第6話

 直後、わたしの口から飛び出したのは、



「マズっ!?」



 口がこれ以上飲み込むのを拒絶して、勝手に吐き出すくらいのひどい味だった。


 シーツは「はい!」と元気に応じる。



「アクヤ様のお言いつけどおり、今日もとびっきりマズい料理をお作りいたしました! そこまでマズがっていただけるだなんて、光栄です!」



 わたしはゴホゴホとむせながら、思い出していた。

 『ミリプリ』のイベントのひとつを。


 そういえば、アクヤは激マズ料理を、執事であるシーツに作らせていたんだった。

 なぜかというと、ヒロインたちに食べさせるため。


 この世界の毒は、銀に反応するタイプの毒で、食べ物に含まれていると、ナイフやフォークが変色する。

 だから毒が入っているとすぐにバレてしまうんだ。


 その問題をクリアするために、アクヤが考え出したのは……。

 超マズい料理での、『毒なし毒殺』っ……!


 その特訓を、アクヤとシーツは常日頃からしていたというわけだ。


 今のわたしはアクヤなので、この程度ですんでいたけど……。

 この料理を免疫なしで食べていたら、ヤバかったかもしれない。


 だって、食べ慣れているはずのこの身体ですら、三途の川が見えたんだから……!


 わたしは動悸がおさまるのを待って、ナプキンで口を拭きながら言った。



「よ……よくぞここまで、マズいお料理を極めました。もう免許皆伝ですわ。なので明日からは、普通の、食べられるお料理を作るのですわ」



 するとシーツは、パアッと顔を明るくして、元気いっぱいに頷いた。



「かしこまりました、アクヤ様! でも俺、普通の料理は作れません!」



「なぜですの?」



「アクヤ様から、教わっていないからです!」



 打てば響くような答えだった。

 そしておもむろに納得のいく答えだった。


 ……この料理を教え込んだのは、わたしだったのか。

 でもまあいいや、教えてここまでマズい料理が作れるのなら、おいしい料理も作れるだろう。



「では今から、さっそく教えてさしあげますわ。キッチンに案内するのです」



「かしこまりました、アクヤ様! あ、でも、食材がもうなくって……! いまから俺、買ってきます!」



 言うが早いが、アメリカのカートゥーンアニメみたいな動きで飛び出していこうとするシーツ。

 わたしはその元気ボーイをすかさず呼び止める。



「待つのですわ、シーツ。せっかくですので、わたくしも一緒に行きましょう」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 というわけで、わたしはシーツと一緒に街まで買い物に出かけた。

