ギャル美さん、遠慮なし!

山の頂上でしばらく眺めのよい景色や新鮮な空気みたいなものを満喫して、またえっちらおっちらと今度は山を下る。





また1時間程かけて山登りのスタート地点に戻った俺達は近くを走るバスに乗り込み街を目指す。




「お弟子喜べ! 今日の晩飯はジンギスカンだぞ!!」



空いているバスの1番後ろの長座席に腰を下ろし、俺がそう宣言すると、お弟子は持っていたスマホを放り投げるようにするくらい喜んだ。




「ジンギスカンですか!? やったあ! 私、ジンギスカン大好き! ジン! ジン! ジンギスカーン! なんちゃらなんちゃら、なになにほにゃほにゃ………ジン!ジン!

ジンギスカーン! なんちゃらなんちゃら、ワハハハハ! なんちゃらなんちゃら、ワハハハハ…………」






お弟子が急に歌い出したけど、うろ覚えスギィ!!





「そうだ。そのジンギスカンの前にお土産見に行こうか。近くに魚市場があるみたいだから、そこに行ってみようよ」





「いいですね! 私、お魚も大好きなんですよ!!……ジン!ジン!ジンギスカーン!」





「せめて、お魚っぽい歌を歌って!」





「例えば?」





「例えば…………まいにちまいにち、ぼくはてっぱんの〜!」




「全然お魚じゃないですよ!思いっきりたい焼きじゃないですか!」




「ええ、そうですわね」




「反応、うすっ!」





というわけで……。






「安いよ、安いよー!!」




「今朝獲れた大間のクロマグロだよー!」





「ホタテ!アワビ! こっちのザル盛りはどれでも大サービスで2000円だよー!!あと4カゴしかないよー!買った、買った!!」





バス停を降りて、他の乗客と同じように、うおおおお!と、駆け込んだ魚市場はこれまたすごい人の数。




地元の人もいるだろうし、時期的に観光客もたくさん混ざっているだろう。



背の高い大倉庫の中も、その外でも白いテントが所狭しと立てられている。



何々海産とか、魚屋なんちゃらとか、魚処なんてかなどと、たくさんの魚屋さんが互いにライバル意識みたいなのをバチバチさせてすごい雰囲気になっている。




向こうがそうくるならこっちはこうだみたいに、激しいやり合い。パフォーマンスや大安売り、大サービスの押収。



ライバル意識丸出し。もうちょっと目が合ったり、掛け声が重なったりすると、見ててヒヤヒヤするくらいですからね。



店主の奥さんやせがれが店の奥からなにかを持って現れると、店主が手をバチンバチン叩きながら、周りを歩く客の注目を集め、結果札束が飛び交う。





海なし栃木民としては、ちょっと圧倒されてしまうくらいのすごい熱気のある場所だったので休憩がてらにそこを脱出して、みのりんの声でも聞いて落ち着くことにした。







「もしもしー、山吹さーん!」




「新井くん。お疲れ様」




スマホでピッピッピッと電話を掛けると、1コール2コールですぐ彼女は電話に出た。




聞き慣れた優しく落ち着いた声色にじんわりと癒される。




「ごめんね。アフタヌーンの変な時間に電話しちゃって。今日夜勤だから、今から寝るところだった?」




「うん。全然大丈夫。……帰ってくるの明日だったよね。どう? 自主トレの方は。鍋川さんに迷惑かけてない?」




「自主トレは順調の順調ですよ。お弟子も真面目にトレーニングに取り組んでくれまして。無事、予定していたものは全て消化出来ました」





「そう、よかった。………新井くんがいないことを忘れてついついご飯多く作り過ぎちゃうよ」





「あら、まあ。寂しかったのね」




「マイちゃんとさやちゃんが来てくれるけど、2人ともずっと新井くんの話をしてる」





「あらあら。2人にも電話してあげなくっちゃ………それはそうと、今魚市場にいるんだけど、何か食べたいものある?」




「魚市場? すごい。北海道って感じだね」




「今のところ、カニかイクラにしようかなって思うんだけど、山吹さんはどっちが食べたい?」





「………うーん」





電話の向こうで山吹さんが唸るようにして悩んでいる。






「……………うー…………んー………」






前に、ラーメンと俺はどっちが大事? と、聞いた時と同じくらいの悩み方だ。







「うーん………選べない! 新井くんに任せる」





「………ええ」



約1分待たされた結果、まさかの答えなし。





でも、出来ることならどっちも食べたいというニュアンスのようだった。マジのマジでどっちも選べないのか、もしくは少しでも長く俺と電話していたいのかというところ。





札幌ラーメンのお土産がどっかにあったら買って行ってあげようと今更ながらに思い付く。





「新井くん。気をつけて帰ってきてね」




「うん。大丈夫、大丈夫。それじゃ、また明日に。バイバイ」




「バイバーイ」





若干ながら惜しむようにスマホから耳を離し、電話を切る。





「そうそう。カニとイクラはどっちがいいのかなって思って…………」





横ではお弟子もお弟子でどこかに電話している様子。





みのりんはアンポンタンだから当てにならんと、俺はその後ギャル美とポニテちゃんにも電話をしてみた。





こういう電話の時は、もれなく秒で出る現金な彼女達の答えは…………。





「そんなの両方に決まってるでしょ。北海道なんだから!どっちがだけなんて、失礼じゃない!」




というギャル美と………。






「そりゃあ、カニ鍋をつつきながら、イクラ丼をかきこみたいですけど」





というポニテちゃん。







彼女達に二者択一を迫るのがそもそもの間違いだったようだ。

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