あなたにニュースを届けたい

崇期

ニュース・ステラへの思い

 三年ほど前にいつの間にかなくなった番組、朝の5時10分からFFC福岡一番放送でやっていた「ニュース・ステラ」は私の毎朝の楽しみだった。


 当時私は高校生で、パニック障害を発症していて──そのときはそんな病名のことは知らなかったので「神経症」と大ざっぱに呼んでいた──バスや電車に乗るのが難しくなり、学校へは母に車で送ってもらっていた。建設会社で働く父とサラリーマンの二人の兄、そして私と、四人分のお弁当を作る母。その母が5時には起床していたので、付き合う形で、私も早起きをするようになった。これがステラとの出会いとなる。


 私は料理のような込み入った家事は苦手で、女子としてはひどいだろうが一切手伝わなかった。卵焼きの端っこやちくわの焼いたやつなどをちょこちょこつまみ食いしながら「ニュース・ステラ」を視聴していたあの日々、今でも舞い戻りたい。


 ステラのアナウンサー、山口さんは見た目は柔道家みたいなのに、声はやや女性的なやわらかな質感で、テレビのすぐそばで聴いていても、風邪で寝ているときに遠い部屋から洩れ聞こえていた声のような薄さがあって、起きぬけの頭には好ましかった。

 もう一つ気に入っていたのは、その時間帯のニュースとなると、ほとんどが昨晩の世界の出来事をそのまま引いてきているだけであって、「もうとっくに知ってるよ」と気楽に構えて見ていられるところだ。私の記憶を信用して言うと、早朝の火事、などはステラでは一度も聞かなかった気がする(本当になかったのだろうか)。


 ニュースというのは、朝知ったものが夕方そのままになっていることがない。学校から帰宅すれば、立てこもり犯は捕まっており、総理は予定していた会見をとっくに終え、天気予報は当たらず一日くらい平気でずれ、近所で起こった交通事故はすでに遠い過去のように語られる。

 そんな夕方のニュースのめまぐるしさが大嫌いだった。ニュースに好きも嫌いもないだろうとは思う。まあ、「僻見へきけん」というものかな。こういう言葉も、高校時代の多感さを利用していっぱい覚えた。


 いつも、昨晩のニュースを見そびれた人たちのための親切な複製。まだはっきりと動いていない世界のほんの入口。コーヒーに垂らすミルクのように静かにそっと流しているだけの早朝のニュースは、心の健康状態に振り回されがちだった私のためにそうあってくれているような、理想的な、一種の娯楽番組だったのである。




 

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