JDを侍らす新井さん

「どうした、お弟子。お腹でもすいたかい?悪いけど今、宇都宮じゃなくってさー」




俺は引き続き父親のパソコンをカタカタといじりながら、スマホを左耳に当てる。



電話の向こうでは、なにが嬉しいのかキャッキャッキャッキャッとはしゃぐようにお弟子のテンションは高めだ。





「確かにお昼ご飯どうしよかなって思ってましたけど………。ししょーは自主トレどうするのかなと思いまして電話しました!」




「自主トレ? 普通にやるよ。1月の10日くらいからとりあえず1週間くらい」



「チームメイトのどなたかとやるんです?」




「いや、今のところ1人だが」




「それじゃあ、私もご一緒してもいいですか?」





「え? 鍋川ちゃん、お金あるの?」





俺がそう訊ねると、明らかに彼女の声色が曇った。




「………そ、それは……あんまり……ない……ですけど」




お弟子はだいぶ答えづらそうに。あわよくば、お金に関しては俺がなんとかするよという言葉を引き出すようにたどたどしく話す間に、俺は頭の中でいろいろと計算をした。





宿泊費とか飯代とか。施設利用費とか移動費とか。その他の経費をいろいろと………あと、入ってくるお金がこのくらいあるから………。






まあでも大半は経費で落ちるし、連れてってあげてもいいか。





俺はそういう結論に達した。







「自主トレ期間中は全部お金出してあげるからさ。せっかく一緒に来なよ」




「え!? 本当ですか!? ありがとうございます、ししょー!一生着いていきます!」




電話の向こうで、イヤッホウと! と飛び跳ねながら喜んでいるのがよく分かる。





「お弟子よ。その代わり、自主トレの間は俺の言うことをちゃんと聞くこと。遊びじゃないんだからね。来シーズンの行方がかかっている大事な期間なんだから、半端な気持ちでやるなよ」





「大丈夫です!分かってます! 私の心とカラダは、いつもししょーと共にあります!!」





「そのセリフ、他の人の前では絶対言うなよ。ややこしくなるから」





「………は、はあ。ししょーがそう言うなら」





なんでピンときてないんだよ。





「どころでししょー、自主トレは何処でやるんです?」




「それはまだ内緒」





「えー、教えて下さいよー。もしかして、パスポートはいります?」





「パスポートはいらねえなあ」





「飛行機は? 飛行機は乗ります?」





「飛行機は乗るねえ。ガンガン乗っていくねえ」





「なるほど、だいたい分かりました!アロハシャツとか、ビーチボールとかもあった方がいいですよね!!」






大丈夫かなあ。変な勘違いしているみたいだけど。



遊びじゃないって言ってますのに。








1月某日。午後1時過ぎ。宇都宮駅前。




自主トレに関するホテルや施設の予約や飛行機チケットの確保なんかを終えまして、いよいよお正月休みも終わりだなあと欠伸をしながら、俺は宇都宮駅側にある、ファミレスの前にいた。



今日は、ポニテちゃんをはじめとしたJD5人組との待ち合わせの日。




一体その中の何人がまだ処女なのだろうかと、胸をときめかせながら、俺は彼女達の到着を今か今かと待っていた。




「新井さーん」




すっかり聞きなれた、ポニテちゃんの俺を呼ぶ声がする。




彼女の声は今俺がいる場所から少し高い位置から聞こえた。




見上げるとそこは駅の構内から続く歩道橋。駅からそのまま出てこられて、バスやタクシー乗り場を越えるようにして歩いてこられるその場所から、手すりに少し寄りかかるようにして、ポニテちゃんが手を振っていた。



歩道橋から降りてくる階段をポニテちゃんが先頭になって歩いてくる。



その後ろを4人の女の子が2人ずつ並ぶようにして後を着いてきて、やがて俺の目の前までやってきた。





「あ」




「………あ」




一体どんなJDに出会えるのだろうかとワクワクしていたが………。




「君は確か………あの時の」





「はい、あの時のです」






ポニテちゃんを含め、5人中4人は知った顔だった。









春の2軍キャンプの体力トレーニングのメニューにあった10キロ走の中間地点であり、エネルギー補給の軽食を頂く契約になっていたカフェ、シェルバーで働いていたポニテちゃんこと、山名さやかは言わずもがな、ずいぶんと親しくなった仲だ。



その隣にいるのは、黒いツヤツヤした短い髪の毛がスポーティーな印象を受ける子がアミちゃん。



これがまた大のカレー好きで、俺がサヨナラヒットを打って、ヒーローインタビューをすっぽかしてまで行った彼女達の学園祭で手作りインド風カレーを作っていたのが彼女だ。




さらにその隣のちょっと小柄ながら、ほんのちょっとだけぽちゃっている印象の明るい表情の女の子は、綾子ちゃん。数ヵ月前にうちの近くにオープンしたパン屋さん。すずめベーカリーでアルバイトをしている女の子。


朝の工場帰りに、みのりんと一緒に何度も会っている顔見知りだ。



そしてさらにその隣。ちょっと茶色がかった長い髪の毛の眠たそうな顔の女の子もどこかで見た顔。その彼女も、俺と同じように思いだしかけたような表情をしていて……。




「新井選手。あの時ですよね。スタジアムのおでん屋さんの………」



と、言いかけた言葉を聞いて俺もようやくはっきりと思い出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る