背番号0番〜2nd Season〜
青濱ソーカイ
プロローグ:夏だ!部活だ!合宿だ!
北雷高校では毎年夏休みが始まった初めの一週間で夏期講習が行われる。各教科の一学期の学習ポイントを二学期に備えて再度教える講座や、それを踏まえた発展内容の講座などバリュエーションに富む。ちなみに学年を問わず一人二つは講座を取らなければいけない仕組みだ。さらに受験生のために英語、数学、国語の講座が開かれるなど、進学率を重視する私立らしい様子も見受けられる。
その初めの一週間が終わると、いよいよ本格的な夏休みだ。夏期講習期間の間は午前中に講習があるため部活は午後からとなっているが、その後は午前から部活が出来るようになっていた。
そして、七月三一日の午後、旧体育館は大騒ぎだった。
「ボール大丈夫か?」
「カラーコーン入れました!」
「シューズ忘れんなよ!」
明日からの合宿に備え、ボールや普段の練習で使っている道具をまとめているのだ。
バタバタやっている間に、途中で抜けていた神嶋と能登、設楽の三人が腕に段ボール箱を抱えて戻って来た。
「ジャージ来たぞ〜!」
「スポーツバッグも!」
「全員一旦作業止めてこっち来い!」
その声に歓声が上がり、旧体育館の入り口に人が集まる。
「ジャージはサイズごとに人数を確認したはずだから自分のサイズの持ってけ。名前確認しっかりな。スポーツバッグも持ってけよ」
設楽がそう言い、まず二年生が手を伸ばす。
「お〜!ジャージかっこいいじゃん」
「ユニと同じだから今度こそハチみてえ」
「うわ、背中のロゴ思ってたよりもいいな、コレ!」
「スポーツバッグ謎に強豪感あるわ」
例のスポーツバッグの件とスピーカーの件とボールの件があってから、間宮はすぐに部活ジャージとスポーツバッグを購入する旨を部員たちに伝えた。
ちなみに、スピーカーは学校から与えられている予算内でBluetoothのスピーカーを購入した。そしてその後吹奏楽部には全員で頭を下げに行った。
テニスボールもテニス部に返し、新たに購入。自分の知らないところでとんでもないことをやらかされていた間宮のショックは相当だったらしく、ただでさえ白い肌が今度こそ石膏のようになっていた。
そんな訳で本日ようやく到着したジャージは、黒を基調としたデザインである。上着の胸から上は全て黄色で、その背中には白で「Hokurai VBC」と刻まれている。ズボンと袖には黄色いラインが入り、左胸には各自の名前が入っている。
スポーツバッグはジャージと同じく黒地。そして「Hokurai VBC」と各自の名字が同じくローマ字で入っている。全体的に黒でまとまっているためユニフォームと同じく威圧感が否めない。
「全身ほぼ黒って夏暑いよな」
という至極真っ当な意見もあったが、
「全身黄色は嫌だ」
という意見が勝ち、黒を基調としたデザインになったのである。
練習の際のTシャツを購入するかという話もあったが、それなりの枚数を揃える必要があるという話になりそれは消えた。
「明日からの合宿、練習にはそれを着て参加すること。練習のときは下はゲーパンでもいい。楽な方にしとけ」
ゲーパンとはバレーボールという競技特有のあの短いズボンのことである。正式名称はゲームパンツだが、略してゲーパンと呼ばれることが多い。
「それぞれ確保したら自分のロッカーに入れて、そしたら作業再開!さっさとやるぞ!」
能登が指示を飛ばすと、また旧体育館の中が騒がしくなった。
その日の夜、海堂はいそいそと持ち物の確認をしていた。
「着替えは入れた。筆記用具も入れた。パソコンも入れた。充電器も入れた。スマホはこれから充電する。タオル類もある」
アレやコレやと確認していると部屋のドアが開いて母親が顔を見せた。
「聖」
「何、お母さん」
「明日から合宿でしょ?」
「ん」
「何か足りないモノとか無い?大丈夫?」
「うん。遠征セットにいくつか足すだけだから」
「なら良かった。先に寝るね。おやすみ」
「おやすみなさい」
遠征セットとは、中学時代の泊まりがけでの遠征のときに持ち歩いていたモノ一式のことだ。着替え、タオル、風呂場で使う石鹸類を一つの入れ物にまとめて入れて、それをスポーツバッグに突っ込むだけ。
意外とうっかりしている海堂が、遠征のときに絶対に忘れ物をしない唯一の方法なのである。
支度を終わらせ、時計を見る。まだ十時半だ。普段ならあと少し起きているのだが、明日の朝は七時半に学校に集合の予定になっている。少し考えた海堂は布団を敷き、そこに横になった。
(合宿、合宿……)
朝から晩までバレー漬けの一週間が待っていると思うと、あまりに楽しみすぎて眠れない気がする。しかしそわそわしながらゴロゴロしているうちに、眠気がにじり寄って来てくれた。眠気に押し負け、瞼が落ちる。
翌朝は早朝からよく晴れていた。まだ八時にもなっていないというのに強く照りつける陽射しを浴びながら、海堂は一人いつもの通学路を辿る。
「海堂!」
学校の近くの坂を登っているところで後ろから声をかけられた。振り向くと大きく手を振る川村と、その隣でフラフラしている野島がいる。
「おはようございます」
「おはよう」
「……野島さん、具合悪いんですか?」
フラフラユラユラしながらうつらうつらしている野島の顔を覗き込むと、川村は苦笑いした。
