お弟子にまで言われるとは

「こんにちはー!」




「こんちゃーす!」





「こんにちは!」





こんな真冬の山道でも、俺達とおなじように標高700メートル程の場所を目指す登山客はいるようで、20分に1回くらいの割合で、おじちゃんやおばちゃんとすれ違う。





その人達が本当に生きた人間かどうかは分からないが……………。







「ししょー」




お弟子が俺の横に追い付く形になりながら声を掛けてきた。





「どうした? 疲れたか?」






「いえ、そうではなくて。……どうしてししょーは自主トレなのに、全然バットを振らないんだろうと思いまして………。バレーとかバドミントンとか違うスポーツばっかりやって………」





「お弟子よ。君も俺のお弟子ならば、そのくらいは理解して頂きたいもんだね」





「やっぱり、ちゃんとした理由があるんですか?」





「もちろん。だって、これから先。10月頃くらいまでは、嫌でもバットを振らなくちゃいけない。犬が吠えようが、赤ちゃんが泣こうが、親が死のうが。プロ野球選手である以上、それは宿命だろう? 次にバットを握った時、新鮮な気持ちになりたいから、俺は一切バットに触らないのさ」






「へー! そうだったんですか! ………ところでししょーには、赤ちゃんが出来たんですね!おめでとうございます!!」






「は?」






「………え? だって今、赤ちゃんが泣こうがって………」





「そういう謳い文句だよ」






「なーんだ。びっくりさせないで下さいよ。まあ、ししょーはドーテーじゃないと、私のししょーじゃないですからね!」





「止めて下さい」








「わざわざ1月の北海道に来たのも、同じような理由だよ。野球はいつだって出来るけど、他のスポーツ選手と一緒に汗を流すのは今しか出来ないからね。



こんな1月の寒い時期から、バットを振る必要もないと思ったからね。2月にキャンプインしても、開幕戦まで2ヶ月もあるわけだし。


バットを振り込むのはいつだって出来るけど、他のスポーツのプロ選手と一緒に汗を流すのは今しか出来ないから。


そうしてこそ掴む新しい感覚があったりするかもしれないからね。



プロ野球の自主トレといえば、グアムだとかハワイだとかでやる人も多いけど、せっかく冬なんだからその寒さってものを自然に感じないとね。


日本人なら四季折々をしっかり感じていかないと。それでこそ、勝負どころである夏場に頑張れるってものだよ。


これは完全に持論だけど、7ヶ月8ヶ月に及ぶシーズン中、常に調子がいいというものは無理な話し。必ず浮き沈みがどこかにやってくるものだから。


ハワイやグアムで目一杯やるのはいいけど、あんまり体のピークを上げるのが早すぎるとシーズン中にバテてしまうような気がするから。


だから俺は敢えて冬らしい寒いところで、体を根本的なところからしっかりと積み上げていく感覚でやっていくんだよ」






「なるほど! ししょーも、いろいろ考えてはいるんですね」




「当たり前だろう」







「あ! 頂上が見えてきましたよ!!」








「うわあー! いい眺めですねー!!」




登り始めてちょうど1時間。最後の遊歩道を上がり切ると、そこは小高い山の頂上。



開けて雪の積もったその向こう側に、滞在していた街の風景がいっぱいに広がっていた。



ここは、さみき山という山らしく、近所の幼稚園生とか小学生がクラスの遠足やハイキングでよく使われる場所。



山の入り口は公園になっていて、真ん中にはなかなか大きな噴水がある。



登山道とは別に、車で頂上まで登れて、中腹にはアスレチックエリアがあって。陸上部だの、野球部だのが体力強化のトレーニング場所としても活用されているらしい。



俺とお弟子は思わず駆け出して、設置された柵から身を乗り出すようにして景色を眺める。



お天気のいい日にお弁当でも持って、のんびりピクニックでも出来たら最高な場所ですよ。



「ししょー! 見て下さい!あれが練習していた野球場ですね!」




「そうだねー!こう見ると結構近くにあるなー!」




「ししょー、あのビルが泊まっているホテルですよねー!」





「そうだねー!」





「ししょー! あっちにある四角い建物は、南さんとバドミントンした体育館ですよね!」






「あれは違うよー!」







「ししょー、お腹すきました!」






「俺が言うのもなんだけど、お前さんも結構自由だな」





「へ? 何か言いました?」





「なんにも」

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