 『ミリプリ』の街がどんなふうになっているのか、気になってたんだよね。


 街は、イギリス産の魔法学校を舞台にした児童文学から飛び出してきたように素敵で、わたしは思わずヨーロッパ旅行に来たみたいな気分になった。


 出店の肉屋さんや八百屋さん、パン屋さんは外観だけじゃなく、なんだか匂いまでオシャレ。


 道ゆく人たちも、日本の昔の商店街みたいに温かそうな人たちばかりで、思わずほっこり……。

 しかけたんだけど、向こうはそうじゃなかった。


 彼らはわたしたちを見ると、腫れ物を触るような顔で避ける。

 そして遠巻きにわたしたちのことをジロジロ見ながら、ヒソヒソ話しをしていた。


 やっぱり、アクヤって街の人たちにも相当嫌われてたんだなぁ……。


 それでもまぁ、お金を払えばちゃんと売ってもらえるだろうと思い、まずは八百屋に寄ってみることにする。

 すると、八百屋のおじさんは衛兵の男の人たちに囲まれ、なにやら責められているようだった。



「おいっ、貴様! 食せぬトマトの税率を、偽って申請していたな!?」



「す、すいません! ちょっとした手違いで、間違ってしまったのです! すぐに追加の税金をお支払いいたしますので、どうか、お許しを!」



「ならん! 過去のトマトの売り上げまで遡って、違約金を支払うのだ!」



「そ、そんな……! 間違ったのは、今回だけなのに……! 過去のトマトの売り上げのぶんまで違約金をお支払いしたら、店は潰れてしまいます!」



「払えぬというのなら、牢にブチ込むまでだ、さあこいっ!」



 衛兵たちに取り押さえられてしまう八百屋のおじさん。

 まわりは「かわいそうに……」と気の毒がるばかりで、誰も助けようとはしなかった。


 『ミリプリ』の世界では、植物にかかる税金は、主によっつに分けられている。


 『火を通さないで食べられるもの』『火を通せば食べられるもの』『薬品となるもの』『食べられないもの』。

 前者のほうが、より税金は安くなっている。


 なぜかというと、戦争や飢饉などの救荒きゅうこう時を考慮してのこと。

 火を通さなくても食べられるものが国内に多く流通していれば、非常時に役立つからだ。


 ここでいう『食べられないもの』というのは、動植物の飼料や、花とかの観賞用植物のこと。

 そしてこの世界では、トマトは食べられないものとされている。


 なぜかというと、『ミリプリ』の設定のベースとなった大昔のヨーロッパがそうだったから。

 15世紀の頃に、メキシコからヨーロッパに持ち込まれたトマトは、最初は観賞用だったんだ。


 どうやら八百屋のおじさんは、『食べられないもの』のトマトを、『食べられるもの』として税金を払っていたらしい。

 それはおじさんのミスだからしょうがないとして、過去のぶんまで違約金を課すのはあまりにも横暴だ。


 わたしは我慢できなくなって、気がついたら衛兵を怒鳴りつけていた。



「お待ちなさいっ!」



「誰だっ!? あっ、アクヤ・クレイ嬢様……! これは、どうもどうも!」



 振り返った衛兵たちは、相手がアクヤだとわかると、媚び媚びの笑顔を満面に浮かべる。

 アクヤは権力をふりかざして庶民をいじめていたので、衛兵ともべったりなんだろう。


 しかし今のアクヤは、あなたたちの味方はしないっ……!



「話はすべて聞かせてもらいましたわ。でも、そちらの八百屋のご主人は、なんら間違っておりませんことよ」



 わたしが八百屋のおじさんを庇うような発言をしたので、衛兵たちは「ええっ!?」と驚いていた。


 そんな彼らを睨みつけながら、わたしはゆっくりと人さし指を振り上げる。

 染まりつつある天を、衝くほどに掲げたあと……。


 これでもかという勢いをつけて、振り下ろしたっ!



「なぜならば、トマトは食べられるものだからですわっ!!」



 ……ビシィィィィーーーーーーーッ!!



 真実を告げる名探偵のように、わたしは衛兵たちを指さしたんだ……!


 わたしの指摘に、周囲からどよめきが起こる。

 気付いたら、さっきまで遠巻きに見ていた人たちが集まってきて、八百屋のまわりに人だかりを作っていた。


 わたしの『トマトは食べ物』発言は、『カレーは飲み物』クラスの衝撃を持って、民衆に受け止められていたようだ。

 その渦中にある衛兵たちは、焦りと愛想笑いが入り交じった複雑な表情で、わたしに取り繕った。



「お、お待ちください、アクヤ・クレイ嬢様! トマトは食べ物だなんて、ありえません!」



「このわたくしが、嘘をついているとでも?」



「い、いえ! 決してそういうわけでは……!」



 ほとほと困り果てた様子の衛兵たち。

 しかしその中にいた衛兵のひとりが、なにか閃いたような表情で、わたしに言い返した。



「でしたら、アクヤ・クレイ嬢様が、今ここでトマトを召し上がっていただけますか?」



 わたしはトマトが苦手じゃないので、それは造作もないことだった。

 でも、彼が「してやったり」みたいな表情をしているのが気になる。


 それで、わたしは気付いた。

 大昔のヨーロッパがそうであったように、この『ミリプリ』の世界では、トマトには毒が入っていると思われていたんだ。


 だから、食べてみせろなんて言ったんだろう。

 となれば、もう返事を迷う必要はない。



「ええ、かまいませんことよ。八百屋のご主人、ちょっといろいろとお借りしますわよ」



 わたしは取り押さえられている八百屋のおじさんに断ってから、トマトを食べるための準備を始めた。

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