第三話-⑥
そんなこんなで、ウェルダから革手袋を受け取って運んできた少量の木炭が入った麻袋を、運搬中に宗一郎が地面に刻んでいた魔法陣の中央に配置する。
「で、これでなにすんのよ?」
先ほどの月夜と宗一郎のやり取りを見ていたウェルダが、多少ニヤつきながら宗一郎に問う。
そして宗一郎は、いまだに耳まで赤く熱を持ちながら唇を尖らせていた。
「付与魔導だよ。木炭
説明しながら宗一郎は陣の前であぐらをかき、両手を合わせて集中し始める。
直後に正面の陣が線に沿って光り出す。
陣の四方に刻まれた文字にまで光が伝い、直後に中央に配置された麻袋に光が集い、袋ごと輝く。
そんな景色がおよそ数分ほど続き、光が袋にすべて集束したところで儀式が終わった。気付けば、地面に刻んであった陣も消失している。
「これが付与魔法?」
「そだよ。今回付与したのは【燃焼強化】と【持続延長】の二種類。それをこの木炭に付与した。なもんで、これに火ィ付ければ屑鉄くらいは余裕で溶かせるよ」
当たり前のように言い放つ宗一郎の言葉を聞いたウェルダが、数拍置いてからなにか騒ぎ出し始める。しかしまったく知らぬ存ぜぬとばかりに宗一郎はしれりと小型溶鉱炉に付与した木炭を投入し、さっさと【
「付与ってそんなこともできるの?」
「まあ付与も生産系だからさ。略式付与を使えば戦闘にも使えるけど、基本的にはこういう使い方をするジャンルなんだわ。さて、ついでにもうちっと時短しようか」
首を傾げる月夜に応えるように、宗一郎は指先を魔力で灯し、そのまま空中に魔導文字と陣を描く。魔力光で描かれた魔法陣を指先で弾くと、キィンと高い音を立てて陣そのものが溶鉱炉の中に吸い込まれた。
瞬間、大きな音を立てて、焔を立てずに強く燃焼する木炭。赤熱していないところがないほど隙間なく燃えている木炭が発する熱は、近くにいると火傷しそうなほどの威力を発散している。
「おし、こんなもんだな。そんじゃ次はと」
そのまま炉の中に、集めておいた屑鉄を次々にポイポイと投げ込んでいく。ついでに、支援物資としてレザーザックの中に入っていた粗末なナイフと手斧も放り込んだ。
「あ、朧さんのナイフと手斧も新調すっから、二つともちょうだい」
「あ、うん」
宗一郎に言われた通りにナイフと手斧を取り出して手渡すと、宗一郎の手によって灼熱の中にあっさりと放り込まれる二つの道具。
投入口を閉じて、宗一郎は左手の掌を開いて炉に向けて魔力を流し込みつつ、右手の指先でたまに魔導文字を描いては炉に投げ込む。
ゆらゆらと陽炎のように儚く、しかし実際には尋常ではない量の熱を湛えた炎が、放り込まれた屑鉄やナイフを消化していく。
「いまは何をしてるの?」
「屑鉄に含まれてる不純物を除去する作業だよ。純鉄まで行くと脆くなり過ぎるから、全部取っ払うわけじゃないけどな」
「へええ~」
そうこう言っている間に大量に放り込まれた屑鉄はすべて溶け、液体状になった金属をインゴット用の型に流し込む。
出来上がったインゴットの数は、合計七個となった。ついでに小振りの鉄の塊が数点。
「け、結構できるもんなのね……」
「工夫はしたけどな」
ウェルダが呻くような声で呟くと、宗一郎が律義に応答する。彼女からすれば、鍛冶場の物置小屋に実は大量の鉄が眠っていたということになるのだから、呻き声のひとつも上げるだろう。
そのまま、インゴットに負担を与えない程度に冷却魔導を使って冷やし、型から取り出すと、見事な鉄の延べ棒が出来上がっていた。
「おっさん、鍛冶道具ちょい借りるけど、いっすよね?」
「お? お、おう、ええぞ」
「ども」
そのまま完成したインゴットすべてと、途中でドゥーヴルの鍛冶道具を拝借し、最初に案内された鍛冶場に戻る。
鍛冶炉に魔導を付与した木炭の残りすべてを突っ込み、再度【
「んー……ナイフ二振りはナゲットでいけるか。あとは金槌と……まあ、なんとかなるかな」
手拭いを頭に巻いて、作るものと材料の配分を決め終えた宗一郎は、作ったばかりの鉄のナゲットを灼熱する鍛冶炉に放り込み熱していく。
真っ赤に染まった鉄ナゲットを火箸で挟み掴んで、切り株の上に固定された金床に乗せ、借りたハンマーを振るい鉄を叩く。
「こやつ、いったいナニモンなんじゃ……」
宗一郎の鍛冶作業を眺めていたドゥーヴルが、喉を鳴らしながら無意識に呟く。
事実、ドワーフから見れば噴飯ものだ。宗一郎は金槌を振るうたびに、刀身に大量の魔力をつぎ込んでいる。この時点ですでに何かしらの付与を行っているらしいことを、ドゥーヴルはすぐさま理解していた。
