第三話-⑤

「ほォ?」


 赤毛少女の提案に、ドワーフは興味深そうに声をヒゲの奥から漏らす。

 しかしそこは偏屈な鍛冶屋。さすがに、言われたからそうしよう、という判断にはならなかったようだ。


「確かにあの骨皮にゃ、炉を貸すということで話を付けたがのう。貸すと決めた炉も古く使わなくなったとはいえ、炉は炉じゃ。ふゥんむ……」

「でも、本当に鉄を問題なく扱えるんだったら、炉だって普通に扱えるでしょ? だったらその古い炉を使ってもらって、ついでにこっちが指定したものを作ってもらうの。それならお祖父ちゃんも納得できるんじゃない?」


 どうやら赤毛少女はそうでもないらしく、渋るドワーフをけしかけようとしている。彼女は彼女で何かしらの狙いがあるらしい。そこまでは少女とドワーフのやり取りでなんとなく察しはついたが、特に関係ないのでそこは特に追及しない月夜と宗一郎。

 赤毛少女の意見を聞いていたドワーフは、灰色で長く、三つ編みに編んだあごひげをしごきながら答えを出す。


「ふゥんむ、それもアリか。それでいくとするか」

「決まりっ。それじゃあお祖父ちゃん、この人になに打ってもらう?」

「そうさな。なら長剣でも打ってもらうとするか。腕に自信を持つほどには経験があるんならちょうどよかろ。よっしゃ二人とも、こっちゃついて……」


 ドワーフがどこかへ案内しようと踵を返しかけたところで、唐突に再び宗一郎たちへと向き直った。


「肝心なこと聞いておらんかった。主ゃら、名はなんじゃ?」


 名を問われ、月夜と宗一郎はいつものように顔を見合わせる。お互いにドワーフと赤毛少女に自己紹介していなかったことを、名を問われて思い出したのだ。


「あーと……俺は榊宗一郎です。榊が名字、家名で、宗一郎が名前。呼びやすいほうでいいです。そいで彼女が」

「わたしは朧月夜っていいます。朧が名字、月夜が名前です。わたしも、呼びやすいほうで呼んでくださいね」


 揃って頭を下げながら名乗る二人。

 この方式はトール一家を相手に名乗ったときにも問題なく通じたので、自己紹介をする必要があるときはこのスタイルでいくことにしたようだ。


「ふむ、サカキと、オボロか。なんだ主ゃら、四季しきこくの人間か」

「しきこく?」

「あん? なんじゃ違うんか? まあどっちでもええな。そんじゃあ次はこっちの番じゃ。儂の名はドゥーヴル、見た目通りのドワーフで、ここらで鍛冶屋をやっとる。んでこやつはウェルダ。血の繋がりなんざ一滴たりともありゃせんが、可愛い娘じゃ。炉をいじりたがったり、最近は儂の愛する酒のツマミを奪おうとする怨敵でもある」

「最近は稼ぎが少なくなってるから、ツマミは控えようって言ったじゃん! 怨敵だって言うんなら次はお酒隠すよ!」

「や、やめんかバカタレ!」


 ドワーフといえばやはり酒。この人物……ドゥーヴルも例に漏れず酒をこよなく愛する人物である。


「稼ぎが少ないんですか? 榊くんが褒めてたから、てっきりすごく売れ筋な鍛冶屋さんだと思ってたんですけど」

「なんかすげえ信頼を得ていた……。ま、まあそれはともかく、確かにアレが売れてないってのはちょっと不思議っすねえ」


 数打ち品ではあるのだろうが、樽に差され並べられていたあの剣や槍の出来は決して悪いものではない。むしろ、数打ちであれほどの品質の武器を安定して打てるのであれば、さすがはドワーフというか、熟達の鍛冶屋であることは間違いない。それほどの腕であるならば引く手数多なのでは、と二人が考えるのはある意味で当然の流れだ。


「ウチはどこの商会にも所属してないのよ。だから作った物の卸し先も販売先もないワケ。貧乏冒険者向けの二流品だって、新品だったら決して安いわけじゃないしね」

「そんじゃあ、工房の規模の割には従業員っぽい人間がいないのも?」


 宗一郎の問いにウェルダは悔しそうに、しかし素直に頷いてみせる。


「所属していた商会はあったケド、潰れちゃってね。そのあとにリッジウェイ商会ってところが加入を勧めに来たんだけど……」

「はっ! あんな柄抜け槌の金浚いみたいな商売している商会になんぞ入ってられっか! そんな真似しくさるくらいなら、今の商売のほうがよっぽどマシってもんじゃい!」


 先頭を歩くドゥーヴルは、話を聞いていたのか唐突に話に割り込み、鼻息荒く怒鳴り散らす。

 そのリッジウェイ商会なるものは月夜も宗一郎も知らないが、なんとなくロクでもない商売をしているのだろう。怒鳴り声を真横で聞いていたウェルダも、特にドゥーヴルの暴言をたしなめようとはしていない。


