海なし県人の憧れ

「本当にありがとうございました!」




「このご恩は絶対に忘れません!」





「一生ビクトリーズと新井さんを応援します!」




「スタジアムに応援に行くので今年も頑張って下さい!」





「なあに。いいってことよ。ちゃんと楽しんでこいよ」





飲み物飲んだだけじゃあれだし、みんなお昼はまだ食べていないということだったので細い金属枠に立ててあったメニュー表を広げながら、好きなものを頼みなと、俺は彼女達にご馳走することにした。





若鶏の黒酢あんかけ定食とか。トマトとえびのクリームパスタとか。




アミちゃんは、本格インドカリーセットとか。




みんなそういうものを注文していたんだけど、京香ちゃんを見てまたもらい泣きしたポニテちゃんが最後に鼻をズビズビさせながら……。




デラックス鉄板トリオとかいう、ステーキとハンバーグとチキンステーキが三位一体となった総重量500グラムのデカ盛りメニューをオーダー。




さらに………。




「あと、鬼盛りフライドポテトと、シーザーサラダと、このマルゲリータピザと…………最初のグリルをスープバーセットで……」





などと、涙を拭いながらメニュー表に食い入るようにして、店員さんに向かって真剣な表情をしながら必死に頼む姿を見て全員で大爆笑した。




「ち、違うの! 1人でじゃなくて……みんなで食べようと思って……」




ポニテちゃんは顔を真っ赤にしながら、そう弁解した。






おかげで京香ちゃんにも笑顔が戻り、後半はみんなで楽しいご飯会になり有意義な時間を過ごせた。








「ししょー、おはようございます!!」



JDとファミレスでキャッキャッウフフしてから数日後。




宇都宮駅前にて、今度はお弟子との待ち合わせ。今日からある意味新シーズンの始まり。



自主トレ初日の朝である。




大きな荷物を背負って、飛行機にも乗るから、耳栓とかネックピローとか色々用意しまして。




何かキャンディグミみたいなのが欲しいなと向かった、駅構内にある売店のおばちゃんともキャッキャッウフフしていた。



するとすぐ側の自動ドアがウイーンと開いて外の寒い空気と一緒に、無駄に元気な野球小娘が俺の元までやってきた。




「ししょー、ついにこの日が来ましたね!どれ程待ちわびたことか!」




赤いダウンジャケットにジーンズ姿。ピンクと白のシマシマ模様のマフラーによって彼女の短い髪の毛の先が盛り上がっている。




「ずいぶんとご機嫌だね。そんなに今日が待ち遠しかったのかい?」



俺がそう訊ねると、彼女はマフラーを外しながら白い歯をキラリと見せた。




「当たり前じゃないですか! ししょーと一緒に練習出来るんですから、お弟子にとってこれ以上の喜びはないです! この自主トレでは、たくさん色んなことを教えて下さいね!私、頑張りますので!」






本当にそう思っているのかなあ?







宇都宮駅から新幹線に乗り、品川駅まで行って、そこから京急電車に乗り換えて、羽田空港のターミナルまでやってきました。




所要時間は約2時間程。途中お腹も空きましたから、軽くうどんやらミニ親子丼やらで腹ごしらえをして、俺とお弟子は飛行機に乗り込んだのだが………。




「ししょー、向こうはきっと半袖でいけるくらいあったかいらしいですよ! 体が動かしやすそうですね!」




半袖? 今から向かう場所は、恐らく一面雪景色だと思うのだが………。




「今日の晩ごはんは何を食べるんですか? せっかくなんで、ソーキそばとかゴーヤチャンプルーとかラフテーも食べたいですね!

よかったら、お店を探しておきましょうか?結構今は、パンケーキとかスイーツのお店も充実しているらしいですよ!」




どうやらお弟子ちゃんは、沖縄自主トレだと勘違いしている様子で、座席に座ってウキウキしながら、よだれを垂らしている。




自分が今から乗る飛行機が何処に向かって行くのかくらいは分かっていて欲しいものではあるが、俺がしてあげたのはティッシュで彼女の口元を拭いてあげただけ。





後は自分の目で確かめてもらい、俺の自主トレに着いて来てしまったことをその身を持って存分に後悔してもらおう。








飛行機で飛ぶことおよそ1時間30分。無事に北海道は新千歳空港に到着しました。




気温は1度。天気がいいし、思ったよりも暖かいですなあ。




飛行機に乗ってしばらくはハイテンションだったお弟子も徐々に何かがおかしいと感づいた様子で、着陸間際になって見え始めた白い陸地。その町並みを見て一瞬にして、少し色黒なそのお顔が青ざめた。




空港から出てタクシー待ちをしている今、両肘を抱えるようにしてぶるぶる震えている。







「ししょー………もしかして乗る飛行機間違えちゃったんですかぁ? 今ならまだ沖縄に間に合いますよぉ……?」



まるで騙されて連れてこられたとか、誘拐されました。みたいなそんな表情をしている。



「鍋川ちゃん。諦めろ。これから8日間はこの北海道の地でししょーと鍛練に勤しんでもらう」




「えぇー………そんなぁー!? 沖縄行きたかった! チャンプルー食べたかった!ラフテー食べたかった! フルーツがたくさん乗ったパフェとか食べてみたかった!美ら海水族館行きたかったー!



チームのみんなにお土産約束しちゃったのにぃー! ししょーの裏切りものぉ! おたんこなすぅ!!」







水族館に行くつもりだったのかよ。





せっかく沖縄に行くならば、スキューバダイビングとかもやってみたいけれども。


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