第二話

第二話-①

 中年男性率いる旅の集団に同行すること、早三日。異世界にやってきて五日目の朝。目的地である例の巨大な柱は、馬車での移動もあって日に日にその異質さでもって視界を圧倒してくる。そして不思議なことに、どれほど近づいても遠距離にあって青く霞むだけで、影ができることはなかった。

 不思議がいっぱいファンタジー、という謎の合言葉を作った二人は、それ以上、異世界の物理について思考を巡らせるのをやめた。

 そんな不思議に溢れている異世界は現在、二人を飽きさせまいとさらなる不思議で二人の視界を埋め尽くしていた。

 具体的に表現するならば、超巨大岩壁が二人の行く手を阻んでいる。上下左右、どこまで行っても岩肌しかない。そして宗一郎と月夜の真正面には現在、長蛇の列が形成されている。先端は例の岩壁へと続いていた。


「これが全部、例の星降り祭目的の列なんですか?」


 幌馬車の横から馬の隣まで歩いてきた月夜が、感心したような口調で問う。実際、彼女らの正面には、実に一キロメートル近い列が作られているのだ。これらの人々すべてがその星降り祭目的なのだとしたら、実にすごいお祭りなのだと感心するほかない。


「大半がそうだろうさ。オレたちは家路についているわけだが、基本的には祭り目的だ。それくらいに有名なんだぞ、星降り祭っていうのは」

「へええ~」


 しかし目的地は岩壁。どういう理由があって向かっているのかは現時点では全然分からない。少しずつとはいえ、なぜ列が消化されていっているのかもさっぱりだ。

 なお、今は列の動きが止まっているため、前後の連中含めて道端で軽くバカンスしている人間が多い。よく洋画のワンシーンにこういうのがあったな、などと地球のことを思い出す月夜。


「トールさーん、車輪の修理、終わりゃっしゃしたー」


 そこへ、列が止まっている隙にと調子が悪くなっていた馬車の車輪をいじっていた宗一郎が、のんびりとした口調で修理完了を報告する。


「おう、すまねえな。ずいぶん前からガタつきがあったんだが、おまえが見てくれるようになってから調子が良くて助かってる」


 トールとは、宗一郎と月夜が世話になっている商人、つまり例の中年男性の名前だ。

 この三日間、宗一郎は幌馬車の細かい修理に付きっ切りだった。緩んでいた幌の留め具や御者台の歪みの修正、荷台側面の樽置きの調整等々。道具だけはそれなりにあったものだから、今では新古品に近い状態にまで修繕されている。


「おまけに、飯は毎日新鮮な肉にありつけるときたもんだ。それも極上な旨さに調理されてるとはな。いや、あのときあの河原に寄る判断をしたオレを今でも褒めちぎってやりてえ気分だよ」


 長蛇の列で待たされているにも関わらず、トールの機嫌は常に天晴れ傾向にあった。

 そんな彼にべた褒めされているのは、日本人で現役高校生のさかき宗一郎そういちろうおぼろ月夜つくよ。見事に異世界転移を強制させられてしまった二人は現在、日本への帰還を目指し、まず手始めに目的地として定めた超巨大な柱を目指して旅をしている最中だった。

 なお彼ら二人は今、転移時に着用していた高校の制服は着ていない。トールからの厚意によって、こちらの世界での一般的な服装を技術料や料理代の代わりに贈られたのだ。上下ともゆったりとした麻で織られた庶民的な服装で、支援物資のレザーザックの中に入ってたベルトで固定している。


「調味料を使わせてくれたおかげです。やっぱり塩胡椒はすごく大切だよ。榊くんのおかげでハーブもいくつか見つけられたしね」

「旨い飯のために努力を怠ってはいけませんってやつだよな。俺もまだ調理終わってないから、朧さん見習って腕上げていかないとなあ」

「美味しいは正義だからね!」


 食に対して妙に気炎を上げ始める二人。鹿肉と塩胡椒、ハーブのおかげで色々と振り切ってしまった気配がある。

 トール御一行がこの行列に最後尾に並んだのは本日の朝食直後。日が昇って割とすぐくらいの時間帯である。そしてもうすぐ昼時になろうとしている。


「んあ、動いたみたいっすよ」


 そろそろ昼ご飯の準備でも始めようか、と月夜と相談しようとしたところで、列の前方が騒がしくなり始めたのを宗一郎が確認した。

 これを合図に、前後の馬車の人間も慌ただしく戻っていく。どうやら列の最先端では、一定の数を同時にまとめて処理しているらしい。道端での寛ぎグッズを幌馬車内にしまい込み、トールの家族と御者が馬車に乗り込む。護衛二人はそのまま馬車の左右に配置。この三日間で二人も見慣れた光景だ。


「そういえば俺たち無一文なんですけど、この先で金銭要求とかされませんかね?」


 これからどういう場所に行くのかは分からないが、それでもこういう場所では入るのに税金を取られることが懸念される。いわゆる入市税というやつだ。支援物資に金銭の類はなかったので、納税を求められたら宗一郎と月夜は困ってしまう。

 が、トールはその辺のことはしっかり考えていたらしい。


「住民登録すれば出入りに金はかからんぞ。例外は一部の特権階級だが、そういうやつらはこっち側は使わん。あとは出入り自体が多いってことで、赤銅級以上の冒険者であれば割引対象だな。隊商は納税の対象になるが、どうせ検査があるからな。荷物検査と同時に支払いを済ませちまう」

「っていうことは、わたしたちは今回は取られるってことですよね?」

「そうなるな。だが心配せんでいい。今回はオレのほうから代払いしてやろう。返金もいらん」

「あれ、いいんすか?」

「すでに支払ってもらってるようなもんだ」


 そういうことならば、と二人はトールの提案に甘えることにした。無一文である以上、相手が払ってくれるというのならその厚意を遠慮する必要はないのだ。


「朧さん、なんか見えてきたよ」

「ん、どれどれ?」


 かっぽかっぽと緩い速度で進むこと十数分。遠目に見えていた岩壁もそろそろ目前というところまで迫ってきたところで、宗一郎は前方に何かを発見した。


「……門、かな?」

「見た目はそれっぽいけどなあ……」


 地面からほぼ直角にそそり立つ岩壁に沿うようにして、妙な造りの城門のようなものが視界に入る。しかし門の向こうはすぐ岩壁で、とても通れるとは思えない。


「転移門?」

「じゃないと使えないと思うから、そうなんだと思うけど」


 その門らしきものの前にある巨大な広場では、馬車が一台ずつ通されている。広場に入ると一列ではなく、全体に散開するように誘導されているらしい。

 宗一郎たちが乗るトールの馬車は、ギリギリ最後で今回の分に入れた。


「おや、帰還ですな。長旅お疲れさまです」

「いやいやこのくらい。星降り祭に間に合ってよかった」


 トールの馬車も荷物検査に入ったところで、衛兵らしき人物がトールと雑談を始める。顔見知りというわけではなく、入市目的を確認してのもののようだ。


「そちらの少年少女は? 書類にはない人間のようですが」

「旅先で世話になりましてな。星降り祭を知らんということで、こりゃ是が非でも堪能してもらわにゃならんと同道願ったわけです。もちろん、彼らの分の税は私が」

「なるほど、了解であります。……はい、確かに。君たちも星降り祭を存分に堪能していってくれたまえ」

「あーい」

「はーい」


 元気にお返事する二人。

 ざわざわと騒々しい広場は、これだけですでに何かの祭りのような雰囲気があった。


「ああ二人とも、マントを持ってたな。門を抜けると一気に冷え込むから、今のうちに羽織っておけよ」

「冷える?」

「門の先で?」

「まあ抜けりゃ分かるさ」


 にやりと笑うトールに、言葉の意味するところが理解できずまたも顔を見合わせる二人。

 よくよく見て見れば、周囲の人間たちも可能な限りの防寒対策を始めていた。

 こりゃほんとに寒いんだ、と理解した二人は急いでレザーザックの中から革製マントを取り出して羽織る。


「ブレザー、取り出してもよかったかな」

「いやあ、どうだろうな。あんまり普段使いしてボロボロにしちゃうのはどうしても躊躇われるっていうか……。どうにかして洗濯できる手段を確立させたいところだ」

「うん。私物だしね」


 宗一郎と月夜にとっては、日本を感じられる数少ない私物だ。他にもスマホやウェアラブル・デバイスもあるが、森から河原に移動する前にはすでにザックの中にしまい込んである。電源は落としてあるが、それでもいずれ充電は切れてしまうだろう。


「頑張らなきゃ、だね!」

「だな。家に帰ってジャージ着て布団入って思いっきり寝て、次の日には学校に行って廊下か教室で朧さんと挨拶せにゃ」

「――うん!」


 お互い揃って望郷の念にかられながら、改めて日本への帰還を決意する。

 と、そのときだった。


「お、門が開いたか。二人とも、馬車ン中に戻っておけ」

「うっす」

「はーい」


 トールの指示に素直に従いながら、一瞬だけ門のほうへ目を向ける。


「わあ……」

「うわすっげ。ああなるんだ」


 門口かどぐちとでも言えばいいのか、くぐる場所にまるでシャボン玉のように七色に光る膜が生成されていた。

 最初の馬車が膜をくぐれば、波紋を起こしながらあっという間に門の向こう側へと消えていく。

 さらに追加で二台ほど遠目から見送ったところで、宗一郎と月夜は急いで幌の中に戻る。それから数分後、馬車は少しだけ勢いをつけて、七色の膜の中へと突っ込んでいった。

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