第10話 行方不明の妃殿下
カーヌス神聖王国の国王、エセキアス・カルデロンとルーナティア・リーベラの結婚式の翌日、城は天と地が引っくり返ったような騒ぎになっていた。
――――初夜を迎えたはずの王妃が、寝室から忽然と姿を消したのだ。
ありえない一報に、城の者達は震え上がる。
すぐさま、閣僚や官僚、執事や召使いから下男、下女まで総動員して、ルーナティア妃殿下の捜索がはじまった。
しかし敷地内を隅々まで探してもルーナティア妃殿下を見つけられず、困り果てて、何を考えたのか、絶対に人間が入ることができなさそうな、小さな箱の中まで、覗き込む者まで現れた。
「朝から騒々しいな・・・・」
早朝、召使い達の騒々しい足音で叩き起こされた俺は、眠気を引きずりながら、騎士団の兵舎に向かっていた。
「エンリケ!」
追いかけてきた足音が、俺の隣に並ぶ。
「エドアルド」
エドアルド・アルフレドは俺の友人で、スクトゥム騎士団の副団長だ。地位は少佐で、副団長と呼ばれるよりは少佐と呼ばれることを好む。
黄金色の髪を持ち、女性に好まれそうな細面の痩身の美男子だが、爽やかな見た目とは裏腹に、かなりの毒舌家だった。
「ルーナティア妃殿下が行方不明らしいぞ。話は聞いたか?」
「直接は聞いていないが、召使い達が大声で妃殿下の名前を呼んでいるところを見ると、ある程度状況が把握できる」
「お前がこんなに早起きとは、珍しい」
「・・・・この騒ぎで眠っているほど、俺も図々しくないぞ」
「そうだったのか、俺はお前の図々しさを見くびっていたようだ」
「あのまま部屋にいたら、絶対騒ぎに巻き込まれると思ったから、今のうちに、どこかに逃げようと思ってる」
「・・・・俺は見誤っていた。お前の図々しさは、俺の予想を遥かに超えている」
「団長! 副団長!」
そんな馬鹿な会話をしながら、スクトゥム騎士団の兵舎に向かうと、俺の到着を待ち構えていたスクトゥム騎士団の団員達が、いっせいに敬礼した。
そこには、俺の上司にあたる、閣僚の一人、アルセニオ卿までいた。立派な顎髭と、いい音が出そうな太鼓腹が彼の特徴だ。
彼は、二回りも下の俺が、騎士団長の役職を#
「・・・・お早いお越しだな、カルデロン卿」
顔を突き合わせるなり、彼は嫌味をたっぷりと言葉に乗せてきた。
「残念、逃げられなかったな、エンリケ」
ついでに嫌味を言ってくるエドアルドの脇腹を、肘で小突く。
「おはようございます、アルセニオ卿」
「ああ、おはよう。・・・・お目覚めの直後で悪いが、さすがに鈍い君でも、この騒ぎには気づいているはずだ」
「妃殿下が姿を消した件についてですね」
「召使い達を総動員して、城内を捜索させたが、ついに妃殿下を見つけられなかった。城の外に出たとしか考えられない」
「家族や、友人の元へ行ったのではないでしょうか? あるいは、町に出かけたのかもしれません」
「リーベラ家にはすでに使いを向かわせたが、妃殿下の脱走については何も知らなかった。妃殿下には他に、匿ってくれるような知りあいもいない」
アルセニオ卿もすでに、新婦がエセキアスとの結婚に二の足を踏み、実家に逃げ帰った可能性を考慮して、調査していたようだ。
だが、収穫はなかったらしい。
「では、町での目撃情報は?」
「聞き込みをさせたが、一つもなかった。妃殿下は、ウェディングドレスのままいなくなった。目立つ格好だ。見かけたら、誰かが報告しているはず」
「・・・・・・・・」
「スクトゥム騎士団には、城の周辺の捜索を任せたい」
ざっくりした指示に、俺は頭痛を覚えた。
「妃殿下がどちらの方向に向かったのか、それもわからないんですか?」
「寝室の外の庭に足跡があったが、普段召使いも行き来する場所なので、妃殿下の足跡を特定することはできん」
「妃殿下は何を持っていったんですか?」
「結婚式の後に、寝室に入ったんだぞ? 数人の#
(手がかりはないってことか・・・・)
オレウム城の敷地は目眩がするほど広大で、その周辺となればさらに面積が広がる。具体的な指示がないまま、どう捜せというのか。スクトゥム騎士団だけでは、どう考えても人員が足りない。
