第5話
アクヤは、相手を嘲るときにしか笑わないキャラである。
おそらく『微笑み』と呼べるものを浮かべるのは、これが初めてかもしれない。
そんな貴重な瞬間を見ることはかなわなかったけど、フルスウィング様の反応からして、効果は絶大であったことが覗える。
彼は心のファンタジスタを見つめるような目で、わたしを見ていた。
「た……たたっ、助かった! アクヤ……いや、アクヤさんの機転のおかげで、俺は失態を犯さずにすんだ! このお返しは、いいっ、いつか必ずさせてもらう!」
そして続けざまに、キッとエリーチェを睨みつけると、
「おい、エリーチェとかいったな!? お前、アクヤさんに謝れっ!」
エリーチェはその一言が信じられなかったのか、顔を押えていた手の指を、カッと開き、その奥にある目もカッと見開いていた。
スズメの涙ひとつ出ていないのが、もうバレバレだ。
「ええっ、そんなぁ~!? だって、元はといえば……!」
「うるさい! これは俺が判断するに、ふたりが原因で起こったことだ! でも、起こってしまったことはしょうがない! それなのに、お前は真っ先に人のせいにしようとした! それは人間として最低の行為だ! アクヤさんに謝れっ!」
わたしは確信する。
「勝った……!」と……!
その証拠に、フルスウィング様は真っ赤になっていたけど、エリーチェは真っ青になっている。
得意のブリッ子フェイスは半分以上消し飛び、ほぼ真顔。
謝罪を促された彼女は、それからどうしたかというと……。
ぎこちない動きで、テヘペロと舌を出し、コツンと自分の頭を小突くと、
「えへへ、これでおあいこだね!」
ぜんぜん目が笑ってない笑顔で、わたしにウインクしたのだ。
「おいっ! なんだそれは!? 俺は謝れって言ったんだぞ!?」
「かまいませんわ。フルスウィング様。きっとエリーチェさんは、まだ赤ちゃんなのでしょう。そう考えれば、彼女が謝ることができないのも頷けますわ。赤ちゃんは謝るということを知らないでしょう? それに、なにかあるたびに泣くのにも、納得がいきますわ。いやむしろ、憐れんでさしあげるべきなのでしょう……!」
すると、クスクスとした失笑がまわりから起こる。
わたしの冷徹なる一言で、さっきまで味方だったはずのヤジ馬からも見放されてしまったエリーチェ。
彼女はとうとう俯いて、フルフル震えだしてしまった。
「わ、わかったわよ……! あ、謝ればいいんでしょ、謝れば……!」
次の瞬間、大地の割れ目に向かって叫ぶかのように、
「 ご ・ め ・ ん ・ な ・ さ ・ い ・ っ !! 」
バッ……!
やにわに
わずかに取り戻していたはずのブリッ子フェイスすら、もはや微塵も残っておらず……。
かわりに、ウソ泣きの時には一滴すら無かった、涙を浮かべ……。
まるで某お笑い芸人の『悔しいです!』のギャグにソックリな表情を、貼り付かせていた……!
周囲は、奇面フラッシュが炸裂した直後のようなどよめきに包まれる。
「エリーチェさんが、あんな表情をするだなんて……!」
「もしかして、あれが彼女の本性なの……?」
「ショックだなぁ、俺、彼女に憧れてたのに……!」
エリーチェがわたしに背を向けると、彼女の背後にあった人垣は奇跡のように割れる。
彼女は自分の最凶フェイスを隠しもせず、もう半ばヤケになった様子で、のっしのっしと歩き去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
騒動から解放され、わたしは城の外に出ていた。
城の外に出ると、日はだいぶ傾いていたけど、空を覆っていた暗雲はすっかりなくなっていて、便秘薬のCMのように晴れ渡っていた。
まるで、今のわたしの気持ちのように……!
悪役令嬢、最高っ!
「ああ~! スッキリしたぁ!」
わたしは清々しい気持ちで、大きく息を吸い込んで背伸びをする。
すると、急にお腹が鳴った。
……そういえば、朝から何にも食べてなかった。
空腹を覚えたわたしは、今日の執務はこれで終わりにして、屋敷に戻ってみることにした。
お城にもごはんを食べられる場所はあるんだけど、シーツがどうしているか気になったんだ。
えーっと、たしかアクヤのお屋敷に行くには……。
心の中でそうつぶやくと、片眼鏡が反応した。
わたしの足元から青い矢印が現れ、城の外に向かって伸びていく。
おお、そういえば『ミリプリ』には、こんな風に目的地までのガイド機能もあるんだった。
そのおかげで、わたしは屋敷まで迷うことなくたどり着くことができた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アクヤの屋敷は屋敷というより、『ただの二階建ての民家』だった。
無理もない。
『神族』でもいちばん下の
アクヤが
でも、落ちぶれた今は……。
幽霊屋敷もかくやというボロ家に追いやられてしまったんだ。
アクヤはまわりの住人からも嫌われているのか、家のまわりの垣根は落書きでいっぱい。
『ダークネス令嬢』なんて悪口はまだいいほうで、『肥溜め令嬢』『掃き溜め令嬢』なんてのまで書かれている。
厳密には自分のことじゃないのに、わたしはまるで自分が罵られているみたいに心が痛んだ。
それでも気を取り直して、錆びた門をくぐる。
雑草だらけの中庭を通って、取っ手の取れかけた玄関扉をあけた。
すると、
……どすん! ばたたんっ!
玄関から延びる廊下の向こうから、シーツが飛びだしてきた。
「お帰りなさいませ、アクヤ様っ!」
彼は別れて数時間しか経っていないというのに、まるで飼い主が兵役から戻った犬みたいな勢いで、わたしに向かって駆けてくる。
料理でもしていたのか、執事服の上にエプロンをしていたんだけど、その丈が長すぎて踏んづけてしまい、
……ころりんっ!
わたしの目の前で前転していた。
でもその勢いを利用してすぐに起き上がり、わたしの足元で膝を折ったうやうやしいポーズを取ると、
「食事の準備なら、できておりますっ……!」
会えたのが嬉しくてたまらないといった、キラキラの上目遣いで、わたしを見たんだ……!
「なにこのかわいい生き物」
「えっ」
「……なんでもありませんわ。それでは食事にいたしましょう」
「はいっ! アクヤ様っ!」
わたしは、散歩に行くの嬉しい犬みたいに、目の前を前を行ったり来たりするシーツに案内されて、食堂へと向かう。
アクヤの屋敷はどこもかしこもボロかった。
床は今にも抜けそうだし、壁は穴だらけ。
でも、食卓はちゃんとしていた。
真っ白なテーブルクロスに銀の燭台、磨き上げられたカラトリーに美術品のような食器類。
その上に盛られた料理は、一流レストランもかくやというレベルだった。
わたしは思わず「すご……!」と言ってしまい、残りの言葉を慌てて飲み込む。
シーツって、こんなに料理が上手だったんだ……!
椅子を引いてもらって食卓に向かうと、わたしはなんだか緊張してしまった。
シーツはわたしのそばに立ったままで、じっとわたしを見つめている。
そういえば、令嬢は使用人とはいっしょに食事しないんだっけ。
見られながらの食事って、なんだか慣れないけど……。
まあいいやと思いつつ、ナイフとフォークを取って、魚のムニエルっぽいのをひと口食べてみた。
その、お味は……!?
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