全ての幼女に好かれるとは限らない。

プロ野球選手であると仄かに匂わしながら立候補した俺に、スタッフの2人はどうするかとこそこそと話し出す。


2人からしてみれば、その役を逃れる手立てが向こうからやってきた形。しかし、外部の人間に任せて良いものかと、そんな話し合いだ。



少しの作戦会議の後2人は、とりあえず牧場長を呼んできますと言って離れていった。





すぐ側で機材のケーブルを引っ張っていたおじさんが牧場長だったらしく、話を聞きながらすぐに小走りで戻ってきた。



少し咳き込みながら、マスクをしていた牧場長、2人から説明を受けると、オッケーというような顔をしてぐっと親指を立てた。



男女の2人はどうやらあまり興味がないらしく、本当にこいつプロ野球選手なのかなあと疑問に思っている様子だが、とりあえず自分がレースの実況をやることにならなくてよかったと、ほっと一安心している。




それじゃあ、早速実況席に行って色々準備を始めようかという空気になったので、その前にトイレに行っておこうと、俺は場所を聞いて確認しながら、近くの建物まで歩く。




その道中………。






「うえーん! うえーん! お馬さんに乗りたかったよう!!」







またしても、泣き叫ぶ幼女に出会ってしまった。




今年何度目だろうか。







うえーん、うえーん! と、泣き叫ぶ幼女。母親のあやしも全く効果なく、ひたすらに悔しさを露にして、涙を流し続ける。




「お馬さんに乗せてくれるって言ったのにー! あーん!!」




「しょうがないでしょう。今日はポニーレースがあるから、人が少ないんだって。ほら、お馬さんだけ見に行こう?」





「やだー! お馬に乗りたいー!!」





どうしてそんなになるまで馬に乗りたいと思うのか。何が幼女をそこまで頑なにさせるのか分からなかったが、今俺の手元にある乗馬チケットは必要ないものになってしまったので、俺は側にしゃがみ、あーん! あーん!と涙を流す幼女に、そのチケットを差し出した。




「じゃあ、お兄ちゃんのこのチケットあげるよ。これでお馬さんに乗っておいで」





「……………え?」





突然知らない男に話しかけられたからか、幼女はピターッと泣き止み、母親にすがり付いた。




母親も母親で、急になんやこいつ!? みたいな視線を一瞬だけだが、突き刺すように向けてきた。



俺の丸出しな下心感を察知されたらしい。




優しく接したからといって、それ相応の反応が返ってくるわけではないと、大変勉強になります。





「実は、ポニーレースの方に行かないといけなくて乗馬体験出来なくなっちゃったんで、このチケット譲りますよ。………もちろん代金はいらないですし。30分コースのやつですけど」





そこまで話しても、この親子の反応はちょっと警戒している形。



まあ最近では、女の子に道を訊ねただけで張り紙がされてしまうような世の中なので、警戒するのも無理はない。




親子はだいぶまだ、俺に対して怪しい感情を抱いている様子だったが、俺は半ば押し付けるようにして乗馬チケットを渡し、感謝を告げられながらその場を離れた。









そんなことがあったりしまして、おトイレに寄って、俺はポニーレースの実況席に入る。



ゴールが目の前の白いテントの中。マイクとスピーカー、そして小さな双眼鏡が置いてあるテーブルに着いた。




喉を潰して喋れない牧場長に代わって、男女のスタッフ2人が簡単に機材やレースまでの流れを説明をしてくれる。



「緑がONのスイッチ。赤い方がOFFのスイッチですね。このランプが付いている間は、マイクが音を拾いまして……。


ちょっと機材が古いのでスイッチを切っても、少しの間だけ音を拾っちゃうので注意して下さい」





「あと40分程でアイスクリームの無料券が当たる馬券ゲームを締め切りまして………」




続いて女性のスタッフが今日のイベントのプログラムでも書かれた用紙を手にしながらそう話す。




俺の純真ハートが揺れ動く。





「アイスクリーム!? 俺は、その馬券ゲームに参加出来ないの?」




自称球界1のアイス好き選手として日々活動している俺は、アイスクリームをタダでもらえるチャンスを逃すわけにはいかない。



説明を遮ってまでのアイスクリームに対する食い付きに、女性スタッフは苦笑いを浮かべる。



そして何か、牧場長と確認を取っている。




「新井さんは急遽レースの実況を引き受けてくれわけだから、うちのプレミアムアイスクリームを好きなだけ差し上げるそうです」




「プレミアムアイスを好きなだけ!? 200個くらい!?」





「いえ、5個くらいだそうです」





好きなだけちゃうやんけ!









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