(といっても、ここで無理だと答えようものなら、昼過ぎまでずっと嫌味を言われ続けるな・・・・)
アルセニオ卿は、俺に嫌味を言う瞬間を、虎視眈々と狙っている。それがわかっているのに、わざわざこちらから、機会を与えてやる必要はない。
「それでは、すぐに捜索に取りかかります」
するとアルセニオ卿は、面白くなさそうな顔をする。
「まずは、現場を調べ直す必要があるでしょう」
「おい! 城内はすべて調べたと言っただろう!」
動き出そうとすると、アルセニオ卿に止められる。
「貴公らには、城の外の捜索を任せたいと言ったはずだ! 勝手な判断をせず、指示に従え!」
「ええ、それはわかっていますが、闇雲に捜すには、あまりにも範囲が広すぎます。人員は限られていますから、妃殿下が逃げそうな場所を捜さなければ、無駄に時間を浪費するだけでしょう」
「・・・・っ!」
アルセニオ卿はぐっと、喉に声を詰まらせる。
「・・・・では、早く捜索をはじめたまえ」
「仰せの通りに」
アルセニオ卿は身を翻して、城へ戻っていく。俺も身を翻し、スクトゥム騎士団の団員達と向かいあった。
「みんなももう知ってると思うが、妃殿下が行方不明になった。まずは、妃殿下が向かいそうな場所を特定する必要がある」
声を張り上げると、団員達の背筋が伸びた。
「リノ、お前はコンラド達を連れて、妃殿下の交友関係を調べてくれ。着の身着のまま逃げ出したのなら、誰かを頼る必要があるはず」
「わかりました」
「フィデル達は、妃殿下に協力しそうな侍女や侍従がいないか、調べるんだ。協力者がいないかぎり、一人での脱出は難しいはず。リーベラ家にゆかりがある人物から調べろ。それからベルナルドは部下を連れて、城壁沿いを調べてくれ。国王の寝室がある、西側の付近から頼む」
「はい、お任せください」
団員達はいっせいに、敬礼する。
団員の中でも精鋭の三人、ベルナルド、リノ、フィデルの三人は、スクトゥム騎士団の要だ。
ベルナルド・エルミニオは、体格がいい団員の中でも、さらに背丈に恵まれていて、群衆の中に混じると、頭が飛び出すほど長身だった。怪力の持ち主で、普段は穏やかだが、時々、気性が荒い面が顔を出すこともある。
亜麻色の髪にそばかすという特徴を持つリノ・パブロは、陽気な性格で、ベルナルドとは対照的に、団員の中でもっとも小柄だ。ベルナルドと並ぶと見事な凹凸コンビになる。その体格と、素早さを生かした攻撃を得意とする。
フィデル・モデストは剣術と魔法に秀でていて、攻守に優れている。黒髪に黒目で、外見は凡庸、お喋りではないが、それほど無口でもなく、彼のことを印象が薄いと感じる人も少なくないようだ。
その特徴を生かして、諜報員としても活躍している。忠誠心が高いスクトゥム騎士団の中でも、彼の忠誠心の高さは群を抜いている。
優秀な人材がそろっているスクトゥム騎士団の中でも、この三人はかなり重宝する存在だった。
「着の身着のままで城から抜け出したようだから、体調が心配だ。疲れているだろうが、妃殿下を早く見つけられるよう、職務に努めてくれ」
「はい!」
スクトゥム騎士団の騎士達は、背筋を伸ばす。
「・・・・まったく、結婚式の翌日に、妃殿下もとんでもないことをしてくれたもんだ」
だが中には、不満を口にする者もいた。
「俺達は、スクトゥム騎士団だぞ? 敵と戦うことが役目だ。行方不明のお嬢さんの捜索は、管轄外だぞ」
「まったくだな」
「おい、めったなことを言うな」
すぐに注意すると、彼らは背筋を伸ばす。
「す、すみません」
「お前達は、ベルナルドを手伝ってくれ」
「了解です」
「それじゃ、持ち場につけ。アルセニオ卿に嫌味を言われないよう、真面目に取り組むんだ。わかったな?」
「はい、団長!」
「俺達はとりあえず、脱走の現場を見てくる。それじゃ、解散」
団員が散っていく。
俺達もすぐに、国王の寝室の真下にある裏庭に向かった。
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