「眠いだけ。大体いつもこうだから」
「朝弱いですよね」
「めっちゃ弱い。でも昔から」
坂を登りがてら話していると、正門前には見慣れたバレー部の面々が揃っていた。
先に来ていた部員たちが校舎に下ろしていた荷物類を運んでくれたらしく、その後はスムーズに行った。マイクロバスに荷物を積み込み、後は人が乗るだけ。総部員数は十三人なので、何をするにしても指示が通るまでのタイムロスが少ない。
神嶋が点呼を取って全員乗り込んだことを確認すると、バスが動き出した。しばらく普通の道路を走り、その次に高速道路に入る。すると、設楽が声を上げた。
「改めて今日からの合宿について俺と聖で説明する。そんなに長くはならないし重くもないからちゃんと聞いとけよ」
その言葉に返事があり、それを受けた設楽が話し出す。
「まず、俺たちがこれから向かうのは東京都青梅市に造られた国立第二スポーツセンターだ。東京の埼玉寄りの場所に建ってる。着くまで大体あと二時間くらいだな。秋からの本オープンに向けたプレオープンの抽選に応募したところ偶然当たった。そういうわけで、格安で最新設備の揃う空間で一週間バレー漬けになれる」
「今回の合宿では他に三校のバレー部が来ることになっています。私からはその説明を。まず、一校目は埼玉県立鹿門寺工業高校。地元では『ロクコウ』という愛称で親しまれている工業高校で、コーチの出身校でもありますね。埼玉県ではバレーと言えば鹿門寺、鹿門寺と言えばバレーと言われるような学校だそうです」
「あと食堂の味噌汁が美味い」
「バレーに関係ないですね」
海堂の無慈悲な言葉に失笑が起こり、設楽は決まり悪そうに目線を逸らした。
「次に、山梨県立甲斐南第一高校です。こちらも『山梨の雄』と讃えられる全国区レベルの学校となっています。主力選手に二年生が多く、学年の編成としてはサンショーに近い。去年も似たような編成で春高ではベスト十六入りを果たしていますので、相当な力があると思っていいでしょう。……そして最後に、静岡青嵐学園」
その言葉に車内が騒つく。
「さすがに皆さん知ってますよね。昨年度の春高ではベスト四入りを果たしました。そしてこの学校、ユースの登録選手が一人いるんですが、名前知ってます?」
ポカンとした車内の反応を見て海堂は口を開いた。
「六平幸也。静岡青嵐の副主将兼エースです。圧倒的なパワーと回転をかけることをはじめとした繊細な技術を合わせ持つプレーヤーで、さらに左利き。柳原の上位互換と思って構いません。六平幸也の攻略は、柳原将司の攻略にも繋がります」
つまり、と海堂が言葉を繋ごうとすると、野島が口を挟む。
「六平幸也を攻略出来れば、柳原も攻略出来るって言いたいワケ?」
「そうです」
ズバッと言ったわりには野島は半分目を閉じている。まだ眠いらしい。
「そういうわけで、この合宿、質の高い美味しいエサがゴロゴロしてます。片っ端から食いちぎって骨の髄まで吸い取って、何なら骨まで噛み砕いてレベルアップして横須賀に帰りましょう」
多少物騒な言葉で締めた海堂は設楽にバトンタッチする。設楽からは宿舎の説明や施設の説明がされることになっていた。
「今回俺たちが使える練習用の設備は、第一から第四体育館とプール、ジム、ロードワークコースの四つ。ジムはやりたいヤツだけやってみるといい。やりすぎてケガとかしたらその場でブッ飛ばす。え〜、そうだ。体育館の横にシャワールームなんかもあるから、各自の判断で使え」
シャワールーム、という単語に数人が反応する。練習後すぐに汗を流せるのはありがたい。
「あとは宿舎だが、部屋は全員一緒。現地で見たら分かるけどめっちゃデカい建物だ。お前たちが使うのはA棟の四階。和室だから布団敷いて雑魚寝な。ケンカすんなよ。特に和樹と凉。お前たちいつもケンカするくせに一緒にいるからめんどくせえんだわ」
釘を刺す一言にムッとした二人以外の部員がゲラゲラと笑う。
「で、宿舎から歩いてすぐのとこに食堂と風呂場とプールのある建物がある。基本的にメシのときはここだ。風呂は特に時間帯は決めない。各自で入れ。他校生とケンカすんなよ。サウナもあるらしいから使う分には良いけど倒れる前には出ろ。素っ裸の一八〇センチ越えの男なんぞ担ぎたくねえから勘弁してくれや」
「コーチ、俺は一七八です!嫌味ですか!」
久我山のふざけた一言に二年生が手を叩いて笑う。
「クガチャンおチビだもんネ〜」
いつの間にやら目を覚ましていた野島がそうからかうと
「うるせえ!」
と笑いを含んだ怒声が上がった。
「コーチ、一八〇越えの素っ裸の男が嫌なら私は大丈夫なんですね?」
海堂の涼しい声音に設楽は顔を強張らせる。
「いや、え?」
滅多に冗談を言わない海堂の冗談に設楽は対応出来ない。だがそれを分かっている部員たちはその様子を見てニヤニヤ笑う。
「だって、さっき一八〇越えの男は嫌だと言っていたじゃないですか。私は一七三センチですし、男でもありません。条件は満たしていますが?」
「いや、あ〜、ええ……?」
「冗談です。サウナなんて暑いから使いませんよ」
意地悪く笑った海堂と周囲の反応を見て、設楽は複雑な表情で口を閉じた。
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