「……と、まあそりゃこっちの話じゃ、主ゃらにゃ関係ないわい。主ゃに関係があんのはこの部屋じゃ」


 工房の廊下を進み終え、とある扉の前で足を止める一行。


「おおー」

「わあ、イメージ通りの鍛冶場って感じ」


 二人が通された部屋は、基本的に石レンガで構成されていた。部屋の中央壁際には巨大な鍛冶炉。下部に燃焼室があり、そこに薪を突っ込み燃やすことで、上部にある火床に炎を伝える構造だ。この火床に鉄材を置き熱し、赤熱させて鍛造する。

 壁には様々な鍛冶道具を吊るしていたのだろう。今はほとんど残っていないが、いくつかの道具は赤錆びていながらも残っている。

 部屋の隅にある大きな麻袋の中には、黒くありながら艶やかな光を反射する小石のようなものが大量に詰め込まれている。


「これ、木炭っすか?」

「うんむ。使い古しでまだ燃えるかどうか怪しいところじゃが、まあ問題はなかろ。魔法加工されたモンは高いでな」

「なるほど、木炭はある、と。あとは火箸に金槌と……お、金床にタガネもあんのか。さすがは鍛冶屋」

「ったり前じゃ。ちうても物は古いし整備もしとらんがな」

「んー……」


 見せられた鍛冶場をうろうろと歩き回り、検証していく宗一郎。月夜と言えば、鍛冶に関してはさすがに素人同然であるため、宗一郎の邪魔にならないように入口で待機している。もちろん、なにか手伝えることがあるのなら全力で手伝うつもりでいる。

 宗一郎は炉の状態を観察しに入っている。良し悪しはまったく分からないが、彼にとっては注目すべき点がいくつもあるのだろう。

 こうして改めて見てみると、真剣な表情をしているときの宗一郎の横顔は割と格好良く映る。

 普段の彼は、自分はクラスカースト底辺だ、などと自称しているが、それは服装……というよりも普段の身だしなみに対して無精であるからではないか、と月夜は常々考えていた。高校生にもなれば髪型一つにこだわりを見せたりもしそうなものだが、宗一郎はそんなところを月夜に見せたことがない。さすがに見苦しいところは整えるが、たまに短い髪に寝ぐせがついていたり、うっかりヒゲが生えたままだったりしている。

 もう少しオシャレに気を使えば、クラスでも注目する女子が増えそうなのにもったいないなあ、というのが月夜の宗一郎に対する外見的な感想だった。


「長剣打つのは問題ねえっすけど、鉄インゴットとかはないんすか?」

「余分な鉄塊はないと思ったのう。ウェルダ、材料に余裕はあるか?」


 ドゥーヴルに問われたウェルダは、ふるふると小顔を左右に振ってみせた。

 つまり、試作に回せる素材の在庫がないということだ。この点からして、この鍛冶場は思った以上に切羽詰まった状態にあるのかもしれないと当たりを付ける。

 しかし今それを考察しても仕方がない。今すべきことは、課題の長剣を打つことだ。


「じゃあ、失敗作とか廃棄品とか、そういうのはどっかにないっすか?」

「ふむ、それならまあ、いくつかあるな」

「お、そんならそれ全部貰っていいすか?」

「おう、ええぞ」


 一度鍛冶場の裏庭に出て、廃棄品置き場になっている物置小屋から大量の赤茶けた屑鉄を発掘する。そのまま鍛冶場へと運び込まず、外に設置されている小さな溶鉱炉の前へと持ち込んだ。


「朧さん、悪いんだけどさっきの鍛冶場から、この麻袋一杯くらいの木炭を入れて持ってきてくれないかな」

「うん、オッケー。……でも、それならザックに入れて丸ごと持ってきたほうがよくないかな?」

「ああ、小細工するからそこまでの量は要らないんだ。それに、それやると朧さんのザックまで汚れるだろ?」

「……どうせ木炭持ってくるときに指先とか服とか木炭で汚れるから、あんまり変わらないんじゃない?」

「――ぐむ」


 言われてみれば、という感じで月夜の指摘に思い至った宗一郎は、その場で固まってしまった。

 完全に、女性慣れしていない男がやらかす気の使い方だった。

 直後、両手で頭を抱えながら、ぐぅおおお……と、臨終直前の魔王みたいな声を出して唸りだす宗一郎。


(……すごく可愛い)


 言葉に出さないように必死に己の理性で喉を抑え込みつつ、あくまで上品な仕草でくすくすと微笑む月夜。

 宗一郎は、自分に対して打算がない。だからこそ今の気遣いは本物であることが分かる。そのため月夜は、そんな不器用なことをしている宗一郎を可愛らしいと思ってしまうのだ。なんとなく弟を見ている感じにもなっている。

 それに、宗一郎が気遣ってくれたこと自体もとても嬉しかったので、月夜は素直に礼を言うことにした。


「ご、ごめんね? でもすごく嬉しかったよ、ありがとう」

「い、いいの、朧さん悪くないの……。むしろいっそ笑ってくれたほうがまだ心救われるからマジで……」


 べちょりと地面に横倒れになった宗一郎は、道化となることで己の心を慰める方向に舵を取ったらしい。

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