってるのに、平気な顔してるってどういうことなのよ……」
鍛冶屋の娘であるウェルダのその台詞を聞いて、月夜は改めて、真剣な表情で金槌を振るう宗一郎を見る。月夜ら側のことなど一瞥もせず、一心に金属と向き合う少年。
その真剣な眼差しはきっと、クラスの誰も見たことがないだろう。月夜はいまはウェルダの言葉に答えず、ただ見届けるだけに留める。
そうしている間に宗一郎は、十二度ほど折り返した鉄をUの字に折り曲げてから別の鉄を棒状に鍛え始めた。こちらは折り曲げず畳まず、ある程度の硬度を保ちつつも粘り強さを重視して鍛えている。
新たに鍛え上げられた鉄棒は、U字型の鉄の内側にくるまれた。
それを見てたウェルダが首を傾げる。
「なにそれ? なんかずいぶん変なことしてるけど、その二つの鉄はなんか違うわけ?」
「あん? ああ、まあな。最初の鉄だと硬すぎて折れやすいんだわ。だからこうやって、軟らかくて粘り強い鉄を芯に据えて、刃に伝わる衝撃を逃がしやすくしてやるんだよ。それぞれ、外側の鉄を
「ふぅん……?」
宗一郎が見せ解説した技法を興味深そうに観察するウェルダ。鍛冶屋の娘なだけあってか、鍛冶に関することなら興味を惹かれるらしい。
二種の金属がひとつに融合し、リズミカルに打たれ本当に音楽の様相を呈し始める。そのまま、冷めれば火に当てられ白熱し、何度も何度も打たれ延ばされていく。
いよいよ刀の長さにまで整えられ、
大まかに刀身の形状が作られたところで、小槌とヤスリでもって形をより丁寧に整え、焼刃土を刃側に薄く、峰側に厚く塗る。
宗一郎は常識外なことに、ここまでの工程で細かく精緻な作業を、すべて一発で終わらせている。何度も観察して細かく調整していく、ということをほとんどしていない。
「さて、ぼちぼち最後の作業だ」
焼刃土を塗り終えた鋼を一度横に置き、宗一郎は【
「ちょい、部屋暗くするよ」
言うが早いか、宗一郎は月夜らの返事を待たずに【
部屋の光源が鍛冶炉の炎だけとなる。
暗闇の中、荒々しく立ち昇る火柱の中に鋼を何度も出し入れしては、炎の色を見つめる。
「――――ッ」
もはや、声にもならない空気の漏れのような気合いを入れ、適切な瞬間を見極め火柱から鋼を引き抜き、一気に水球に突き入れる。
作刀の華、焼き入れだ。
水と熱がせめぎ合う音が響き、暗闇が払われる。
しかしそこで完成ではない。
水から引き抜いた刀を、火柱が収まった炎の中に戻し、軽く熱し直す。焼き戻し作業である。青紫に立つ焔に炙り、優しく水球に戻す。再び引き出すころには、美しい反りを見せる日本刀がほぼ出来上がっていた。
すぐさま研ぎ上げられ、ヤスリで仕立て上げられる。
「んー……」
一瞬だけ悩む素振りを見せた宗一郎は、すぐさま何かを思いつき、そのままタガネを手に取って
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