悪意の学園
瑞樹(小原瑞樹)
プロローグ ー少女達の友情ー
「大人ってさ、ちょろいよね」
放課後、人気のなくなった教室で1人の女子生徒が呟いた。制服のシャツは第2ボタンまで外され、小ぶりのネックレスが襟元から覗いている。プリーツのスカートは何重にも折り返され、ほっそりとした脚には短い丈の黒いソックスを合わせている。少しだけ茶色く染めた髪は背中まで伸ばされ、毛先だけゆるく巻かれている。着崩した制服はいかにもこなれた雰囲気を醸し出していて、クラスの中心的立場にいることを窺わせる。
「ちょろい? どういうこと?」
彼女の後ろの席に座る別の女子生徒がきょとんとして尋ねた。前の席にいる女子生徒とほとんど同じような服装と髪型をしていて、襟元から覗くネックレスはお揃いのものだ。ただ1つその顔立ちだけが、前の席の女子生徒よりも幾分あどけないように見える。
「ほら、こないだの英語の授業。あたし課題やるの忘れちゃってさ。でも、ごめんなさい次絶対出しますって先生に泣きついたらあっさり許してくれて」
「そうなの? いいなー沙絢は。ユイなんか放課後残ってやれって言われたよ」
“ユイ”が頬を膨らませた。表情がますます子どもっぽい雰囲気を醸し出している。教室にいるのは彼女と、前の席に座る“沙絢”だけで、“沙絢”が“ユイ”の方を振り返り、“ユイ”の机を挟むような格好で話していた。
「ユイはさ、下手なんだよ。理由聞かれたら正直に忘れてましたって言っちゃうでしょ? それじゃダメなんだよ」“沙絢”がさもわかったような顔で髪の毛を指に巻きつけた。
「じゃあどうすればいいの?」ユイがむくれながら尋ねた。
「とりあえず怒られそうになったら先に謝っちゃうこと。先生ごめんなさいもうしませんって言って、思いっきり反省してますって態度見せるのがコツ。そんだけ反省してるなら許してやるかって気になるでしょ? そしたら今度は相手を褒めまくるの。先生優しいありがとう大好きって。お世辞だってわかっても嫌な気はしないじゃん?
で、1回可愛い奴だなって思ってもらえたらもうこっちのもの。他の先生に怒られてる時とかも味方になってくれるんだよ。まぁまぁ先生、こいつも反省してますからそれくらいにしときましょうよって。簡単だよ?」
「えー、そんなんでホントに上手くいくのぉ? それ、沙絢だから出来るんじゃない?」ユイが懐疑的な声を上げた。
「ユイだってやれば出来るよ。あたしと同じようなキャラしてるんだから」
「うーん、そうかなぁ? ユイ、沙絢みたいに上手く出来るかなぁ……」
「大丈夫だって。ユイは笑ったら可愛いんだから。その顔、使わなきゃ損だよ?」
「そっかぁ。確かに沙絢、いろいろ得してるもんねぇ」
ユイは感心した顔で頷いた。友人のアドバイスに心から納得しているように見える。
「でもさ、たまにちょっと怖くなるんだ」沙絢が頬杖を突きながら言った。「こんなに何もかも上手くいっちゃっていいのかなって。そのうちすっごい悪いことが起こるんじゃないかって」
「えー、沙絢に限ってそんなことないよぉ。沙絢友達多いし、先生にだって気に入られてるじゃん?」
まぁね、と沙絢がまんざらでもなさそうに言う。思いつきで言っただけで、本気で心配しているわけではなさそうだ。
その後も2人はお喋りを続けた。芸能人のこと、新作のコスメのこと、友達のこと、恋愛のこと。いくら話しても話題は尽きない。他愛もないことで笑い合って、また明日と言って別れる。そんな日々がずっと続くものと思っていた。
卒業しても就職しても、結婚してもおばあちゃんになっても、自分達の友情が終わることはないのだと信じていた。
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