第26話
陽が差して明るくなった薔薇園に、ふたりの男はいた。
「さぁて、ひとつの問題は片付いたから、もうひとつの方に行くとするか」
フルスゥイングはボリボリと後ろ頭を掻きながら言う。
彼はすでフレンドリーであったが、まだおっかなびっくりといった様子でサダオは尋ねた。
「なっ、なにか、問題を抱えているのですか?」
「ああ。アクヤさんのことで、もうひとり締め上げなきゃいけないヤツがいるんだ。そうだ、お前も一緒に来い」
それだけ言うと、フルスゥイングはさっさと歩き出す。
普段は何事にも消極的なサダオであったが、アクヤのことと聞いては黙っていられない。
「はっ、はい!」と返事をしつつ、フルスゥイングの背中を追いかけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
向かった先は、薔薇園からほど近い、彫像と噴水あふれる広場。
このゲッツェラント城の周辺には、このような憩いの場所がいくつも存在する。
裸婦像が立ち並ぶ噴水、その前のベンチでは、複数の令嬢たちひとりの令息を取り囲んでいた。
楽しそうな笑い声が弾けるそのベンチに、ずんずんと近づいていくフルスゥイング。
まるで道場破りにでも来たかのように、彼は叫んだ。
「おい、ハーフストローク! ちょっと、話があるっ!」
ベンチの令嬢たちは野暮な乱入者に、批判的な視線を向ける。
しかしその真ん中で足を組んでいた令息、ハーフストロークが一言、
「女の子たち、悪いけどちょっと外してくれないかな。僕もちょうど、彼に話しがあったんだ」
すると、令嬢たちは渋々ながらもベンチから離れていった。
誰もいなくなったところで、ハーフストロークは空いたところに座るようにフルスゥイングに勧める。
しかしフルスゥイングは断るかわりに、いきなり話を切り出した。
「お前がスピッツについて変な噂を流して、みなから無視されるように仕向けたというのは、本当か!?」
するとハーフストロークは、穏やかな笑みを浮かべる。
まるで無垢な動物の赤ちゃんでも見ているかのように。
「なんだ、改まってやって来たと思ったら、そんな話をしにきたのかい? そうだよ、僕だよ」
「討伐のとき、お前が拳を収めろといったから……。俺はスピッツを殴らずに、お前に任せたんだ! なのに、あんなことをするだなんて……!」
「あんなことって、心外だなぁ、アレはキミのためを思ってやったことなのに」
「俺のためだと!?」
「そうだよ。あの手の手合いは殴っても反省なんかしないからね。それにどんな正当な理由であれ、殴った時点で彼女は被害者となって、あることないこと言いふらすようになるんだ。そうなると、キミの立場も危うくなっていたかもしれないよ?」
「だ……だからと言って、あそこまで追いつめる必要はないだろう! 彼女は本当に苦しんでいたんだぞ!」
「うーん、それも心外だなぁ。これもキミのためを思ってやったことなのに。正確には、アクヤさんのために、かな?」
「アクヤさんのため……?」
「そうだよ。アクヤさんは過去、噂に悩まされて、何を言ってもまわりから信じてもらえない無力さを味わったことがあるんじゃないかな」
「なんでそんなことがわかるんだよ!?」
すると、フルスゥイングの背後から声がした。
「そっ、それは、なんとなくですけど、ぼぼっ、僕にもわかりました……」
それまではフルスゥイングの影のようだったサダオが、隣に並んで続ける。
「あっ、アクヤさんは討伐のときに、とっ、盗賊団を影で操っているという濡れ衣を着せられても、いいっ、一切、反論しませんでした……。きっ……きっと、言っても信じてもらえないと思っていたんでしょう……」
「なんだ、サダオくんもいたのか。でもご明察だよ。きっとアクヤさんは、あそこで弁解したところでスピッツには勝てないと判断したんだろうね。状況が不利というのもあるけど、スピッツに対してトラウマのようなものを感じていたんじゃないかな」
「アクヤさんがスピッツに、トラウマを……!?」とフルスゥイング。
「うん。これは予想に過ぎないけど、アクヤさんはかつてスピッツに、噂で酷い目に遭わされたんじゃないかな。だから僕は、スピッツに同じことを仕返してやったんだよ。なぜかというと、それがいちばん効果があると思ったからさ」
「いちばん効果がある、だと……!?」と言葉をオウム返しにするので精一杯のフルスゥイング。
「うん。腕っ節に自信があるヤツを、いちばんへこませるにはどうすればいいかわかるかい?」
「よっ、より強い力で、ねじ伏せる……」
