最後の道程
春嵐
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ゆっくり、踏みしめるように。歩いていく。もう、この道を歩くことは、ない。
いつも隣には彼がいて。この道には、彼との思い出がつまっている。
この横断歩道で止まって。青だけど、彼が来るまで待ったりして。そして、二人で歩く。そういう日々だった。いま、彼はいない。
彼が来るんじゃないかと思って、青信号なのに立ち止まっている自分がいる。何か、無理なものを願う。そんな気持ちで。前に踏み出す力がなくなったみたいに、横断歩道の前で立ち尽くす。彼がいない。それを、心も、身体も、認めていないらしい。
振り払って。歩こうとして。信号が変わってしまった。一分半。待たされる。彼を待つ、最後の一分半。絶対にここへ来ることのない彼を、待つ。
信号がまた青になる。ゆっくりと、右を見て、左を見て、もう一度右。彼は、いない。
横断歩道を渡った。彼がいない。それが、なぜか実感として私を包んでいく。今度は、振り払えない。ただ、わたしの足は歩き続ける。
彼と寄ったコンビニ。冬になるとイルミネーションが見える大通り。夏場ひとやすみする木陰。無理矢理連れ込んで一緒にコーヒーを飲んだ喫茶店。彼が一度入ると30分は出てこなくなるレンタルCDショップ。ひとつずつ、見て回っていく。記憶に焼き付けるように。
レンタルCDショップの、いつも彼が最初にチェックする棚に。彼がいるような気がして。行ってみたけど、誰も、いなかった。よく知らない音楽が、へんてこな紹介文とともにたくさん並べられている。何回か彼に聴かせてもらったけど、よく知らない英語ばかりでぜんぜん分からなかった。
彼はいない。
レンタルCDショップを出れば。もう、どこにも寄る場所がない。公園のベンチしか。残っていなかった。
公園のベンチには行きたくない。彼と最初に、手を繋いだ場所。見たら、泣いてしまうから。自分の左手。彼の右手を、探してさまよう。彼はいないから。わたしの左手には、何もない。何も。
どこへも行けなくなった、わたしが。ぽつんとひとりだけで、取り残されたみたい。彼に会いたい。
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