実況する新井さん。
「レースの5分前くらいまでは私達のマイクでお客様を案内しまして、スタート地点にポニーちゃんと小学生騎手が揃いましたら、ファンファーレがスピーカーから流れます。
その後からは、実況席の新井さんの声だけが場内に流れる形になりますのでよろしくお願いします」
「了解であります」
いざそう説明されると緊張してきますね。今すぐにでも逃げ出したいくらいですわ。
「まだレースまで時間ありますので、去年のレース映像を見ながら練習しますか?」
「あ、それいいですね。やりたいです」
男性スタッフが抱えていたタブレットで、動画配信サイト、yourtubeを開き、ここの牧場のアカウントで配信されていた動画を開く。
家庭用のビデオカメラで、すぐ側のレストランがある建物の屋上から撮影されたものだ。
動画をスタートさせるとまもなくレースが始まり、小学生達がポニーに乗って、今日と同じ芝生の上を疾走している。
「えー………ただいま先頭は今野君………その………前に、いいじま君……失礼……飯塚君……カーブを曲がっ………曲がりまして、3番の………えー……鈴木君と………田村君……それと………先頭がゴール!なんとゴールです!………先頭でゴールしたのは…………えー………みんないいレースでした……」
去年の牧場長、実況ヘタァ!!
「投票受け付け10分前となりました。まだレースの勝利ジョッキー投票がお済みでない方は、パンフレットと一緒にお渡ししました投票券に記入して頂いて、ゴール前テントまでお持ち下さい。
……………投票受け付け終了5分前になりました……まだ勝利ジョッキー投票がお済みでない方は………」
レースの時間が近づくにつれて、レースが行われる芝生エリアにはどんどんとギャラリーが集まってきている。
外ラチ代わりのロープの外側にはゴール近くから、レースのスタートを今か今かと待ちわびる多くの人で次々と埋まっていく。
いよいよ出番だと、緊張したがさっきの牧場長のヘタクソな実況を見てだいぶ気持ちは楽になった。
用意してくれたお茶で喉を潤しながら、静かに椅子に座ってその時を待っていると、背後から俺の肩が乱暴に触られた。
「ししょー! こんなところで何をやってるんですか!?」
お弟子だった。ロープウェイで上るおさるの里から戻ってきたのか。
「ちょっとレースの実況をね」
「レースの実況!? ししょーはそんなことも出来るんですか!?」
「まあ、見ててくれよ」
「分かりました! わたしは、あっちのカーブの辺りでみんなと見てるんで頑張って下さいね!!」
鍋川ちゃんはそう言い残し、俺がレースの実況をすることを早くチームメイトに伝えたいからか、うおおおっ! と、猛ダッシュしていなくなった。
「まもなく投票を締め切ります。多くの方のご参加誠に感謝しております。それではレースをお楽しみ下さい」
アイスクリームの無料券がかかった投票の受け付けが終了し、スタート地点ではポニーちゃんと5人の小学生ジョッキーの準備も整ったようだ。
拡声器を手にしていた女性のスタッフが少し遠くで頭の上で両手を振り、俺に合図した。
それを見ていた俺の隣の解説席に座る牧場長が、CDをセットした放送の機材の再生ボタンを押した。
パパパパラー! パパパパラー! パッパラ、パッパラ、パパッパラー!!
パパパラパパッラ、パッー!
パラパッパー!!
ファンファーレが鳴り終わると、集まったギャラリーが高らかに歓声と拍手が巻き起こった。
そして俺はマイクのスイッチを入れて1つ静かに深呼吸する。
「鬼怒川ふれあい牧場に、今はなき宇都宮競馬場のファンファーレが鳴り響きました。
5頭のポニーちゃんと5人の小学生ジョッキーがスタート地点に揃い、ジョッキーベイビーグレード3、下野新聞協賛、鬼怒川杯がまもなく発走になるかと思います。
実況はわたくし、北関東ビクトリーズ随一のイケメン外野手、新井時人であります!」
俺がアドリブを効かせてそう喋ると、ギャラリーが少しだけざわついた。
ただそれだけだった。
気を取り直してマイクに向かう。
「年明けに行われますグレード1、宇都宮記念への最終ステップレースにも位置付けられています。
鬼怒川沿いのセントラルターフ。350メートルのレースを制しまして、最後の宇都宮行きを決めるのはどのジョッキーでありましょうか。
さあ、ゼッケン1番の斎藤君から係員の誘導を受けまして、ゲートインがはじまりました。スムーズに進んでいるようです。
注目はやはり、去年のレースを制しまして宇都宮記念でも2着に入りましたゼッケン4番の森田君でしょう。
このレースでも1番人気。他のジョッキーと比較しましても、実績は頭1つ抜けている印象であります。
最後に1番外、5番の天野君とブチ柄が可愛らしいハリケーンランナーがゲートに入りまして態勢整いました!
スタートしました! ……少しばらついたスタートになりましたが、各ジョッキー、押して押してグングン加速していきます!」
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