「ご明察。サダオくんは察しがいいね。僕はスピッツに、より強い力で、『誰からも信じてもらえない孤独』を思い知らせてやったのさ。彼女が今まで、さんざん他人にしてきたことをね」
ハーフストロークは足を組み直すと、他人事のように言ってのける。
「それをされたスピッツがどうなったかは言うまでもないけど、僕の知ったことではないよ。なぜならば彼女も多くの人間を孤独に陥れておきながら、知らんぷりをしていたんだからね」
フルスゥイングは震えていた。
力ならともかく、言葉ではハーフストロークに全く敵わないということを、今更ながらに思い知ったから。
本当は「スピッツを懲らしめるなら、正々堂々とやれ!」とたしなめるつもりでいたのだが、その叱責がついに飛び出すことはなかった。
しかしフルスゥイングの目的はこれだけではない。
むしろ、これから問うことが本題であった。
「も……もういいっ! スピッツのことはわかった! だがもうひとつ、話があるっ!」
「なんだい?」
「ハーフストローク! お前はスピッツの噂と流すと同時に、お前とアクヤさんの噂も流していただろう!? お前とアクヤさんがパートナーになるって、根も葉もないことを!」
するとハーフストロークは、「そうだよ」と悪びれもせずに頷き返す。
「なっ……!? なぜそんなことをしたんだ!?」
「なぜって、言ったじゃないか。僕は、全力になるって」
すると、フルスゥイングとサダオの脳裏に、ある台詞がフラッシュバックする。
それは、討伐の執務のときに、洞窟の最深部でハーフストロークが口にした一言だった。
『キミのような女の子の相手をできるのは、たぶん僕だけだと思うよ。僕はこれまで、ずっと力半分だったけど……はじめて全力でやってみたくなったよ』
その言葉の意味に真っ先に気付いたのは、サダオであった。
「まっ……ままま、まさか、あの言葉は……。スピッツ様に対してじゃなくて、アクヤ・クレイ嬢様に……!?」
するとハーフストロークは、愛玩動物が増えた、みたいな視線をサダオに向ける。
「ご明察。スピッツを懲らしめるくらいで、僕が本気になる必要はないからね。それに、あれは僕なりの照れ隠しだったんだよ。だっていつも女の子に対して半分の力しか出してこなかった僕が、初めて本気になりたいと思ったんだ。アクヤさんに面と向かって言えなくても、無理はないだろう?」
「お……お前っ!? お前、俺とアクヤさんの仲を、応援してくれてたんじゃなかったのかよ!?」
「討伐に行く前まではそのつもりだったよ。いやむしろ、アクヤさんの本性を見せて、キミの目を覚まさせたいと思っていたくらいさ。実を言うとスピッツの企みにも気付いていたんだけど、アクヤさんの本性が見られると思ったから、黙っておいたんだ」
ふと、シニカルな笑みを浮かべるハーフストローク。
「でも、討伐でのアクヤさんを見ているうちに、どうやら僕が魅了されちゃったみたいなんだ。僕はさっき、フルスゥイングに話があると言ってたけど、そのことを伝えたかったんだよ。アクヤさんの恋のライバルになるってね」
友の恋敵に回るという重大なる宣言なはずなのに、ハーフストロークは途中で目をそらしていた。
それが彼なりの『照れ隠し』だと気付いたのは、サダオだけだった。
「はっ……ハーフストローク様……。そっ、それならばなぜ、アクヤ・クレイ嬢様に、告白されないのですか……? ハーフストローク様は、いままで多くの令嬢に、ここっ、告白されていると、伺っておりますが……」
「なぜって、それはもうサダオくんは気付いているんじゃないかい? 僕はアクヤさんを全力で落したいからこそ、告白しないんだ。ひたすらにパートナーの噂を流しているんだよ」
「なんで噂を流すことが、アクヤさんを落すことになるんだよ!?」
「ふぅ、フルスゥイング……。キミはまだわからないかい? さっき、アクヤさんが苦手なものを教えてあげたばかりじゃないか」
そこまで言ってようやく、フルスゥイングはハッとなる。
アクヤの苦手なものとは……。
そう、『噂』っ……!
ハーフストロークはアクヤが噂に対して抗おうとしないことに目を付け、既成事実を作り上げようとしていたのだ……!
3人目の男はいつもの穏やかな笑みに戻ると、ふたりの男に向かって言った。
「でも、誤解しないでほしいな。キミたちとはアプローチのやり方が違うだけで、アクヤさんを想う気持ちは同じだよ。アクヤさんのために、これからも一緒に協力していこうじゃないか」
100万回死んだ悪役令嬢 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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