そんな呟きもまるで聞こえないとばかりにタガネやヤスリを使い、宗一郎はあっという間にやや肉厚の刃を持つサバイバルナイフを二振り鍛え上げた。
「んじゃ次は金槌行くか」
まったく熱量が落ちる気配を見せず燃焼し続ける木炭に魔導で送風し、インゴット一つを熱し始める。
いっそ理不尽とさえ思える速度で熱せられた鉄はあっという間に成形され、ハンマーの頭部分として整えられていた。
「さて、そんじゃあ本命の剣やろうか」
袖で額に浮いた汗をぬぐい、さらにインゴットを炉に投入。赤熱させて柔らかくし、作ったばかりのハンマーに切り替えて打ち延ばし、叩き、鍛え上げていく。
茎を作り刃を整え、冷えたら火に据え熱し、再び叩く。これを繰り返すこと幾度、瞬く間に鉄の塊は剣の形に変わっていた。
最後に残ったナゲットを使い柄部分を作り上げ、茎先からはめ込み、鍛冶道具を借りるついでに持ってきていた暫定用のグリップを装着させ、指定された課題の長剣を完成させた。
「……主ゃ、いったいどういう腕しとるんじゃ」
鍛冶を生業とするドワーフが、呆れるように言い捨てる。
実際、宗一郎はこの鍛冶場を尋ねてから課題を言い渡され、そして即日でそれをクリアしてしまったのだ。本来ならば、長剣一振りを作り上げるにはかなりの時間を要する。
「そんなにすごいんですか?」
鍛冶に疎い月夜が問う。
ちなみに彼女の場合、宗一郎の職人としての腕には充分以上の信頼を寄せている。だが、それと鍛冶の腕の凄さを理解できるかどうかは別問題だ。その分野についての知識がないため、ドゥーヴルの驚愕の質と量、ともに上手く理解できないでいる。
「ふゥむ……」
ドゥーヴルは月夜の問いにすぐには答えず、宗一郎が作り上げたロングソードを手に取って検分を始めた。
「……長さ良し、重さ良し、重心良し。硬さは充分で粘りもある。これなら衝撃を上手く流せるじゃろうな。鍔も頑丈さがあるから、受け止めるにも問題はない。一流品にゃあ遠く劣るが、儂が鍛えた二流品になら並ぶか、使い手次第じゃ抜き去るくらいの出来ではある」
鞘は作られていないため、検分が終わった長剣は抜き身のままで作業台の上に置かれる。直後、ドゥーヴルはこれ見よがしなくらいに大仰にため息をついて、言う。
「儂の腕で、これを打つのに三日から四日っちゅうとこじゃ。鉄材をこさえるところから始めるんならもう一日二日は要る。これで分かるか、嬢ちゃん」
「……よく分かりました」
要するに、宗一郎の鍛冶の腕は最低でもこのドワーフをはるかに上回っている、ということだ。
同時に、さすがは榊くん、という感想を抱く月夜。ともに異世界に来てから今日まで、宗一郎がものづくりをしたときに驚かなかった瞬間はない。
作ったものの品質など、高品質もしくは最高品質に落ち着くのは当然だろう。
「てェわけで、おっさんが問題ないってんなら、この鍛冶場を少し借りたいんだけど」
検分が終わり月夜の質問への回答も済んだところを見計らって、宗一郎は最初の案件を切り出す。
そう問われ、ドゥーヴルは鍛冶屋の本能的に作業台の上にある、打たれたばかりの新品の剣に目をやる。
長年鉄叩きに携わってきたが、よもやこれほどの若造に腕で抜かれるとは思わなかった。ウェルダでずいぶん鍛冶の才があると見込んでいたが、それだってまだまだ雑用の時期。
正直に言えば、末恐ろしい。
多少腕がいい程度であれば突っぱねてやることもできた。だがこれほどの逸品を見せつけられると、その気も失せるし認める以外の道がない。
「ようもまあここまで腕を鍛え上げたもんじゃ。主ゃの歳がいくつか知らんが、少なくとも成人迎えて間もない程度じゃろ。まったく、その歳でその域に辿り着けるのは、それこそ天賦の才か、遥かなる星界からの旅人くらいなもんじゃろなァ」
感嘆のため息に、そのような言葉を混ぜて漏らすドゥーヴル。
しかし、その言葉をただの愚痴と流せない人物がいた。正確には二人ほど。
「ちょいおっさん」
「あの、ドゥーヴルさん?」
真剣……を通り越して、怖いくらい真面目な表情を作ってドゥーヴルの名を口にしたのは、鍛冶場を貸してくれとやってきた少年少女の二人だった。
あまりの剣幕に、ドゥーヴルが一歩引く。
しかしドワーフのそんな様子にもまったく気付かないまま宗一郎と月夜は顔を見合わせ同時に頷き合い、代表して月夜が口を開いた。
「その、遥かなる星界からの旅人のこと、詳しく教えてくれませんか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます