容赦なしりん
「いやー、食った、食った!ごちそうさまでした。とっても美味しゅう御座いました」
「ありがとう」
1週間ぶりに食べるみのりん飯は格別ですわ。
ぽっこり出たお腹を擦りながら、ダイニングからリビングのソファーに移動して、もはや自分の部屋のように寛ぐ。
「はい、温かいお茶」
「サンキュー!」
洗い物を終えたみのりんが隣に座る。
別に何かあったわけではないが、みのりんが隣にいることによる安らぎの気持ちのようなものにも充実感を覚える。
ししょー、ししょー! とやかましかったお弟子と一緒だったからなおさら。
「新井くん。明日、ポニーレースの実況を頼まれたんだってね」
テレビでやっているバラエティー番組を眺めながら、多少タイミングを計るようにしてみのりんがそう言った。
「そうなのよ。鬼怒川の牧場でやったのがだいぶ好評だったみたいで、牧場長からの推薦があったみたいでさ。……もし、スケジュールが空いていたらお願いしたいって」
「すごいね。スーパーとか駅にも張り紙がしてあったよ。ビクトリーズきってのイケメン選手がポニーレースの実況をやりますって」
「あらそんなことになってた? 参っちゃうなあ。イケメン選手だなんて」
「てめえ、鏡見てんのかって感じだよね」
「…………え?」
「でも、ポニーレースの実況って、お金貰えるの?」
「まあ、一応プロ野球選手ですから。自主トレの期間とはいえ、そういう人にお願いするのに、タダってわけにはいかないからね。………別に俺はギャラとかはいらないけど、ビクトリーズという球団の建前みたいなものがあるから」
「そうなんだ。………いくらくらい貰えるんだろう」
「結局オジャンになっちゃったけど、年末のクイズ番組は、2時間番組の収録で30万円って話だったからね。…………その半分くらいじゃない? 宇都宮市相手だから、地元割もありきで」
「そうなんだ。新井くんって安くないんだね」
「そりゃあイケメ…………」
「は?」
「そんな怖い顔しないで下さい」
そのポニーレースも、北海道の自主トレから帰ってきた翌日だし、面倒臭いなあと思っていたが、ビクトリーズのお偉いさんからも宇都宮市役所のそこそこお偉いさんからも是非ともとお願いされてしまった格好。
寝る前に、レースに出場する子供達の顔ぶれやプロフィールなんかを覚えなきゃいけないのもなかなかの労力。
新井さんの力で、宇都宮市を盛り上げて下さい! と言われたら、断れるはずもなく。
「マイちゃんとさやちゃんも友達連れて応援行くって言ってたよ。私も行くから頑張ってね。終わったらラーメン食べようね」
「あなたはラーメン目的じゃないですか」
というわけでなかなか野球が始まらない中、またポニーレースが始まろうとしています。
今日は宇都宮市の清原工業エリアで産業文化祭が行われている。
近くの体育館では、地元の小学生や中学生が描いた水彩画や版画なんかが展示されていて、出店もたくさん出ていて、様々なイベントも行われている。
小学生ジョッキーによるポニーレースはその一環。
はじめは、競馬イメージアップのための1イベントであったが、年々注目度が増し、今では全国各地でたくさんのレースが行われている。
今となっては、レースの登録料を払って、牧場や施設で練習させて、いくつもの予選レースで好成績を収めなければ全国大会には出られない。
今競馬界で活躍するトップジョッキーにも、このポニーレースで活躍した経験がある騎手もいる。
特に今年のダービージョッキーになった騎手が、今の僕があるのはポニーレースのおかげと度々話したから、今年は例年以上の盛り上がり。
将来、ジョッキーを目指す子供にとっては試金石となるイベント。優勝すれば、同世代の中で抜き出た存在になるのだから、そういう意味でも単なる1イベントでもなくなってきている。
もしかしたら、将来何十億と稼ぐジョッキーになるかもしれないのだから、親御さんの熱の入り方が、部活動やクラブとはまた違う。
小学生が小さなお馬さんに乗って、拍手を受けながらパカランパカランと走るお遊戯などではなく、出場するジョッキーの親同士が闘志を剥き出しにするようなそんな熱さだ。
「こんにちは、新井さん。今日は是非ともよろしくお願いします」
みのりんやら、ギャル美さんやら、ポニテさんやらとタクシーに乗り合わせて、俺は昼の12時ちょうどに、産業文化祭が行われている清原工業団地エリアにやってきた。
この辺りには、各競技の大会が行われている、体育館やサッカーコートやラグビー場、高校野球の栃木県予選でもお馴染みの人工芝の清原球場がある場所だ。
タクシーで入れたのは工業団地の入り口前までで、もう既に会場はすごい数の人。
そこから10分ほどえっちらおっちら歩いてポニーレースが行われる広い芝生エリアに行くと、担当のスタッフに案内された。
「新井くん、実況頑張ってね」
「スマホで撮影するんだから、ヘマするんじゃないわよ」
「新井さん、噛まないように気をつけて下さいね」
一緒についてきた小娘達はお腹が空いているようで、レースまで1時間くらいあると分かると、屋台や出店が立ち並ぶ方へと離れていってしまった。
俺は人混みをかき分けるようにしてゴール地点の白テントに入り、機材の使い方やチェックを行う。
そして、鬼怒川の時と同じように、タブレットで前の年のレース映像を見て、今回出場するチビッ子ジョッキー達の顔と名前を覚えながら、レース展開をシミュレーションしていた。
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