後で牧場のスタッフが動画上げるらしいんで、それで確認して下さい。
「もしもし? 新井くん? どうしたの、心配したよ。こっちはエステ終わったよ。マイちゃんがずっと電話掛けてたけど」
聞くと落ち着く。みのりんの優しい声色が俺の耳に届く。
背中がゾクゾクします。
「ごめん、ごめん。牧場で遊んでたら色々頼まれごとしちゃってさ。今ようやく終わったところ」
「頼まれごとってなあに?」
「ポニーレースの実況をね。……そのお礼で牧場長が何かご馳走してくれるみたいだから、山吹さん達も早くおいでよ…………。ところで……マイちゃまは?」
「マイちゃまは、私の隣でご立腹です」
「でしょうね。言い訳するので代わって頂けますか?」
「分かりました」
ガチャゴソと音がしたので、とりあえず高らかにハローと声を掛けてみた。
すると、ドカーン! と爆発したような怒号がお耳に届いた。
「おバカ!! 必ず電話に出なさいって言ったでしょうが!! 何を考えてるの!?」
「申し訳ございません……」
俺はとりあえず低姿勢な感じで反省の色を表してみた。ギャル美相手ならば、基本的に間違いはない。
「聞けば、ポニーレースだかなんだかの実況をしていたそうじゃない! ……なんでそんな面白そうなこと教えないのよ!見たかったのに!動画とか撮ってないわけ?」
あっ、見たかったんだ。
「おーい、こっち! こっちー!」
実況席に座ったまま、牧場の入り口方向をぼんやり見ていると、茶色のコートを着た眼鏡さんと、明るいピンク色のダウンジャケットを着た茶髪の白ギャルさんの姿が見えた。
俺が手を振ると、わりとがめついというか、視野の広い眼鏡さんがギャル美の肩を叩き、俺の方に向かせる。
ずんずんと歩いて迫ってくる2人は、少し遠目からでも分かるくらいにつやつやとしている。
やはりちょっとお高いエステは違いますな。
「よー。2人とも、いかがだったかな? エステティックの方は」
「凄かったよ。あんなの、初めてだった。ありがとう、新井くん」
「なあに。山吹さんがさらに可愛くなってくれて俺は嬉しいですわよ。このこの!」
いつもより5割増しでぷにぷにすべすべになったみのりんのほっぺをツンツンすると、彼女はくすぐったそうに目を細めた。
「ねえ、ポニーレースは? ポニーレースはいつ始まるの?」
ギャル美がそう言いながら見渡す芝生エリアでは、既にギャラリー達が解散し始め、牧場のスタッフ達によって撤収作業が行われている。
どう考えても、レースが始まる様子はない。
しかし、分かっていても聞いておきたくなるほど、ギャル美はポニーレースをご所望だったらしい。
「レースは1回だけでさっき終わっちゃったよ」
「えー!? そんなぁ! じゃあ、あんたが馬の代わり走ってよ」
「オッケー! ヒヒーン!! ……って、なんでやねん!」
「………さぶい」
みのりんが風邪を引きそうな顔をしていた。
「ししょー! 凄かったですね!! さすがは私のししょーです!」
寒いノリのせいで、ぶるぶる震えるみのりんをギャル美と一緒にすりすりして温めていると、お弟子が空気を読まずに現れた。
一瞬だけ、は?誰?みたいな空気になるのが女社会の怖いところだ。
しかし、すぐにみのりんとギャル美はお弟子と女子プロ野球の存在を思い出し、鍋川ちゃんも会うのは、夏のいつの日かぶりだったが、2人の名前をちゃんと覚えていた。
セーフ、セーフ。
「おふたりは、ポニーレースをご覧になりましたか?」
お弟子がそう蒸し返すもんだから、ギャル美の表情がまた曇り始めた。
「それが見れなかったのよ。こいつが言わないから全然知らなくて」
「そうだったんですか。ししょー、どうして教えてあげなかったんですか? せっかくあんなに上手かったのにー」
「上手かったって、もしかして、こいつの実況が?」
「そうなんですよ! もちろん、ポニーちゃんのレースも迫力があって凄かったんですが、何よりししょーの場内実況がプロみたいに上手くって! みんな驚いていましたよ!
特に凄かったのは………ししょー、なんでしたっけ? あの、最後の直線で言ったやつ。………おさるが見ていてどうのこうのと……」
完全にうろ覚えのお弟子がそう言い掛けると、ギャル美も余計その気になって、俺の肩を背後から揺らす。
「えー、おさるがなに? 聞きたい、聞きたい! ねえ、今言ってよ! スタートからゴールまで全部!」
「覚えてるか!」
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