ノックが様になる新井さん。
「よーし!いくぞ、お前ら! 声出せよ!!腹から声出せよ、腹から!」
「「はいっ!!」」
ビクトリーズのファン感謝祭午後のプログラムは、ファンと触れあう企画がメインである。
俺はもう幼女と文字通り触れあったのでお腹いっぱいではあるけど。
ムカデ競争をしたり、選手がスタンドまで借り物競争をしたり、クイズ大会をしたり。
そんなイベントで、なるべくファンにグッズやプレゼントを持ち帰って頂く方向に持っていく思惑だった。
そしてグラウンドでは、秋の新人戦で県大会を見事優勝した、小学生、中学生の軟式チームにプロ野球選手がシートノックをする企画に移り、小山北中学校のナインに俺がノックをすることになった。
守備・走塁コーチおじさんからノックバットを借りて、懐かしい軟式ボールの感触に少し感慨深くなりながら、中学生達と一緒にグラウンドへ飛び出す。
「おっしゃあ! サードからいくぞ!!」
と、ボール片手にバットを構えると、サードを守る坊主頭のキャプテンが、腹の奥底からも捻り出したような声を発する。
もはや奇声レベル。
そのくらい気合いが入っている。
一応プロ野球選手である俺にノックをしてもらえるということが嬉しく、誇りに感じてくれているということだ。
しかも、こんなにたくさんのお客さんの目の前で。
シートノックの1球目。
そのサードのキャプテン君に向かっていい具合のゴロを打つ。
ワンバウンド、ツーバウンドでやってきて、ちょうど膝元で捕れるようないい具合の打球。
それをよく手入れされた黒いグローブでガッチリと捕球すると、右手にボールを持ち替えて、しっかり足を動かして1塁へ送球。
ビュイーンと低く強い送球がノーバウンドでファーストの子に届く。
すると周りのナインからオッケーイ! シャッシャッシャーイ!! と声が上がって、次は横の選手がショート!ショート! とグラブをはめる左手を上げる。
ショートの子も、三遊間よりになったショートバウンドの打球をシングルキャッチで軽く捌くと、ワンステップで1塁にノーバウンド送球。
スタンドからおおーっと、どよめきの声が上がる。
セカンドの子は、少し小柄だがグラブのハンドリングは1番上手く、動きが俊敏。
体の大きい左利きのファーストの子も、守備の懐が深い感じで反射神経がいいファースト向き。
外野の3人は足は速いし、打球判断がよく、みんな肩が強くて送球も正確。
秋の新人戦は、県大会優勝だけでなく、関東大会でも2勝して3位に入ったと聞いていたからどんなもんかなあと思っていたけど予想以上。
間違いなく全国区のチームだ。
「よーし、次外野ねー! レフト行くよー!!」
「オーイッ!! レフト! レフトォ!!」
秋の中学生チームなので、3年生は引退していて、2年生中心のチームだと思われるが、みんないい体つきしてますわ。
言われなきゃ、高校2年生、1年生と勘違いしてしまうくらい、特にレギュラーの選手はいいガタイをしている。
俺が中学生の時なんて、身長は170センチだったが、体重は60キロなかったからね。
学校の身体測定では、57キロとか58キロとか。ガリガリではないけど、野球やってるわりにはちょっとひょろいなって、そんな感じ。
クラスにいた、陸上部やサッカー部の友達と変わらないくらいごくごく普通の体つきだったのをなんだか妙に覚えている。
監督や保護者のお父さんからも、もっと肉付けなきゃダメだ!なんてよく言われたものだ。
メシはどっちかといえばよく食べる方だとは思うんだけど、食っても食ってもなかなか太らなかった気がする。
ビクトリーズに入ってからは、プロのトレーナーや栄養士のご指導の元トレーニングに励みまして、ギリギリプロでやっていける体をつくることが出来ました。
もちろん、眼鏡嬢の頑張りも大きな助けになった。
そこで思ったのは、その方法や知識をもっと早く知りたかったということですね。
「よーし、最後1本バックねー!」
「「オオッシャーイ!!」」
「まずはレフトー!!」
ボコォッ!!
プロ野球選手による夢のシートノックタイムも、もう終わり。与えられた10分間もあと1分ほどを残すだけになり、最後は1人1人に、渾身のバックホームを見せてもらう。
レフトから、センター、ライトと。
外野から気合いの入ったダイレクトのバックホームがズバズバと返ってきて、内野陣も近距離で打球を捌き、キャッチャーへ正確なボールを送る。
左利きのファーストの選手が1塁線の打球を逆シングルで軽やかに処理して、俺の側まできて脱帽し、シャッシャッシャーイ! と挨拶をする。
後はキャッチャーの子を残すだけ。
右手でボールを上げて、バットを目一杯握り、俺も青空に向かって渾身のアッパースイング。
ボコォッ!
と、木製バットで軟式ボールを打ったなんともいえない音が鳴って真上にフライが上がる。
真っ直ぐ上に上がって、弧を描くようにしてホームベースに返ってくる素晴らしいキャッチャーフライだ。
「オーライ! オーライ!!」
と、キャッチャーの子が両手を広げながら、落ちてきたそのボールを大事にキャッチした。
そして1列に並ぶチームメイトの列に加わる。
そして全員が規律の取れた動きで再度脱帽し俺に頭を下げる。
「「ありがとうございましたっ!!」」
強いというのがよく分かる県大会優勝チームらしい無駄のないシートノックに、スタンドからは大拍手が巻き起こった。
「おーい! せっかくだから、みんなで写真でも撮るかい!!」
と、俺は野球部の子供達に声を掛けた。
するとその6割坊主頭の連中は、ノックの時とはまた違うハキハキした声でお願いします!と、返事をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます